マダニが媒介する新興感染症「SFTS」の脅威 ペットの犬、猫を通じた感染例も
One Health(ワンヘルス)という概念の重要性
人間社会で流行する感染症が、野生動物の脅威になるケースもあります。SFTSも野生動物と人間社会の間でマダニを介して感染が広がっていますが、特にネコ科動物に対して深刻な症状をもたらすとすれば、今後、ツシマヤマネコやイリオモテヤマネコなど、希少な絶滅危惧種の存続を脅かす要因にもなりかねません。 実際に、我々国立環境研究所の研究グループが長崎県の対馬に侵入・定着している外来昆虫ツマアカスズメバチの調査のために、同島に赴いた際、ツマアカスズメバチの野生巣を観察していたら、海岸沿いの道路脇に広がる草むらに想像を絶する高密度でマダニ幼体が生息していることを偶然発見して、大変驚くと同時に、今まで知らずに調査をしていたことに思わず恐怖を感じてしまいました。 周辺を調べてみると、大量のシカのフンが確認されました。現在、対馬島内では野生のシカが増加を続けており、人の生活圏にまで侵入してきていることから、おそらくマダニもそれに伴って分布域を広げているものと予測されます。 島内に生息するツシマヤマネコも、道路での交通事故件数が増えるなど、その生息域と人間の活動圏との重なりが拡大していることが問題となっているなか、ツシマヤマネコ集団中にマダニ寄生が急増するようなことが起これば、SFTS感染によって集団が壊滅状態に陥り、最悪絶滅する恐れも想定されます。 現時点で対馬島内においてSFTS患者の発生は報告されていませんが、九州地方はSFTSウイルス患者の多発エリアとなっており、対馬においても早急にマダニ集団中におけるウイルス保有状況および野生動物やペット生物における抗体保有率の調査を行うとともに、ツシマヤマネコ集団の保全対策を検討する必要があります。 現在、森林総合研究所が中核となって、国立環境研究所、山口大学および兵庫県立大学と共同でSFTS感染予防のための野生鳥獣管理プロジェクトが立ち上げられており、動物学者、ダニ学者、そして獣医学者が連携して調査・研究を推進しています。ツシマヤマネコの保全対策も本研究プロジェクトの一環として検討が進められようとしています。 人間の健康と野生生物の健康、そしてそれらを取り囲む自然環境は一体であり、持続的な自然共生社会を構築するためには、医学・獣医学・生態学など様々な研究分野が学際的に連携して感染症対策に取り組むことが重要であるとする「One Health(ワンヘルス)」の概念が、いま世界的に広がりを見せています。 SFTSの感染防止は、まさにワンヘルスとしての対策が求められる課題です。今後我が国においても、環境省、厚生労働省、農水省など関係省庁がセクトの壁を超えて、感染症対策のための連携体制を作り上げることが強く望まれます。 (解説:五箇公一 国立研究開発法人 国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室室長)