Yahoo!ニュース

日本を取り戻す 氏名のローマ字表記「名→姓」の西洋式から「姓→名」の日本式に どちらがお好き?

木村正人在英国際ジャーナリスト
氏名のローマ字表記を日本式に改めることを主張する河野太郎外相(右)(写真:アフロ)

敗戦国・日本のルサンチマン

[ロンドン発]安倍政権が6日、国の文書で日本人名のローマ字表記を「姓→名」の順にする方針を決めたそうです。主導したのは河野太郎外相と柴山昌彦文部科学相です。これは2つの意味で面白いニュースだと思いました。

明治維新で日本が植民地化を免れたのは脱亜入欧で西洋化を進めたからです。「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と唄われました。チョンマゲを切り落として散切り頭にしていなければ日本も、辮髪(べんぱつ)の中国(当時は清朝)と同じように植民地化されていたかもしれません。

日本人名のローマ字表記を西洋式の「名→姓」から中国や韓国と同じように「姓→名」の順に戻すことは、現在の日本は“脱欧入亜”を進めていることを意味しているのでしょうか。

ローマ字教育は敗戦で日本語のローマ字化を計画していた連合国軍総司令部(GHQ)によって進められました。日本人名のローマ字表記の「姓→名」への転換は「戦後レジームからの脱却」を政策の柱に据えてきた安倍晋三首相が主導したのでしょうか。

それとも敗戦国・日本の国語学者や国民のルサンチマン、いや単に世界中で流行している伝統や文化を重んじるアイデンティティー・ポリティクスの流れなのでしょうか。

河野外相は5月の記者会見で2度にわたって日本人氏名のローマ字表記についてこう話しています。

河野外相、5月21日

「平成12(2000)年の国語審議会が日本人の名前のローマ字表記は『姓→名』の順番にすることが望ましいという答申を出しております」

「外務省としても令和という新しい時代にもなりましたし、中国の習近平主席をXi Jinpingとか、韓国の文在寅大統領をMoon Jae-inというふうに表記している外国の報道機関が多いわけですから、安倍晋三首相も同様にAbe Shinzoと表記をしていただくのが望ましいと思っております」

「私から国際報道機関にそういう要請を出したいというふうに思っております。国内のメディアの中にも英語のメディアを持っているところがあると思いますが、是非そうしたことをご配慮いただきたいと思っております」

河野外相、5月31日

「『姓→名』で統一されていればこういう話題にならないわけで『名→姓』の順番でこれまで日本人の人名の表記が国際的に行われていたから、いまこういう状況になっているわけです」

「まず省庁できちっと連携をしていかないとですね、こっちが『Kono Taroだ』と言っているのに、向こうは『Taro Asoだ』と言っていると、Taroというのは名前なのか姓なのか、よう分からんみたいなことになります」

「かつて『エコノミスト』だったかなんか、Kono TaroとAso Taro(麻生太郎副総理兼財務相)の件で混乱を生じたことがありました」

「日本人の名前を日本人の名前の通りに発信するのは当然のことだと思っておりますが、このしばらくの間、英語では明治以来『名→姓』の順番で発信されてきたという現実がございます」

「これを日本人の名前に戻す際に、これからどのようにやっていくのかという議論をしていく必要があろうかと思います。それは国語審を抱えている文科省と外務省が中心になって、しっかり齟齬のないように進めていかなければいかんと思っています」

「人の名前は全ての役所が使いますし、全ての地方自治体、全ての企業が人の名前は使っておりますから、最終的にはオールジャパンでやらなければいけない話だろうと思っております」

一方、柴山文科相はこう話していました。

柴山文科相、5月21日

「文化庁では平成12年当時、国の行政機関、都道府県及び都道府県教育委員会、国公私立大学、放送・新聞・出版業界等関係団体などに宛てて、通知を発出して、国語審議会の答申の趣旨に沿って対応するよう配慮をお願いしたところであります」

「答申から20年近く経過をしている中で、必ずしもこの答申の趣旨が十分に共有されていないのではないかということを私も日々の生活の中で感じているところであります。このため、再度依頼通知を発出するよう、文化庁に指示をいたしました」

「自分の名刺を見ると残念ながら『名→姓』の順番でローマ字表記がされております。文部科学省の英語のホームページでは、現在政務三役の名前もですね、やはり『名→姓』の順番でローマ字表記をされているところであります」

「英語ホームページあるいは名刺の英語表記についても変更をする予定であります。私自身も今後、オフィシャルの場合においては『姓→名』の順で表記をすることを徹底していきたいと考えております」

柴山文科相、9月3日

「実は私、世界柔道の最終日、総理たちとともに観戦をしていたんですけれども、日本の男女混合チームが見事優勝を果たされた後、表彰式が行われて英語で総理のプレゼンターとしての紹介があった時に『ABE Shinzo』という形で紹介をされました」

「国語審議会の答申後、中学校の英語教科書においては、日本人の姓名のローマ字表記が『姓→名』の順となった」

9月6日の閣僚懇談会で柴山文科相は「日本人の姓・名のローマ字表記について政府が作る公文書では原則として『姓→名』の順で表記するよう取り扱いを定めていただきたい」と要請。他の閣僚から異論はなく、今後、内閣官房を中心に具体的な取り扱いが定められていくそうです。

柴山文科相は記者会見で「グローバル社会が進んでいくに従って人類の持つ言語ですとか文化の多様性を人類全体がお互いに意識するということがますます重要になってきていると思います。伝統に則した表記にすることに意義がある」と強調しました。

国語審議会(当時)は00年の「国際社会に対応する日本語の在り方」でこう答申しています。

「日本人の姓名をローマ字で表記するときに、本来の形式を逆転して『名→姓』の順とする慣習は、明治の欧化主義の時代に定着したものであり、欧米の人名の形式に合わせたものである」

「ただし『姓→名』順を採用しているものも見られ、また、一般的には『名→姓』順とし、歴史上の人物や文学者などに限って『姓→名』順で表記している場合もある」

「文化庁の『国語に関する世論調査』(1999年)では、中国人や韓国人の名前は英文の新聞や雑誌の中でも自国での呼び名と同じ『姓→名』の順に書かれることが多いことを述べた上で、英文における日本人の姓名表記について尋ねたところ、『姓→名』の順で通すべきだ(34.9%)とした人がやや多く、『名→姓』の順に直すのがよい(30.6%)、『どちらとも言えない』(29.6%)もこれに拮抗する結果となった」

「世界の中で、日本のほか、中国、韓国、ベトナムなどアジアの数か国と、欧米ではハンガリーで『姓→名』の形式が用いられている」

「国語審議会としては、人類の持つ言語や文化の多様性を人類全体が意識し、生かしていくべきであるという立場から、そのような際に、一定の書式に従って書かれる名簿や書類などは別として、一般的には各々の人名固有の形式が生きる形で紹介・記述されることが望ましいと考える」

「今後、官公庁や報道機関等において、日本人の姓名をローマ字で表記する場合、並びに学校教育における英語等の指導においても、以上の趣旨が生かされることを希望する」

日本語のローマ字化計画

産経新聞時代、戦後50年企画「戦後史開封」の取材で、戦争中、文部省教学局図書監修官補としてフィリピンやビルマなどで日本語を教える南方向け教科書をつくっていた東大名誉教授の松村明氏(故人)に戦後のローマ字教育についてお話をお伺いしたことがあります。

松村氏は「日本語のローマ字化という話が非公式に進駐軍から伝わってきていました。国字は日本の問題。進駐軍に言われる前にちゃんとやっておく必要がありました」と、進駐軍主導のローマ字化を防ぐため文部省が先手を打ってローマ字教育に取り組んだことを話してくれました。

昭和22(1947)年4月に小・中学校でローマ字教育が始まり、松村氏はローマ字教科書を作成、1ページ目は「Okiru(起きる)/Kao o arau(顔を洗う)/Gohan o taberu(ごはんを食べる)」だったそうです。

CIE(民間情報教育局)の通訳兼調査官だった斎藤襄治氏(故人)は「教育班長のR・K・ホールは『漢字が日本の民主化を阻んでいる。全部ローマ字にしなさい』と持論を展開してきました。私は『漢字は確かに覚えにくいが、日本人の感性や情操を育てるのに役立っている』と反論しました」と振り返りました。

発足時、小学4~6年で計120時間が割り当てられたローマ字教育ですが、その後、40時間に削られ、今では3年生で年4時間教えられる程度になりました。その代わり、5~6年で英語教育が行われています。

国語学者は基本的に文化ナショナリストです。だから氏名のローマ字表記を日本式の「姓→名」に戻せという意見が出てくるのは当たり前です。しかし、それがグローバル時代の日本人にとって本当にプラスになるかと言えば首を傾げざるを得ません。

国際捕鯨委員会(IWC)を脱退して31年ぶりに商業捕鯨を再開したのも日本の伝統と文化を守るためでした。

日本社会は「勤め先→姓→名」

「勤め先(帰属)→姓(家)→名(個人)」が日本式なら「名(個人)→姓(家)→職業(帰属)」は西洋式です。筆者はロンドンで暮らすようになって13年目になりますが、日本人は自己主張が足りないように思います。

自分の考え、良心、主張よりも家の体面、組織の論理が何より優先します。その思考回路が日本の発展を阻んでいるような気がしてなりません。

西洋式の氏名表記をわざわざ日本式に切り替える意味は一体、何なのでしょう。明治以降の失われた日本を取り戻す民族運動なのでしょうか。「姓→名」式の中国やハンガリーに対して欧米諸国の中で異質論が強い理由をよく考えてみる必要があります。

日本人の英語力は世界的に見てもそれほど高くありません。ロンドンで出会う日本人留学生の数も年々、減ってきています。英語ではファーストネーム(名)で呼び合うことが親密さのバロメーターになります。だから英語でコミュニケーションを図る時は、名を先にした方が良いと筆者は考えます。

西洋式から日本式への転換はますます内向きになる日本を象徴しているような気がしてなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事