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「貧困をなくすために」宇宙進出を加速させるアフリカ;「技術で社会は変えられる」か

六辻彰二国際政治学者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 12月26日、南西アフリカにあるアンゴラの初めての人工衛星アンゴサット1(Angosat-1)がロシアの協力のもと、カザフスタンから打ち上げられました。翌27日にアンゴサット1との交信は途絶えましたが、関係者が復旧作業を行い、29日にロシアがコントロールを回復したと発表。約3億ドルを投入したアンゴサット1が星の藻屑となる事態は回避されました。

 貧困や飢餓といったマイナスのイメージがつきまとうアフリカが宇宙開発に参入することは、多くの人々にとって意外かもしれません。しかし、アンゴラ以前に既にアフリカ大陸54ヵ国中7ヵ国が災害対策、テレビを含む通信環境の改善、軍事利用などの目的で既に人工衛星を打ち上げており、その宇宙進出は今後も加速する見込みです。

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 技術支援を行う側も含めて、アフリカの宇宙進出は「人工衛星が貧困などの社会問題を解決するうえで役に立つ」という考え方に基づきます。しかし、科学技術に社会を変える力があるとしても、それはイノベーション至上主義者が考えるほど無条件のものではなく、「技術革新の成果が出やすい社会」がなければ、アフリカの宇宙進出は「打ち上げ花火」で終わりかねないといえます。

アフリカ諸国による宇宙進出

 まず、アフリカ各国の宇宙進出の歴史を振り返ります。

 アフリカ大陸で初めて自前の人工衛星を保有したのはエジプトでした。宇宙開発がビジネス化され始めていた1998年、フランスのマトラ・マルコニ社によって製造されたエジプトのナイルサット101が、ヨーロッパの多国籍企業アリアンスペースのロケットに搭載されて打ち上げられ、北アフリカ一帯のテレビ、ラジオ電波の送信やデータ通信環境をカバーしました。

 しかし、初めて自前の人工衛星を製造したのは、これに続いた南アフリカでした。1999年、ステレンボッシュ大学大学院が製造したサンサットが、かつてスペースシャトルの発着に利用されていたヴァンデンバーグ空軍基地から米国のデルタIIロケットで打ち上げられました。

 これは初のアフリカ産人工衛星で、地表データの収集や電子データ転送通信などを目的としていましたが、2001年に通信が途絶えました。その後、南アフリカは2009年、今度は南アの産学官連携のプロジェクトとして新たな人工衛星サンバンディラサットをロシアのソユーズIIで打ち上げています。

 その後、アフリカ諸国の宇宙進出は、モロッコ(2001)、アルジェリア(2002)、ナイジェリア(2003)、モーリシャス(2007)、ガーナ(2017)に続かれており、今回のアンゴラは8番目の人工衛星保有国。この他、エチオピアとケニアでも計画中といわれます。

人工衛星は贅沢か

 しかし、貧しいアフリカが宇宙進出を目指すことを一種の「贅沢」とみなす意見もあります

 実際、2000年代の資源ブーム以来、その経済成長が注目を集めるようになったとはいえ、アフリカはいまだに世界の最貧地帯です。世界銀行の統計によると、サハラ以南アフリカ平均で41.0パーセント(2013)の人口が1日1.9ドル以下の生活水準にあり、15歳以上の女性のHIV感染率は58.7パーセント(2016)と地域別で断トツで高く、相次ぐ内戦などによって難民数は約600万人(2016)にのぼります(World Bank, World Development Indicators Database)。

 これまでに人工衛星を打ち上げた国は、他のほとんどのアフリカ諸国より経済水準などで高いとはいえ、それでも人工衛星打ち上げには批判もあります。例えば、南アフリカでは約770万ドルをかけて製造した人工衛星サンバンディラサット打ち上げの際、議会では野党議員から「その資金をもっとよい使い道に回せたはず」と批判があがりました。この種の議論は人工衛星以外にも、例えば高速鉄道の敷設などでもみられます。

 これに拍車をかけているのは、国によって差はあるものの、2014年に資源価格が下落した後、アフリカ諸国の多くで経済成長にかげりが見え始めていることです。やはり世界銀行の統計によると、アフリカ平均で2000年から2013年まで平均4.8パーセントあったGDP成長率は、2016年には2.9パーセントにまで下落。今回、アンゴサット1を打ち上げたアンゴラはサハラ以南アフリカで第2の産油国ですが、2016年の成長率はゼロにまで落ち込んでいます。

投資としての宇宙進出

 ただし、その一方で、人工衛星の打ち上げには「投資」の側面もあります。昨今のアフリカではしばしば、「貧困など社会問題を解決するための手段」として人工衛星の必要性が強調されています。

 例えば、アフリカでは携帯電話の普及が加速しており、これは単に通信手段の普及だけでなく、その他の産業に大きな波及効果を及ぼすことを意味します。例えば、ケニアで生まれた携帯電話を通じた送金サービスM-Pesaは、銀行口座をもてない貧困層にとって重要な金融サービスとして普及しており、同種の事業はルワンダなど近隣諸国でも生まれています。この環境のもと、通信環境の整備は不可欠の課題で、そのためにも人工衛星の需要は大きいといえます。

 とはいえ、人工衛星の用途は経済活動だけにとどまりません。例えば、アフリカでは医師の不足が深刻であるため、通信を用いた遠隔地医療の可能性は医療に携わるNGOの間で数年前から提案されています。アンゴラ政府はアンゴサット1に通信環境の整備だけでなく、遠隔地医療の普及の効果もあると強調しています。

 人工衛星による地表の情報収集が効果は、これ以外にも難民支援食糧生産災害対策などにおいても期待されています。民生用だけでなく、ナイジェリアは人工衛星Sat-Xなどをイスラーム過激派ボコ・ハラムの対策に用いており、2014年には誘拐された273名の人質を宇宙から確認し、その救出につなげています

 こうしてみたとき、人工衛星は確かに安いものではありませんが、そのコストに見合う成果を得られるのであれば、よりよい生活環境を作るための「投資」といえます。この観点は、「技術で社会を変える」という考え方に基づくといえるでしょう。

低パフォーマンスを生むもの

 ところが、アフリカ諸国の宇宙進出における最大の課題は、そのパフォーマンスにあります。そして、アフリカの人工衛星のコストパフォーマンスを引き下げることが最も懸念される要因としては、科学技術よりむしろ社会や政治のあり様があげられます

 例えば食糧生産の場合、2017年10月のアフリカ各国の財務大臣が集まる会合に提出された報告書では、市場経済のメカニズムに適応しやすいように小規模農家を商業化する必要が強調されており、そのための必要条件として人工衛星やドローンを含む最先端技術の導入だけでなく、家庭や共同体における女性の役割強化や、土地制度の改革などもあげられています

 言い換えると、人工衛星による地表データの収集は食糧増産に寄与するとしても、それ以外の条件が整わなければ、効果は限定的とみられるのです。ところが、これらの地道な社会改革は、派手な宇宙進出と比べて遅れがちです。

 同様のことは、他の領域に関してもいえます。例えば、先述のようにナイジェリア政府は人工衛星をテロ対策の切り札と位置付けています。ところが、その一方で、2014年12月には「武器・弾薬の不足」を理由にボコ・ハラム掃討作戦への参加を拒絶した54名の兵士に軍事法廷が死刑判決を下しています

 つまり、ナイジェリア政府はハイテクの人工衛星を打ち上げるために1基あたり約1300万ドルを投じている一方、ローテクのより基礎的な部分への予算配分は制限してきたのです。このアンバランスな対応がテロ掃討作戦の成果を遠のかせる一因になっていることは疑い得ません。

社会が技術を制約する

 1960年前後に独立した多くのアフリカ諸国では、冷戦の背景のもと、東西両陣営からの援助による巨大ダムやテレビ局の建設などを通じて、当時の最先端の科学技術を海外から導入しました。独立したてのアフリカ諸国は、「一人前の国になった」シンボルとして、科学技術の導入を進めたといえます。しかし、メンテナンスを行う人材の不足などから、結果的に無駄になることも珍しくありませんでした。

 全ての国がそうとはいえませんが、2000年代の資源ブームで急速に成長したアフリカ諸国のなかには、高揚感に満ちた独立期と同様、「科学技術の導入」そのものが目的になっている国があったとしても不思議ではありません。また、冷戦期の米ソと同様、宇宙進出が国威発揚の手段になっていることも否定できません。少なくとも、適切なガバナンスを欠いたままでの人工衛星の導入に高いパフォーマンスを期待することはできません。

 それにもかかわらず、アフリカでの宇宙進出を加速させている一因には、海外からのアプローチもあります。現在、宇宙開発は巨額の資金の動くビジネスであり、西側諸国だけでなくロシアや中国、さらに日本もこぞってアフリカ各国の人工衛星打ち上げに協力的です。

 宇宙進出の技術をもつ国にとっては、アフリカが有望な市場であると同時に、「技術で社会の問題を解決する」というアイデアを実行するのに格好の土地と映るかもしれません。さらに、宇宙進出に関する協力は、アフリカを取り巻く大国同士の進出競争の一環となっているともいえます。しかし、現地からの要請に沿ったものであったとしても、社会や政治のあり様と無関係に科学技術の成果を投入してきたことが、結果的にアフリカの「コストパフォーマンスの悪い宇宙進出プロジェクト」を加速させていることもまた確かです。

 だとすると、技術開発をする側にいかに高邁な理想があろうとも、それを上手に運用できる環境がなければ、科学技術は宝の持ち腐れとなり、アフリカの人工衛星は「盛大な打ち上げ花火」で終わります。言い換えると、「技術が社会を変える」のと同じくらい「社会が技術を制約する」といえます。その意味では、宇宙進出レースが過熱するアフリカは、「イノベーション信仰」が広がる世界において、「技術で社会を変える」モデルケースであると同時に「技術革新の成果が反映されやすい社会のあり方」を再考するモデルケースでもあるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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