自民党総裁選というメディアの戦争 「人格なき発言」の時代の民主主義とは?
10月4日に召集された臨時国会で、第100代の総理大臣に自民党の岸田文雄総裁が指名され、親任式と閣僚認証式を経て、新内閣が発足しました。岸田新総理は就任会見で、衆院選の「19日公示、31日投開票」を表明しています。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、岸田氏が勝利した自民党総裁選について「メディアの戦いとして見ることもできるのではないか」と指摘します。若山氏が独自の視点で論じます。
総裁選はメディアの戦い
岸田文雄内閣が発足し、永田町は衆議院選挙に向かっている。 さて今回の自民党総裁選で二つのことを考えた。一つは前回の記事に書いた吉田茂・岸信介・河野一郎の「孫たちの政争」であり、日本社会における「政治的血脈と地脈」の存在である。そしてもう一つがこれからとりあげる「メディアの戦争」だ。 一昔前の総裁選は、国民とはかけ離れた永田町の論理で戦われた。「三角大福中」(三木派、田中派、大平派、福田派、中曽根派)の時代には、派閥の領袖が総裁の椅子を争い、派閥の人数の積み上げで票の数が予測され、実際に現金が飛びかったといわれる。派閥(人数)と資金の戦いであった。 しかし議員票だけでなく党員票を加える制度が導入されてからだいぶ変わってきた。小泉純一郎元総理は、郵政民営化を旗印に「自民党をぶっ壊す」と宣言して圧倒的な党員票を集めて当選した。永田町の論理に一般国民に近い論理がもちこまれたのである。見方を変えれば人気の戦いでもあった。小泉政治は劇場型といわれ、テレビなどのメディアの役割も強調された。そして今回の総裁選は、そこにもう一つ、インターネット特にSNSが加わったことが特徴であると思われる。 この総裁選を、永田町の論理と、テレビや新聞などの一般メディアと、インターネットという新しいコミュニケーション・ツールの、三つ巴の戦いとして見ることもできるのではないか。まずはメディアの変化と政治との関係を追ってみよう。