新型コロナ「mRNAワクチン」生んだ2つの発見 30年来の研究がつながる
(1)人工RNAが「免疫反応で排除されない」ための発見
RNAが医薬品として適さない性質の1つ目は、人工RNAが体の中で異物とみなされて免疫反応を引き起こし、排除されてしまうことです。 現在、新型コロナワクチンとして使われているmRNAは、mRNAから新型コロナウイルスのタンパク質の一部を作らせ、そのタンパク質への免疫反応を誘導するものです。免疫ができれば、感染症を引き起こすウイルスや細菌から身体を守ることができます。できたタンパク質への免疫反応は大歓迎ですが、せっかくmRNAが働き始める前に、免疫反応によって排除されてしまっては意味がありません。 人工RNAが体の中で異物とみなされてしまうのはなぜでしょうか。細胞の中で作られるRNAと何か違うのでしょうか。
RNAの基本の構造はDNAと同様に「リン酸、糖、塩基」を1つのユニットとします。しかし、哺乳類の細胞の中で作られるRNAはその後、あちらこちらに化学的な修飾(塩基や糖における化学的変化)を受けます。 それに対して、研究室で作られた人工RNAは修飾がない状態。じつはこの状態はある生き物のRNAに似ています。 その生き物とは、大腸菌やカンピロバクターといった細菌です。 このことからカリコー博士とワイスマン博士は、「哺乳類の体はRNAの修飾を目印にして自分自身のRNAと細菌のRNAを区別している、そのため人工RNAも細菌のRNAと同様に異物だと判断されて免疫反応が起きて排除されてしまうのではないか」と仮説を立てます。 2人の博士はこの仮説を証明しようと、人工RNAに色んなパターンの化学的な修飾を施し、免疫反応が引き起こされるかどうか実験を行いました。そして、RNAを構成する物質の一つであるウリジン(=塩基のウラシル(U)と糖を合わせた呼び名)に修飾をつけることで、免疫反応を抑えられることを発見しました。これは2005年のことでした。
(2)RNAは「分解されやすい」を解消した発見
RNAが医薬品として適さない性質の2つ目は、RNAは分解されやすいということです。タンパク質の合成に関与するというRNAの役割を考えると、この特徴は必要なものです。もしも、RNAが分解されずに細胞の中にずっと残ってしまったら、特定のタンパク質が延々と作り続けられることになってしまいます。つまり、RNAが速やかに分解されることで、必要なタンパク質を必要な分だけつくることができるのです。 ただ、医薬品として使うことを考えると、分解されやすいのは困ったことです。2005年のカリコー博士らの発見のおかげで、mRNAが働き始める前に排除されることを防げるようになったのに、mRNAがすぐに分解されてしまっては必要なタンパク質を少ししか作れません。 そこで1つ目の発見の後、カリコー博士たちは化学的な修飾を施したmRNAを哺乳類の細胞やマウスに投与して、タンパク質がどのくらい作られるのか調べてみました。「化学的な修飾によって、RNA分子の機能が変わるかもしれない」。そんな風に考えたのかもしれません。 免疫反応を抑えるためのウリジンへの修飾にもさまざまなパターンがあります。中でもシュードウリジンと呼ばれる修飾を施すと、mRNAが分解されにくくなり、たくさんのタンパク質を作り出すことも実験から分かりました。この発見は2008年のことでした。