中国はこうして日本の“半導体技術”を狙っている! ターゲットにされる理由は「危機感のなさ」
中国が半導体を求める理由
22年10月、習近平国家主席は第20回共産党大会における演説で「智能化」という言葉を3度、口にした。「中国人民解放軍は情報化・智能化戦争の特徴とそれを支配する法則を研究・習得し、新しい軍事戦略指導を行い、人民戦争の戦略・戦術を開発する」と明言。その上で、これら目標を実現するために「強力な戦略的抑止力体系を構築し、新領域・新性質の戦備を拡充し、無人智能化した戦闘部隊の強化を加速し、ネットワーク情報体系の構築・活用を統一的に計画する」と、AIを活用する智能化戦争の到来を強調し、AIの開発と推進を全人民に周知させた。 智能化戦争で重要な役割を果たすAIの基礎になるのは計算だ。数学演算や推論を用いた装備品を実戦配備するには、高度な計算能力を持つコンピューターが欠かせない。 先の習氏の演説と同じタイミングで、米国は中国を念頭に置いた輸出規制を発動した。対象は先端半導体、スパコン、AIである。その後、米国はこれら3領域に量子技術も対象に加えた。製品や技術の移転規制にとどまらず、バイデン大統領は米国のベンチャーキャピタルに対し、中国の先端半導体やスパコン、量子技術、AIを手がけるベンチャー企業への出資や投資をも制限する大統領令にサインした。とくにスパコンは智能化戦争で活躍するAIの高速計算を担うことから、対中規制の対象としたのだ。 半導体の性能はもとより、より高性能な半導体の開発能力は、将来的にその国で開発される装備品の性能に直結する。それは他国との軍事力の優劣に影響するばかりか、他国への抑止力にも影響する。日本が米国や欧州と足並みをそろえるように、中国への半導体製造装置の輸出などを厳格化したのは至極当然のことなのだ。
急ピッチで進む半導体産業の育成
さて、すでに世界第2位のGDPを誇る経済大国となった中国だが、自前では西側諸国より3~4世代も古い半導体しか製造できない。経験豊富な人材が慢性的に不足しており、技術的なノウハウも乏しいからだ。実際、政府系シンクタンクの中国電子信息産業発展研究院(CCID)と中国半導体産業協会(CSIA)が公開した白書には、昨年だけで中国の半導体関連企業は20万人の技術者不足に陥ったとある。そのため中国は、半導体産業の育成に力を注いでいる。 中国における経済成長は、人民解放軍の能力向上のためにあるといっていい。習氏は17年ごろから、外国の先進技術の取得や転用を推進する「軍民融合政策」を掲げてきた。対象は各国の民間企業だけでなく、大学や研究機関も含まれる。 中国の大学はすべて政府の監督下にある。とくに国家国防科技工業局(国防科工局)の監督下には「国防七校」と呼ばれる七つの大学が置かれている。国防科工局は軍需政策の監督任務を司る主要な行政機関の一つだが、詳しい活動内容は“極秘”とされたままだ。 国防七校は「軍需企業集団」と呼ばれる軍産複合体の企業と共に、先端装備品の開発を担う。これとは別に、「兵工七子」と呼ばれる七つの大学もある。装備品の“研究機関”として人民解放軍を支える使命は同じだが、両者の違いは担当する分野にある。 国防七校が智能化戦争を担う先端兵器を開発するのに対し、兵工七子は大陸間弾道ミサイル(ICBM)や各種ロケット、戦車など戦闘車両の装甲、榴弾砲、ロケットランチャーなどの装備品開発が任務とみられている。ちなみに、北京理工大学と南京理工大学の2校は、国防七校と兵工七子の両方に属している。 中国が学生の育成に力を入れるのは、政府が15年に発表した産業政策「中国製造2049」に、「中国は半導体の分野で世界最強の国家を目指す」と明記されたことに基づく。米国の対中包囲網に対抗するため、中国政府は24年の科学技術予算を前年比で10%増の3708億元(約7兆7000億円)に増額した。彼らの言う「半導体分野で最強の国家」とは、価値観を同じくしない西側の国々とサプライチェーンを共有せず、自前で半導体を製造することができる国のことだ。 現時点で中国は、需要の7割を国内生産で賄うことを目標としているが、半導体のサプライチェーンは世界中に複雑に張り巡らされている。しかも、各製造段階によって、それぞれ極めて高度な技術や専門知識が必須となる。自国だけで完結させるのは至難の技だ。 中国が抱える最大の問題が人材不足であることは先に触れた通りだ。その弱点を補うべく、中国は10年ほど前から半導体の製造に必須な超小型電子技術や超微細化技術に関する専門家の育成を、国防七校とはまた別の大学や研究機関に命じてきた。北京大学を筆頭に清華大学、復旦大学といった海外でも名の知られた大学が集積回路の設計、製造、パッケージング、性能テスト、CPUや半導体材料の開発を担う技術者の育成計画に従事している。この“半導体教育”は国家的プロジェクトとの位置付けで、政府が進める重要政策として厚い支援を受けている。 さらに日本での知名度は低いものの、大連理工大学、福州大学といった大学のほか、南京集積回路大学というそのものズバリの名前を冠した大学まで設置されている。ここでは企業の専門家をカウンターパートに、半導体に特化した教育と研究が進められている。 こうした国を挙げた取り組みは、着実に成果を上げつつある。昨年2月に米国サンフランシスコで開催された「国際固体素子回路会議(ISSCC2023)」では、中国の大学と企業が提出した論文が最も多く採択された。70年もの歴史を持つISSCCでは初めてのことで、未採択も含めた論文の数は、全体の3割を占めたという。