女性はなぜ「汚い!」の嫌悪感を男性より抱きやすいのか、進化論的な利点とは
嫌悪感と食欲、どっちが勝る?
嫌悪感が霊長類の衛生状態を保つのに役立っているという考え方は、当時は衝撃的だった。 けれどもその後、多くの例が報告されるようになった。タンザニアのメスのアヌビスヒヒは、トレポネーマという細菌に感染したオスとの交尾を拒否する。トレポネーマは、ヒトの梅毒の原因となる感染性細菌で、ヒヒがトレポネーマに感染すると、尻に「ぞっとするような病変」ができる。 コンゴ共和国に生息するニシローランドゴリラのメスは、さらに徹底した衛生対策をとっている。オスの顔にトレポネーマ感染の兆候の1つである斑点が現れてくると、一部のメスたちは健康な仲間を求めて群れを離れてゆくのだ。 研究者たちは、野生での行動を観察するだけでなく、「普遍的に嫌悪を誘発する物質」である糞便を使って、嫌悪感の限界を観察する実験も行っている。食べ物の汚染を警戒しすぎると、何も食べられなくなるおそれがある。感染リスクを避ける行動には代償が伴うため、常に嫌悪感に従うわけにはいかないのだ。 サラビアン氏は幸島で、大量の糞の上にさまざまな食べ物を置いてニホンザルに出してみた。糞にまみれた小麦の粒に食欲をそそられたサルは3匹に1匹ほどしかいなかったが、半分に割ったピーナッツはメスも含めて100%のサルが食べた。 ピーナッツには小麦の16倍のカロリーがあるため、糞の上に置かれていても「無視するわけにはいかないのです。嫌悪感を上回る価値があります」とサラビアン氏は言う。
現代生活は嫌悪感を助長する
人間における嫌悪感を研究するには、もう少し繊細なアプローチが必要だ。実験であっても、便の上に食べ物を置いて人々に出すわけにはいかない。 そこで米コロラド大学コロラドスプリングス校の生物人類学者であるタラ・シーポン・ロビンズ氏らは、ボランティアが不快に感じるような写真を見せたり、「素足で糞便を踏んでしまった、食べ物の中にミミズが入っていた、生の鶏肉を食べた、自宅の台所にネズミがいた」などの状況を想像させて、その嫌悪感を数値で評価してもらった。 少なくとも西洋社会では、女性はこれらの状況に対して男性よりも強い嫌悪感を示す。では、ヒトが抱く嫌悪感も健康を守る役割を果たしているのだろうか? ロビンズ氏のチームは、エクアドルの先住民族であるシュアール族に対してこの実験を行い、研究者が描写した状況にあまり嫌悪感を抱かない人ほど細菌やウイルスに感染している場合が多いことを、2021年に学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で発表した。 75人を対象としたこの研究では性別による違いは見られなかったが、ロビンズ氏は、参加者の年齢層が幅広いことが原因ではないかと推測している。同じシュアール族であっても、若い世代ほど、土間をコンクリートに替えたり、衛生に配慮して調理したり、きれいな水を使ったりと、「現代的」なライフスタイルを取り入れるようになっていて、病原体に対する意識が高まっているからだ。 ロビンズ氏は、「基本的に、環境をコントロールできるようになるほど、不衛生なものに対する嫌悪感は強くなります」と説明する。 全体的に見て、嫌悪反応は霊長類の免疫系の第一線で機能しているようだ。「これが嫌悪感の本質です。私たちは、祖先を傷つけたものに対して嫌悪感を抱くようにできているのです」とロビンズ氏は言う。