なぜ金メダル目前で高木菜那“転倒”の悲劇が起きたのか…氷上にあった”溝”と諸刃の剣だったパシュート新戦術
果たして、決勝でカナダに更新されたものの、12日の準々決勝で日本は2分53秒61の五輪新記録をマークした。ただ、新戦術にトライした日々で「プッシュ戦法」の効果も確認できた。決勝でも幾度となく前方の選手を押している。 菜那が転倒した場面をあらためて振り返れば、佐藤と接触したわけではない。接触の危険を察知してバランスを崩した跡も見られない。長野五輪男子500mの金メダリスト、清水宏保氏はコメンテーターを務めた15日夜のテレビ朝日系「報道ステーション」のなかで、独自の視点で菜那が転倒した要因をこう指摘している。 「氷の上にできた溝に左足がはまったことによってバランスを崩してしまい、耐えているんですけど、踏ん張りきれずにそのまま転倒しています」 実際、レースが重ねられた氷上には、いくつもの溝が生まれている。清水氏の指摘通りならば、転倒した原因に言及しなかった菜那が、レース後に「もっと自分が強ければ、最後、足を残して――」という言葉を残したのもうなずける。 自身が先頭を務めた間に、全身全霊の滑りでカナダとのタイム差を再び広げた。僅差の戦いになった最後のカーブで佐藤へ、そして先頭の美帆へ力を与えようとプッシュした。佐藤との距離を縮めた分だけ前方の溝を目視できなかったとすれば、前走する2人を後押しした先に待っていた、不可避のアクシデントだったと言っていい。 あるいは「プッシュ戦法」が持つ諸刃の剣の負の部分と、菜那の力が尽きかけた状況が複雑に絡み合ったと言うべきか。実際、菜那はこんな言葉も残している。 「おそらく3人で滑る最後のレースだったので、しっかりと全部を出し切ってというか、出し切った結果として転んでしまったんですけど。みんなでしっかりとゴールラインを切りたかったし、こういう形で終わってしまったことは本当に悔しい気持ちでいっぱいですけど、それでもこのメンバーで滑れてよかったと思っています」 泣きじゃくる菜那を含めて、レース後にチーム全員で円陣を組んだデビット・ヘッドコーチは「勝つときも負けるときも、チームパシュートはチームのものだ」と、全員で悔しさを共有しようと声をかけた。深くうなずいた美帆もこう続いた。 「最後まで熱い戦いを繰り広げることができた。金メダルには届かなかったという事実はありますけど、それでも頑張ってきたことに胸を張れると思っています」 美帆も、そして佐藤も、自らが先頭を務めた間に「もっともっとできたことがあった」と振り返っている。反省の弁は大きな負担をかけてしまった菜那を思いやる言葉であり、長い時間をかけてはぐくまれた至高のチームワークを象徴していた。 フラワーセレモニーを終えた後に、世界が見つめるなかで涙した3人の姿やお互いを思いやる絆に、ネット上には菜那をねぎらい、鼓舞するコメントがあふれた。それを知らされた菜那は涙をこらえて、必死に顔を上げながら言葉をつむいだ。 「自分のことを誇ってくれている、ということだけは見失わないようにしたい。誇ってくれている人たちの分も含めて、しっかりと前を向いていきたい」 菜那は閉会式前日の19日に、平昌五輪に続く連覇がかかるマススタートが待つ。美帆は17日の女子1000mで今大会4個目の、夏季五輪を含めた日本女子選手における歴代最多記録をさらに更新する通算7個目のメダル獲得を目指す。涙を力に変えた高木姉妹の北京冬季五輪は、まだまだ終わらない。