【後編】北アルプスの山小屋経営、これからどうする?次代を担う山小屋後継者4人の座談会。|PEAKS 2024年9月号(No.167))
日本と海外の国立公園は管理体制がまったく違う
――山小屋運営の課題は、雇用問題にまで発展してるんですね。話は変わって、インバウンドが増えてきている実感はありますか? 松沢:はい、少しずつ。スタッフについても、ワーキングホリデイで世界各国から応募してくれる人が増えてきていて。ただ受け入れ側で英語を話せる人材が不足しているので、そういう視点も広げなきゃいけないなと思っています。今年は香港から社員をひとり採用する予定です。 ――白馬には、英語を話せる人がたくさんいそうですね。 松沢:麓にはいるんですけど、山の上はまだ少ないんですよね。一方で、法律化されてはいない登山のルールやマナーがたくさんあるけど、海外の人にそれを伝えきれていません。グリーンロープの先へどんどん入られてしまうし、花を詰まれてしまうし……。そういうことをしっかり伝えていくために、白馬にいる海外の方々と組んで発信をしていこうとしているところです。 穂苅:それこそ最近、半袖短パンにスニーカーといった軽装で、もちろんアイゼンやピッケルを持たずに残雪期の槍か岳を登る海外の方が増えています。タイミングが悪かったら命に関わるじゃないですか。でも彼らは死のうと思って登りに来ているわけではなくて、どういう状況でどんなリスクがあるのかを知らずに来ているだけ。もちろん我々山小屋事業者ももっと情報発信をする必要がありますが、地域としてどう迎えるのかということを、行政も含めてコンセンサスを取ったうえで情報発信をしていかなきゃいけないなと痛感しています。 山田:穂苅さんの曾祖父や僕の曾祖父らが協力して旧アルプス旅館、いまの槍沢ロッヂを作ったように、北アルプスの山小屋の黎明期からの協力関係がありますが、そのなかでいま大きなトピックになっているのが「急増している海外からの準備不足な登山者にどう対応するか」なのです。今年、富士山でオーバーツーリズム防止のために事前予約や通行料が導入されましたが、我々も関心をもって見守っています。 ちなみに横尾山荘もここ数年でよろず相談所と化していて……。装備が不十分な海外の方に「こういう状況だから登ってはダメですよ」と伝えても、諦める人は3割くらい。なかには登ったのに下りられず、スタッフが途中までいっしょに下りるようなことも多発していて、山小屋従業員への負担が深刻になってきています。事前に防げる遭難が多く、このままだと本当に必要な救助ができなくなるかもしれません。我々は民間事業ですが国立公園事業者です。 だからこそ、事故なく山を楽しんでもらうためにどう改善すべきなのかを考えています。そのアイデアを得ることも、海外の国立公園を見に行くひとつの目的でした。 ――山小屋同士の親交を深めるという目的だけではなかったんですね。 山田:じつはそうなんです。ヨセミテは上高地と似ていると言いましたが、両側に山があってその間を川が流れている、谷を中心とする地形であるところとかそっくり。日本と違うのは、アメリカは国立公園管理局、ナショナルパークサービスという組織があること。そこに税金が投入されているうえ、寄付金や公園の利用料も入っていて、そのお金をベースにしてレンジャーがパトロールをしたり道の整備をしたりしている。違反者を逮捕することもできるんですよ。そのまま日本でやるのは無理なことなんですけど、いろんな国を見て「日本はいまこういう状況だから、こうしたらいいんじゃないか」といったビジョンを、山小屋事業者である自分たちがある程度共有し、活動していかないと状況は改善しないと考えています。