夏も練習したいのに… 熱中症対策と地域の理解 部活指導者と生徒が悩むジレンマ #こどもをまもる
部活動での熱中症事故が続発…「判断の拠り所となる指針必要だった」
「熱中症予防運動指針」の策定に携わった専門家は、「現場のジレンマ」をどのように見ているのか。一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)副会長で、スポーツドクターの川原貴(たかし)さんは、1980年代に部活動中に熱中症で亡くなった中学生の遺族による訴訟に関わった。 当時はまだ熱中症という言葉は一般的ではなく、日射病や熱射病と呼ばれていた。今のような危機感や対策がないなか、1983年と1984年に、学校管理下でそれぞれ年間12人が熱中症で死亡した。 また、熱中症死亡事故は運動部活動の最中に多く発生しており、1975年から2017年までに学校管理下で起きた熱中症死亡事故170件のうち、145件を占めた。 川原さんが熱中症死亡事故の実態を調査すると、「気温30℃以下でも湿度が高いと起こる」「運動強度が高いと1時間以内の運動でも起こる」「ランニング(持久走やダッシュの繰り返し)で多く発生している」「肥満者に多い」などが明らかになった。 川原さんは、「このままだと死亡事故が絶えない」と危機感を覚え、1991年に日本体育協会(当時)で「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」を立ち上げた。スポーツ活動による熱中症事故の実態調査や、スポーツ現場でのリスク測定などを幅広く研究し、1993年に「熱中症予防運動指針」を発表した。 「子どもの命を守るためには、判断の拠り所となる指針をつくる必要があった」(川原さん) その後、ガイドブックを学校関係者などに広く配布し、製薬会社の協賛を得て全国各地で「熱中症予防セミナー」を開催。地道な活動が実を結んで、部活動での熱中症による死亡事故は非常に少なくなった。現在は、熱中症で亡くなる人はほとんどが高齢者だという。
指導者の経験値による判断は危険…猛暑下での練習は効果が低下
熱中症になりやすいか否かは個人要因も大きい。例えば、一般的に入部したばかりの中学1年生は、3年生よりも熱中症になりやすい。体力がなく、暑さに慣れていないからだ。 体格も重要な要素だ。川原さんによれば、学校で起きた熱中症死亡事故の7割が肥満(標準体重から20%以上の体重超過)の人に起きており、肥満の人が30分のランニングで死亡した例もあるという。体調不良だと体温調節機能が低下するため、睡眠不足や疲労、風邪なども要注意だ。 環境要因では、気温が30℃以下でも、湿度60%以上といった多湿の環境だと、汗が蒸発しにくくなって、熱中症のリスクが高まる。熱中症になる人が最も多いのは7~8月だが、5月や10月などでも起こりうることはあまり認知されていない。2007年、兵庫県立龍野高等学校の2年生の女子生徒がテニス部での練習中に熱中症で倒れ、一時心停止となり重篤な後遺症が残った。気温が上がってきた5月末で、中間テスト明けの11日ぶりの部活だった。 「指導者の『これぐらいなら大丈夫』といった経験値での判断が最も危険。個人要因や環境要因による悪条件が重なると突然、熱中症は起こります。暑さで頭がぼーっとしてくると、走るのをやめるといった自己判断もできなくなる。だから、指導者が子どもをよく観察し、休憩を頻繁に入れるなどして、いかに体の熱を冷ますコントロールをするか、『暑い時間は運動しない』といった英断も重要です」(川原さん)