往復運賃1万円でも300万人が利用?「富士山登山鉄道」構想が紛糾する当然のワケ
雪の脅威は冬だけでない。富士山では春先を中心に降雨により積もった雪が土石流となって被害をもたらす「スラッシュ雪崩」がしばしば発生する。山梨県は「技術課題調査検討結果」の中で、4合目~5合目間の7キロに14箇所の雪崩発生跡(2020年調査)が認められたが、5箇所は洞門を整備済み、残る9箇所も防災対策を予定していることから、安全は確保できるとしている。 しかし、富士吉田市は2021年3月にスバルラインの石楠花橋がスラッシュ雪崩で損傷した事例や、2024年4月に砂防のために設けられた導流堤を破壊して流下した事例を挙げ、洞門の整備だけではクリアできないと異議を唱える。 富士山は溶岩や火山礫、火山灰が幾重にも積み重なった成層火山であり、落石が起きやすい。2009年には静岡県側の新五合目駐車場で、車両に落石が直撃して男性が死亡する事故が起きている。大きな岩石でなくとも、路面に流れ込んだ火山性の小石がレールの溝に詰る危険があるため、雪・氷とあわせてレールの定期的かつ確実な清掃が必要になる。 こうした厳しい環境下で、粘着式(車輪とレールのみで走行する一般的な鉄道)かつ最急勾配88パーミル、標高差1000メートルという、前例の無い登山鉄道を実現しようというのである。 ● 富士山登山鉄道で想定する 運賃は破格の往復1万円 前出の「技術課題調査検討」では、車両メーカーへのヒアリングを行っているが、その反応は芳しいものではなかった。急勾配、急曲線、急勾配と急曲線の競合部といった地形への対応には実車での試験が必要と指摘しているが、それ以上に問題となるのはやはり、前例のない厳しい気象条件だった。 車両メーカーは「最低気温での機器の作動、留置確認」「強風による木の葉などの飛散による摩擦の減少による脱線への配慮」「凍結による摩擦の減少や積雪、圧雪におけるレール面の認識不良による脱線への配慮」「激しい落雷に対する車両機器への配慮」などを課題として挙げており、「世界中でごく限られた用途のためにLRT車両の開発に投資することに消極的」との本音も吐露されている。 特殊なニーズに特化したオーダーメイドの技術開発である上、机上の計算ではなくフィールド検証が必要になるため、それなりの予算と時間を要するが、現時点の計画には十分反映されていないように思える。フリーゲージトレイン開発失敗の例を引くまでもなく、事業化を前提としない技術開発を経た後、初めて採用を検討すべき代物ではないだろうか。