「何も無いところから宇宙が生まれた」って言うけど、一体どういうこと…第一級の物理学者がわかりやすく解説
宇宙はどのように始まったのか…… これまで多くの物理学者たちが挑んできた難問だ。火の玉から始まったとするビッグバン理論が有名だが、未だよくわかっていない点も多い。 【写真】「ビッグバン」の前に何が起きていたか…「宇宙の起源」のナゾを解く そこで提唱されたのが「インフレーション理論」である。本連載では、インフレーション理論の世界的権威が、そのエッセンスをわかりやすく解説。宇宙創生の秘密に迫る、物理学の叡智をご紹介する。 *本記事は、佐藤勝彦著『インフレーション宇宙論 ビッグバンの前に何が起こったのか』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
「無」からどうやってエネルギーが生まれるのか
インフレーション理論は、素粒子のような小さな宇宙を巨大な「火の玉宇宙」にすることができるという理論です。きわめて小さかった初期の宇宙は、エネルギー的にも真空のエネルギーはあったものの、ほとんどゼロでした。ところが、インフレーションが終わった直後の宇宙は、相転移によって真空のエネルギーが熱エネルギーに変わり、火の玉になっている状態です。熱エネルギーがあるということは、膨大な量の素粒子が生まれて、ものすごく高速で動いているということでもあります。 こう言うと、疑問を持たれる方も少なくないでしょう。まるでインフレーションは見かけ上は何もないところから、「ただ」で宇宙の物質やエネルギーをつくっているように見えるからです。「エネルギー保存の法則はどうなっているのか」と思われるのは当然でしょう。 しかし実際、インフレーションは「ただ」で物質やエネルギーをつくったといえるのです。 もちろん、ここまでの議論に使っているアインシュタインの相対性理論は、エネルギー保存則を満たす方程式です。アインシュタインの方程式とあわせて使った力の統一理論の方程式も同様なのは言うまでもありません。にもかかわらず、これらの方程式から「ただ」でものがつくれるというのは確かにおかしなことで、これはまさにマジックといえそうです。はたしてその理由とは何でしょうか? そのからくりは、真空のエネルギーの特殊性で説明することができます。実は、真空のエネルギーは不思議なことに、宇宙がどんなに大きく膨張しても、密度が小さくなることがないのです。 普通の物質を考えてみましょう。箱の中に物質を入れておいて、箱の大きさを2倍、3倍にしていくと、物質の密度は、2分の1、3分の1になっていきます。当たり前のことです。しかし、真空のエネルギーは、密度が決して小さくなりません。宇宙の大きさ(体積)が100桁大きくなっても、宇宙の中にある真空のエネルギーの密度は変わらず同じなので、真空のエネルギー量は体積が100桁増えた分だけ、大きくなるのです。このようにして大きくなった真空のエネルギーが、相転移で熱エネルギーに変わることによって、宇宙は火の玉になるのです。 こう言うと違和感があるかもしれませんが、真空のエネルギーは空間そのものに対しては押し広げる力を持っています。しかし、空間内の物質に対してはマイナスの圧力を持っていて、収縮しようとする力が働きます。ほかにちょっと例のない特殊なエネルギーなのです。