なぜ金メダル目前で高木菜那“転倒”の悲劇が起きたのか…氷上にあった”溝”と諸刃の剣だったパシュート新戦術
前を滑る味方を押す「プッシュ戦法」をはじめとして、平昌五輪以降の4年間で、団体パシュートを制するための戦術が新たなフェーズに突入した。標的にされたのはスピーディーな先頭交代と、一糸乱れぬ縦隊列で頂点に立った日本女子だった。 時速50kmで滑る選手は空気抵抗を受けて体力を消耗する。それをできるだけ軽減させるために先頭の選手を順に交代させ、後続で滑らせるのがセオリーとされてきた。 しかし、2020年2月の国際大会で、アメリカ男子チームが先頭交代なしという画期的な戦術で好タイムを出した。交代するたびに生じる0.2秒のタイムロスをなくし、先頭にかかる負担は隊列を組む選手たちが前方の味方を押すことで軽減するという逆転の発想だった。 世界に衝撃を与えた新戦術は、瞬く間に女子にも浸透した。日本のナショナルチームを指揮するデビット・ヘッドコーチも深く感銘を受けた一人であり、ちょうど1年前から「プッシュ戦法」や「先頭交代なし」を試験的に導入した。 五輪連覇へ向けて、より安定した状態を作るために手をつないだ体勢で滑る独自の戦術も編み出した。しかし、実戦で試した今シーズンのワールドカップでカナダに勝てない。 先頭交代を1度にとどめ、2周目からは「手つなぎ作戦」を導入した試合では、日本が持つ世界記録を更新するペースを刻みながら、残り1周で先頭の菜那が転倒した。菜那は原因を「自分の体力が持たなかった」と分析している。 北京冬季五輪前の最後の試合では、レース後半から「手つなぎ作戦」を導入。ノーミスで滑り終えながらも、優勝したカナダに1秒近い大差をつけられた。 試行錯誤が繰り返された状況で迎えた、本番へ向けた年明けの国内強化合宿。首脳陣と選手が思いの丈を忌憚なくぶつけ合ったなかで、平昌五輪と同じく先頭交代を3度行う戦法で、いわば原点へ回帰して連覇へ臨む方針が確認された。 隊列を組む選手間の距離を比べれば、それまでの約1.4mが「プッシュ戦法」や「手つなぎ戦法」では1mを大きく切る。近づいた分だけ、ほんのわずかでも足元が乱れれば選手同士が接触、あるいは転倒してしまうリスクが高まる。 何よりも各国が新しい戦術を編み出したのは、日本のようにスピーディーな先頭交代ができないからだ。平昌五輪前から同じ顔ぶれで、年間300日以上も練習で同じ時間を共有してきた世界一のチームワークが最高の武器になると確信した。