クジラやイルカを解剖し続け2000体、海獣学者が受け取る亡き骸からのメッセージ
腹を開き、胃、腸、生殖腺などの臓器を隣に敷いたブルーシートの上に並べていく。腸は長いのでスタッフが総掛かりで綱引きのように、しかし丁寧に引っ張って出す。伊東のザトウクジラの腸は測ると35mもあった。完全肉食性なのに、である。ちなみに大きなマッコウクジラでは250mにもなる。むせかえるような血の臭い、臓器からの腐臭、腸からあふれ出てくる糞尿の臭い。田島さんは苦笑する。 「それはそれは、現場は大変なことになります」 このザトウクジラは、定置網に引っかかったと思われる外傷が死因と考えられた。 「この季節、ザトウクジラは出産のためベーリング海域から沖縄・小笠原方面に下るんです。幼い個体は波が荒い外洋を避けて、陸地に近いところを泳いでいく。そのときに定置網を見つけると好奇心でつい寄っていって、引っかかってしまう事故が起きやすいんですよ。小さな子どもがボールを追いかけて道路に飛び出すのと同じ」 解剖したクジラは標本として必要な部分を持ち帰り、あとはその場で埋めた。
彼らは海に帰ったのになぜまだ哺乳類であり続けるのか、そこがやっぱり面白い
田島さんは初めて海獣を解剖したときのことをこう話す。 「大学院生のときで、イルカだったと思います。海獣は見た目が魚っぽいけれど、哺乳類ですから我々と同じ体の構造をしていて、初めておなかの中を見たときは感動しました。私たちは海の中で生きられないのに、なんで彼らは生きられるんだろうって」 「逆にそこから、なんでこの子たちは海に行っちゃったんだろうなって別の疑問も湧きます。海から陸に上がるって生物の夢だったはずなんですよ。は虫類、両生類、鳥類もそう。みんな陸に上がれて『やったあ』ってなってるときに、彼らは『じゃあ』って再び水に戻るわけですよ(笑)。脚もなくして毛もなくして。いまはカバみたいな水陸両用の動物が水辺にいて、それがだんだん水の中に入ってイルカ、クジラになったんだろうなと考えられています。だからイルカ、クジラの化石には4本の脚があるんですよ」 ね、面白いでしょ? という感じでおかしそうに笑いながら説明してくれた。 「彼らは海に帰ったのになぜまだ哺乳類であり続けるのか。そこがやっぱり面白い。たぶん一生わからないと思いますけど」