自らも養子で育った経験から「家庭のあたたかさを1人でも多くの子どもに感じてほしい」、里親の役目は子どもの命のバトンをつなげていくこと【俳優・平野隼人】
幼いころ特別養子縁組で育ての親に迎え入れられた、声優・俳優の平野隼人さん。日本には、さまざまな事情で親と離れて暮らす子どもが約4万2000人もいると言われていますが、平野さんは、里親としてこれまで何人かの子どもたちを預かっています。そして現在は、長期委託で2歳の子の里親に。里親になろうと思った理由や子どもたちへの思いなどを聞きました。全2回インタビューの後編です。 【画像】現在声優・俳優として活躍する平野隼人さん
自身の生い立ちから、自然と里親という選択肢が
平野隼人さんは、2歳ごろに特別養子縁組で、育ての親に迎え入れられました。育ての親は、里親として子どもたちを預かっていたこともあるそう。そうした環境から、平野さんにとって里親になるという選択肢は自然なことだったと言います。 ――里親になろうと思った理由を教えてください。 平野さん(以下敬称略) 妻とは結婚する前から里親について話し合っていました。「もし、子どもが授かれなかったら…」という話になり、私のほうから「里親という選択肢もあるよ」と伝えました。 私自身、小学生ぐらいから「本当の両親ではないのでは?」とずっと感じていたので、そのことも結婚前の妻に話しました。「でも、本当のわが子のように育てられて、とても幸せだ」ということも伝えました。 私の育ての親は、里親もしていたようで、私が幼稚園のころ、知らないお兄ちゃんが家で何日間か過ごしていたことがあります。あとから知ったのですが、その子は里子で、私を特別養子縁組で迎え入れる前に預かったことがある子でした。その子が大きくなり、「また、あの家に行きたい!」と言ってくれて、再び短期委託で預かったそうです。 そのお兄ちゃん以外にも、私と同じぐらいの年齢の子や少し小さい子と、何日間か一緒に暮らしたこともあります。 こうした環境の中で、育ってきたので私自身が里親になることは、ごく自然なことでした。 結婚前から妻には選択肢として里親のことは伝えていたものの、実際に里親になろうとしたとき、妻は私の生い立ちや育ての親との良好な関係を見ていて、「血のつながりよりも大切なのはきずな」と思えたようです。 ――里親になろうと思ったとき、育ての親には相談しましたか。 平野 経験者である両親に相談したら、自分たちが里親をしていたころから、だいぶ年月がたっているから、児童相談所で相談しなさいとのアドバイスをもらいました。