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日本のバスケットボール界よ、脳震盪がすごく危険なことにもっと敏感になれ!

青木崇Basketball Writer
2010年のNBAプレイオフで試合中に脳震盪となったグレン・デイビス(中央)(写真:ロイター/アフロ)

ツイッターのタイムラインから出てきたこの記事を見たとき、日本のバスケットボール界は脳震盪に対する認識が甘すぎると改めて感じた。その理由は、2015年のウインターカップ女子準決勝、第3クォーター途中で桜花学園の遠藤桐(現アイシン・エィ・ダブリュ)が脳震盪になったにもかかわらずプレイし続け、翌日にそれを称賛していると捉えられても仕方ない報道も出ていたからである。

日本バスケットボール協会(JBA)が指針を出したものの、発表されたのは遠藤の一件から10か月以上経過した2016年11月10日。対応の遅すぎるという批判が出ても然るべきだし、真のプロリーグとしてスタートしたBリーグが、脳震盪を起こした選手を翌日の試合に出すことを許してしまう時点で、この指針に効力がないことを証明しまったと言える。もちろん、バスケットボールを取材し、報道するメディアの側も、脳震盪を受傷しながらプレイすることを良しとする考えを捨てなければならない。後日、当事者である新潟アルビレックスBBの畠山俊樹にどんな状況だったのかと質問すると、次のような答えが返ってきた。

「土曜の試合で軽い脳震盪が起こって、その試合は回避したんです。その後滋賀のチーム・ドクターからチェックを受けて、”今日はちょっと安静にして”というようなことを言われた。ドクターのチェック上では、そんなめちゃくちゃくらくらするとかあまりなかったんです。僕自身も次の日の朝、ちょっと寝違えたような感じで首がしんどいくらいで、そんな変わらずにいたんです。頭痛とかいうのもなくて、試合前に向こうのチーム・ドクターから前日と同じチェックをして、”大丈夫だと思います”みたいな…」

病院に行って検査をすることはなかったのか? と続けて質問すると、「そうですね。前半終わってハーフタイム中に気持悪くなっちゃって、それを受けて病院で検査してという形ですね」と続けた。畠山の言葉からわかったのは、ドクターがJBAの指針に沿った判断をしなかったと言わざるをえない点。と同時に、新潟も指針を遵守していなかったということだ。会場にドクターがいながらこのような事態になったのは、日本のバスケットボール界全体が脳震盪の危険性を共有できていないことと、JBAの指針が非常に曖昧であると証明するようなもの。脳震盪の疑いがある時点でプレイ続行不可→医療機関での受診→ガイドラインをクリアするまで練習参加も不可という段階的復帰を義務付ける規定を、Bリーグ開幕前までに作らなかったJBA医科学委員会は、批判されて当然だろう。

他の競技に目を向けると、日本サッカー協会日本ラグビーフットボール協会の規定は、JBAに比べるとより詳細であることは一目瞭然。アメリカでアスレティック・トレーナー(AT)の資格を持ち、身体にも影響する「脳震盪」の怖さという記事を執筆したテキサスA&M大学コーパスクリスティ校キネシオロジー学部の阿部さゆり臨床助教授は、日本バスケットボール界の現状を危惧している。

『アメリカでは各州の法律でいかなる競技レベルでも脳震盪の疑いがあれば即刻プレイ中止、医療機関受診、段階的復帰が義務付けられていたり、プロリーグではさらに厳しい第三者(プロのAT)による試合監視と、脳震盪発症時の即時介入など徹底されつつあります。例えば、復帰まで最低でも5日間に渡って段階的復帰をしなければいけないと州の法律で定められているとしたら、それに従わず時期尚早に復帰を許した医者やATは医療ライセンスを剥奪されます。患者や親御さんを教育するのも我々の義務なので、それを怠ったがゆえに、患者が脳震盪の症状を脳震盪と認識できず、医療従事者にそれを訴えることができなかった場合も、その責任は医療従事者に還ってきます。しかし、「医療従事者が適切な教育を行ったにも関わらず、選手が自主的に脳震盪の症状を医療従事者に報告しなかった場合」、法的責任は患者に生まれ、医療従事者は法的に守られる…という法律を作った州もあります。

畠山選手は12月3日に脳震盪受傷し、翌日に13分プレイしたそうですが、「段階的復帰」は5分とか10分というプレイタイムの長短ではなく、運動の強度を数日かけて徐々に上げていかなければいけないという意味なので、「プロバスケの試合」という激しい運動を「翌日にした」ことが今回の問題です。脳震盪の影響は何層にも重なる波のようなもので、深刻な長期にわたる後遺症が起こることもあり、受傷直後の症状が軽かったからなどと侮ってはいけません。我々医療従事者にも「まだまだわからないことが多すぎて怖い」のが脳障害という分野なのです。

日米では法律も医療システムも異なり、アメリカでやっていることがそのままできないのもよく分かりますが、リーグ側が徹底した姿勢を見せることで広まる認識もあるでしょうし、メディアもケガを押してのプレイに対する美意識を、せめて脳震盪に関しては改めることで、悪しき文化からも脱せるのではないでしょうか』

JBAは昨年秋、代表をより強化させるための一環として、NBAのワシントン・ウィザーズとミネソタ・ティンバーウルブズに在籍した経歴のある佐藤晃一を、スポーツパフォーマンスコーチとして招聘した。世界最高レベルのアスリートたちが集まるNBAにおいて、スポーツ医学の最前線で働いていた佐藤の存在は、選手強化だけに限らず、脳震盪に対する危機感の欠如を改善させるうえで、大きなプラスになると期待している。脳震盪受傷から復帰までのプロセスで厳しいチェックがあるNBAと同様の規定を、命の危険に直面するような大きな問題が起こる前に、JBA、Bリーグが早急に導入することを願うばかりだ。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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