ドラゴンはなぜ“ラスボス”になったのか、古代ギリシャから現代まで進化の歴史をひもとく
時代とともに変わった竜のイメージ、辰年のラストに振り返ってみた
竜は、中世ヨーロッパの文化を象徴する生きものと言っていいほど、多くの伝説や物語、絵画に登場する。しかし、それよりもはるか以前から、竜やヘビのような形をした神話上の生物は古代世界の様々な文化で描かれてきた。そして現在にいたるまで、竜は想像の世界に生き続けている。 ギャラリー:ドラゴンの進化史、なぜ“ラスボス”になったのか 画像12点 古代メソポタミアでは、バビロンの最高神マルドゥクが、原始の混沌と海水の象徴である悪魔のような竜ティアマトを倒して宇宙に秩序を確立し、世界を創造したと信じられていた。古代中国の竜は、健康、強さ、幸運を表し、水源の守護者であり管理者として崇められていた。ギリシャ神話も、獰猛なヘビやドラコーンと呼ばれる巨大な生きものの伝説であふれている。
キリスト教で悪魔の象徴に
西暦313年、ミラノ勅令によってそれまで激しい弾圧を受けていたキリスト教がローマ帝国全土で公認され、さらに392年にはテオドシウス1世によってローマ国教に定められた。そうしたなかで、古代の竜は徐々にローマ人の新たな信仰観に合わせた姿に変わり、受け入れられていった。 ローマのキリスト教徒が弾圧から逃れるために隠れていた地下墓地の壁画や棺のレリーフには、竜が悪魔と関連付けられて描かれている。初期キリスト教美術では、竜のような怪物が聖人やキリストを表す存在に倒されるという構図が、異教の信仰や異端に対する教会の勝利の象徴になった。 聖書の「ヨハネの黙示録」に記されている終末の預言では、ギリシャ神話の怪物ヒドラを彷彿とさせる7つの頭を持った赤い竜が中心的な役割を担っている。この竜は、尾を使って天の星の3分の1をはき寄せ、地に投げ落とすが、最後には大天使ミカエルに倒され、自分も天から投げ落とされてしまう。 「創世記」では、ヘビがイブを誘惑して禁断の木の実をとって食べるという原罪を犯させ、キリスト教でいうところの人間の堕落を引き起こす。さらに、ギリシャ神話に描かれている水のヘビは、聖書に何度か登場する海の怪物レビヤタン(リバイアサン)や、「ヨナ書」で預言者ヨナを飲み込んだ大きな魚に結びつけられた。 初期の竜に関する表現や情報をまとめ、中世世界に広めたのは、神学者でセビリアの大司教のイシドルスという人物だった。 7世紀初頭に著した『語源』(最古の百科事典とも)のなかで、イシドルスは様々な古代の資料を基に、竜をヘビの仲間に分類し、すべての動物の中で最大であるとした。また、竜の原産地は主にエチオピアとインドで、その頭にはとさかがあり、洞窟にすみ、空を飛び、獲物を狩る際には毒を出したりかみ殺したりするのではなく、尾で叩くか絞め殺すのだという(『語源』第XII巻第IV章)。 ビザンチン帝国(東ローマ帝国)の竜は全てヘビの属性を持って描かれていたが、西のローマ帝国ではネコやイヌ、鳥など様々な形で表現されていた。この、様々な形に姿を変える性質が、ますます悪魔との関連性を強めることとなった。 11~12世紀のロマネスク美術には、翼を持ち、2本足で歩き、がっしりした体つきに、ネコまたはイヌのような顔をした竜が描かれている。さらに、体はうろこでおおわれ、長い耳と、先端が植物のような尾を持っていた。 教会や修道院の建物に描かれたロマネスク様式の竜は、騎士や聖人、そしてキリストを表すヒツジやライオンを攻撃しようとしているものが多い。竜だけでなく、人魚、ハルピュイア(女性の頭を持った想像上の鳥)、サルなどの“邪悪な”生きものも、人々への警告として教会の建物に彫り込まれた。 信心深い人々(その多くは読み書きができなかった)は、いかにも恐ろしげなこれらの彫刻を見上げ、地獄で待ち受ける罰と、それを避けるために何をすべきかについて思いをめぐらせたことだろう。