「私の取材が差別を生むのか」偏見の先に見えたデカセギ外国人2世の生き方
再び沈黙したワカスギさんは、しばらく壁を見つめている。そこには、カポエラ大会の案内ポスターが掛かっている。日本の国旗とブラジルの国旗が並んで描かれてた。 「自分の居場所はどっちだろうって考えても、わかんなくなるんです。自分の本来の場所はどっちなんだろうって」 私は最後にもういちど、「お父さんがブラジルに戻るって言ったら、一緒にかえっちゃうの?」と問いかけてみた。彼は、「そうですね。やっぱり、僕は日本に住みたいなって思います」と即答した。そして、最後にもう一度、確かめるように「残りたいです」と力をこめた。
遠州弁のブラジル人
翌日、カポエラ道場から歩いて10分ほどの距離にある、市営のコミュニティーセンターを訪れた。日系ブラジル人向けの日本語教室が開かれると聞き、様子見にやって来たのだ。駐車場に面した体育館の前を通ると、中から日本語とポルトガル語の混じった歓声が聞こえてきた。コートを覗くと、バスケットボールに興じる6名ほどの若者たちの姿が目についた。日本人に混じって、1人のブラジル人らしい顔つきの青年が縦横無尽にコートを駆け回っている。ひときわ大柄のこの青年が、しなやかなに伸び上がりシュートを放つ。ボールは綺麗な円弧を描き、ゴールに吸い込まれていく。その瞬間、大きな歓声が上がり、仲間が駆け寄ってハイタッチを交わしている。
シュートを決めた青年の名は、サントス・ウェズレイさん(15)、浜松市中区に住む日系ブラジル人だ。日本で生まれてすぐに家族でブラジルに戻り、4歳になって再び来日したという。「親の仕事の関係で日本に来たんです」と言う彼は、地元の公立小学校、中学校を経て、現在はブラジル人学校に通っている。 お父さんは日本国籍を持たないブラジル人で、お母さんが日系ブラジル人だというウェズレイさんは、「お母さんの祖母、僕にとっては曾祖母が最初に日本からブラジルに渡ったんです。だから自分は、日系ブラジル人4世になるんですかね」と、ルーツを説明してくれた。 日本の若者とバスケをはじめた経緯を聞くと「週末は体育館が開放されるんですよ。だもんで、最初は一人で来てんだけど、たまたまここに来ていた者同士で顔見知りになって、自然と一緒にバスケをするようになったんですよ」と答えてくれた。 そのバスケ仲間だという、18歳の専門学校生が、我々のやり取りを聞きながら、驚いた表情で「へー、ウェズレイって、まだ15歳なの?高1みたいなもんなのか。背がデカいから、てっきり同い年ぐらいかと思ってた……」と思わず割り込んで来た。ウェズレイさんがニコニコしながら「そうだよ、俺の方が若いから、みんなよりも未来があるんだよ」と冗談を言う。別の高校生が「ウェズレイって、実は年齢詐称でほんとはもうオッサンじゃないの」と、いたずらっぽく返すと周囲がどっと沸いた。ウェズレイさんもまんざらではない表情で、「いやー、いつもこんな感じでやってますよ」と仲間の方を指しながら、笑顔で答えてくれた。 ヤンキー雑誌の暴走族グラビアの影響で、日系ブラジル人の若者は皆は日本人に反発していると思い込んでいた私は、ウェズレイさんが地元の日本人と一緒にバスケをしている光景に驚きを覚えた。 ブラジル人らしい顔立ちながら、遠州弁のアクセントで仲間とふざけあうウェズレイさんの様子は、この場に完全に溶け込んでいる。むしろ、明るくて人懐っこいウェズレイさんの人柄を中心に、この場が回っているようにすら感じる。