往復運賃1万円でも300万人が利用?「富士山登山鉄道」構想が紛糾する当然のワケ
例えば、初電で山麓から5合目に向かった人が、5合目から山麓に向かう折り返し列車に乗るはずがない。基本的には午前中に山麓から5合目へ、午後は5合目から山麓への需要が基本となる。前掲のシミュレーションでは列車の座席数をもって「輸送量」としているが、これは「輸送力」であって、輸送量は利用者数ベースで推計すべきである。 需要コントロールを効率的に行うため全列車が事前購入制の指定席で運行されると思われるが、午前中の「いい時間」の予約が取れなかったといって、夕方から5合目に行こうと思うだろうか。 鉄道整備とあわせて5合目周辺に滞在型リゾート、ホテルなどの整備が想定されているが、全体から見れば微々たる数字だ。ダイナミックプライシング(価格変動制)を導入して閑散時間帯を大幅に値引きする手もあるが、そうなると1人1万円という前提が崩れてしまう。 ● バスで代替できる規模なのに 鉄道を整備する必要があるのか そもそも、筆者はこれが「鉄道」でなければならない理由が分からないのである。鉄道の利点は大量輸送と高速輸送だ。「現在のバスでは運びきれないので、さらに多くの来訪者を輸送するために鉄道を整備する」というのであれば分かる。しかし自動車の輸送量を制限、低減するために鉄道を整備するというのは、鉄道の特性を踏まえればあべこべな話である。 スバルラインの制限速度は時速50キロで、前述の路線バスは富士山世界遺産センター(胎内交差点から約4キロ手前)から5合目まで40~50分程度だ。これに対して登山鉄道の制限速度は上りが時速40キロ、下りが時速25キロ、急曲線では時速20キロ以下の制限がかかるため、バスより長い、上り52分、下り74分を想定する。 輸送力も登山鉄道の1編成60人に対し、大型観光バスの座席定員は約50人だからそこまで変わらない。鉄道は線路や電気設備などの施設を保有することで輸送力と速達性を確保している。バスで対応可能な輸送規にもかかわらず地上インフラを整備するならば、それは余計な出費だ。 鉄道にそれ以外の価値を見出すのであれば話は別だが、それは公共交通ではなく、言葉は悪いが、アトラクションとして整備すべきものである。なぜ山梨県は「登山鉄道」にこだわるのか。その裏側にある、山梨県と富士吉田市をはじめとする地元の大きなすれ違いは次回で取り上げたい。
枝久保達也