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新型コロナ感染症:ウイルスはどれくらい長く物質上にいるのか〜残存率低下の条件とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:Alissa Eckert, MS; Dan Higgins, MAM/CDC/ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の感染拡大が止まらない。このウイルス、いったいどれくらいの時間、環境中に残存し続けるのだろうか(ウイルスは「半生物」なので生存ではなく残存を使った。また、この記事の内容は2020/04/12までの情報に基づいています)。

接触感染からの経路とは

 厚生労働省のホームページによれば、新型コロナウイルスの感染の経路は、大きく飛沫感染と接触感染が考えられるとしている。

 飛沫感染は、感染者の飛沫(くしゃみ、咳、唾液など)と一緒にウイルスが放出され、それを感染者以外の人が口や鼻から吸い込むことで感染する。これが、感染者との接触を防ぐために可能な限り外出を控え、いわゆる「3密」を避けることが感染予防のために重要とされている理由だ。

 

 接触感染というのは、感染者がくしゃみや咳をした後、ウイルスが付着した手で周りの物に触れることで感染者のウイルスがそうした物質に移る。感染者以外の人がそれらの物質に触れることで、ウイルスが手に付着し、感染者に接触しなくても物質を介して感染する。その物質とは、例えば電車やバスのつり革、ドアノブ、エスカレーターの手すり、エレベーターのスイッチ、スマートフォン、メガネ、紙幣や硬貨などだ。

 新型コロナ感染症の感染予防のためには、こうした感染者から物質を介して自分の手に付着したウイルスを体内へ取り込まないため、外出して帰宅したらまず入念な手洗いをすることが重要とされている。

 では、つり革、ドアノブ、手すり、スイッチ、スマートフォン、メガネ、紙幣や硬貨といった物質の表面に、新型コロナウイルスはどれくらいの時間、残存し続けているのだろうか。

プラスチック表面には3日間

 これについては権威ある医学雑誌の一つとされる『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に掲載された論文(※1)が、今のところ最も参考になる。これは、米国の国立アレルギー・感染症研究所などの研究グループが、新型コロナウイルスを2002年11月から流行したSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome、重症急性呼吸器症候群)のウイルス(SARS-CoV-1)と比較した調査研究だ。

 同研究グループは、2つのウイルスをエアロゾル(Aerosol、ウイルスが含まれる空気中に浮遊する微小な粒子)、プラスチック、ステンレス、銅、段ボールの5つの環境下で比較し、どれくらいウイルスが残存していたかを調べた。

 その結果、新型コロナウイルスはSARSウイルスと同様、エアロゾルでは3時間、残存していたことがわかった。また、これもまたSARSウイルスと同じように新型コロナウイルスは、銅と段ボールよりステンレスとプラスチックの表面上で長く残存していたという。

 銅では4〜8時間で、また段ボールでは24時間後に残存が確認されなくなったのに比べ、感染力は低下したものの、ステンレスで48時間(2日間)後、プラスチックで72時間(3日間)後まで残存していた。

 銅の表面ではSARSウイルスのほうが長く残存できるようだが(4時間:8時間)、段ボールでは逆に新型コロナウイルスのほうが残存時間が長かったという(24時間:8時間)。さらに、感染力が半減するのは、ステンレスの上で約5.6時間、プラスチックの上で6.8時間だった。

 つまり、新型コロナウイルスは、感染力が低下するものの、少なくともプラスチックの上では72時間(3日間)、物質上で残存できることになる。

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新型コロナウイルスがエアロゾル状態、物質表面でどれくらいの時間、残存しているかを示したグラフ。Via:Myndi G. Holbrokk, et al., "Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, 2020の数値より画像制作:Yahoo! JAPAN

 ただ、新型コロナウイルスについては、まだ研究が始められたばかりで、どれくらいの時間、環境中に残存しているのか、はっきりとはわかっていない。この研究グループによる実験では、ほぼSARSウイルスと同じ程度の感染力を示していることがわかったということになる。

 ヒトに感染するコロナウイルスはこれまで6つのウイルスが確認されていたが、新型コロナウイルスは7番目のウイルスであり(※2)、SARSウイルスと新型コロナウイルスの遺伝子配列は79.6%共通するようなので、確かにSARSウイルスの研究が参考になる(※3)。

他のヒト・コロナウイルスは最大9日間

 SARSウイルスやMERS(Middle East Respiratory Syndrome、中東呼吸器症候群)ウイルス(MERS-CoV)を含む感染菌の不活性化に関する複数の論文を比較したシステマティックレビュー研究(※4)によれば、これらのヒト・コロナウイルスはガラスやプラスチックの表面で最大9日間、残存する危険性があるようだ。

 また、ヒト以外の哺乳類に感染するコロナウイルスでは、最長28日も残存していたことがわかっている(※5)。上記で紹介した実験では、プラスチックの上で少なくとも72時間(3日間)は新型コロナウイルスが残存していたという結果が出ていたが、同じコロナウイルスの仲間のしぶとさを考えれば1週間以上は要注意とすべきだろう。

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布や紙などの多孔質から滑らかな表面のステンレスやプラスチックまで、様々な物質表面の新型コロナウイルスの最大残存期間(下の黄色円内)Via:G Kampf, et al., "Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents." The Journal of Hospital Infection, 2020によるHades Fathizadeh, et al., "Protection and disinfection policies ageinst SARS-CoV-2(COVID-19)." Le Infezioni in Medicina, 2020

 コロナウイルスは、痰や糞便、尿中にもかなり長い期間、残存することがわかっているが、新型コロナウイルスでも糞便などの取扱いに気をつけたほうがいい(※6)。また、感染者の新型コロナウイルスが最も多く物質の表面に付着するのは、発症して最初の1週間(66.7%)だったという研究もある(※7)。

 では、温度や湿度の影響はどうだろう。

 SARSウイルスは、温度が22〜25℃、湿度が40〜50%で滑らかな物質の表面で5日間、残存したが、これが38℃を超えて湿度が95%まで達すると急激に残存率が下がった(※8)。

 多くの研究は新型コロナウイルスもSARSウイルスと同じように気温と湿度が高い環境では残存できないのではないかとしているが、中には新型コロナウイルスの感染力の強さから、これに疑問を呈したり(※9)、むしろ紫外線のほうがウイルス減滅に効果があるという意見もある(※10)。

 では、新型コロナウイルスが物質表面に付着していた場合、どのように除去・除菌すべきだろうか。

 新型コロナウイルスの外膜は、エンベロープという脂質によって構成されている。脂質、つまり油脂なので、フライパンの油汚れを洗剤(石けん)、つまり油で落とすように、手指など肌(肌荒れやアレルギー反応に注意)には新型コロナウイルスは消毒用エタノール(約80%)や石けん、物質の表面には次亜塩素酸ナトリウム(空間除菌にはエビデンスなし)などで不活性化できる。

60日間以上生存する細菌も

 以下は余談ながら、細菌やウイルスなどの病原菌が、どれくらい環境中に残存するかについての研究を紹介する。

 米国のソールズベリー大学の研究グループが、食中毒や肺炎などを引き起こす黄色ブドウ球菌で行った実験(※11)によれば、医学生が扱う33個中5個の聴診器が陽性であり、聴診器の表面で60日間以上、細菌が生存していたことが観察されたという。

 黄色ブドウ球菌はグラム陽性菌(Gram-positive Bacteria)の一種だが、この仲間の細菌は乾いた物質表面で数ヶ月、生存することが知られ、SARSなどのコロナウイルス、インフルエンザウイルス、通常の風邪を彦起こすライノウイルスといった呼吸器に感染するウイルスは物質表面で数日しか残ることができないとされる(※12)。

 ウイルスの残存条件は、温度や湿度、汚染された物質の表面の種類などの環境に左右され、ウイルスの種類によって乾燥に対する耐性にも違いがあるようだ。また、付着した物質は、前述したようにアルミニウム、陶磁器、タイル、プラスチックなど滑らかな物質と布や紙など多孔質で残存性が変わってくる(※13)。

 例えば、紙幣と硬貨の場合、黄色ブドウ球菌は硬貨の表面で生存でき、日本でも硬貨に毒性の低い黄色ブドウ球菌が残っていたようだが、どちらかといえば紙幣のほうが残存する細菌やインフルエンザウイルスを含むウイルスの種類が多い(※14)。また、紙幣の上でB型インフルエンザウイルスは1日間、残存することがわかっている(※15)。

 このように新型コロナウイルスは、プラスチックのような滑らかな物質の表面では最長9日間、残存する危険性がある。また、ステンレスでも長期の残存が考えられる。

 我々の周囲をよく見回してみよう。プラスチックやステンレスがいかに多いか、驚かされる。

 電車のつり革や手すり、ドアノブ、エスカレーターの手すり、エレベーターのボタンなどには極力、触らないようにし、スマートフォン、メガネはしっかり除菌したい。そして、手指についたウイルスを除去するため、小まめに手洗いをすることが改めて重要ということがわかったと思う。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

※1:Myndi G. Holbrokk, et al., "Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMc2004973, April, 8, 2020

※2-1:Peng Zhou, et al., "A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin." nature, Vol.579, 270-273, February, 3, 2020

※2-2:Na Zhu, et al., "A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China, 2019." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMoa2001017, February, 20, 2020

※3:J A. Otter, et al., ".Transmission of SARS and MERS coronaviruses and influenza virus in healthcare settings: the possible role of dry surface contamination." Journal of Hospital Infection, Vol.92, Issue3, 235-250, 2016

※4:G Kampf, et al., "Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents." The Journal of Hospital Infection, doi.org/10.1016/j.jhin.2020.01.022, February, 6, 2020

※5:Hades Fathizadeh, et al., "Protection and disinfection policies ageinst SARS-CoV-2(COVID-19)." Le Infezioni in Medicina, n.2, 185-191, 2020

※6:E Susann Amirian, "Potential Fecal Transmission of SARS-CoV-2: Current Evidence and Implications for Public Health." Preprint, 2020030398, March, 26, 2020

※7:Po Ying Chia, et al., "Detection of Air and Surface Contamination by Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2(SARS-CoV-2)in Hospital Rooms of Infected Patients." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.03.29.20046557, April, 9, 2020

※8:K H. Chan, et al., "The Effects of Temperature and Relative Humidity on the Viability of the SARS Coronavirus." Advances in Virology, doi.org/10.1155/2011/734690, 2011

※9:Rachel E. Baker, et al., "Susceptible supply limits the role of climate in the COVID-19." medRixv, doi.org/10.1101/2020.04.03.20052787, April, 7, 2020

※10:Christos Karapiperis, et al., "Assessment for the sesonality of Covid-19 should focus on ultraviolet radiation and not'warmer days'." Preprint, DOI: 10.31219/osf.io/397yg, March, 26, 2020

※11:Christa Williams, Diane L. Davis, "Methicillin-resistant Staphylococcus aureus Fomite Survival." Clinical Laboratory Science, Vol.11(1), 34-38, 2009

※12:Axel Kramer, et al., "How long do nosocomial pathogens persist on inanimate surfaces? A systematic review." BMC Infectious Diseases, Vol.6, 130, 2006

※13:F Xavier Abad, et al., "Survival of Enteric Viruses on Environmental Fomites." Applied and Environmental Microbiology, Vol.60, No.10, 3704-3710, 1994

※14-1:E Angelakis, et al., "Paper money and coins as potential vectors of transmissible disease." Future Microbiology, Vol.9(2), 249-261, 2014

※14-2:Agersew Alemu, "Microbial Contamination of Currency Notes and Coins in Circulation: A Potential Public Health Hazard." Biomedicine and Biotechnology, Vol.2, No.3, 46-53, 2014

※15:Yves Thomas, et al., "Survival of Influenza Virus on Banknotes." Applied and Environmental Microbiology, Vol.74, No.10, 3002-3007, 2008

※2020/04/14:10:02:「例えば、紙幣と硬貨の場合、黄色ブドウ球菌は硬貨の表面で生存でき、日本でも硬貨に毒性の低い黄色ブドウ球菌が残っていたようだが、どちらかといえば紙幣のほうが残存する細菌やインフルエンザウイルスを含むウイルスの種類が多い(※14)。また、紙幣の上でB型インフルエンザウイルスは1日間、残存することがわかっている(※15)。」のセンテンスと脚注を追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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