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世界最長動物「ヒモムシ」から最凶の殺虫剤ができるかも

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
ヒモムシ(ribbon worm)の仲間(写真:アフロ)

 世界最長の生物とされる北大西洋のヒモムシの仲間から、カニやゴキブリなど節足動物にだけ作用する毒素が抽出された。研究者はテトロドトキシンとも違い、哺乳類にはほとんど作用しない毒素といい、新たな殺虫剤の開発可能性を示唆している。

全長55メートルのヒモムシが

 強烈な神経毒のテトロドトキシン(tetrodotoxin、TTX)はフグ毒で有名だが、フグは自分でテトロドトキシンを作り出すわけではない。ある種の細菌がテトロドトキシンを作り、それを生態系の下位の生物から順に食べて濃縮し、フグの体内に蓄積すると考えられている。

 だが、どのように蓄積するのか、毒の機能などについてまだよくわかっていない。同じようにテトロドトキシンを貯め込む生物には、フグのほか、甲殻類(スベスベマンジュウガニなど)、イモリの仲間、カエルの仲間、タコの仲間(オオマルモンダコなど)、ヒトデの仲間などが知られ、ヒモムシの仲間にもテトロドトキシンを粘液に含ませたりするものがいる(※1)。

 ヒモムシというのは実験動物のプラナリアを含むヒモ状の扁形動物門(Platyhelminthes)で、陸棲水棲のコウガイビルなどの渦虫綱、住血吸虫などの吸虫綱、サナダムシなどの条虫綱など、左右対称の体腔のない無体腔動物の総称でもある(※2)。ヒモムシの多くは肉食で、長いものでは数メートルにもなるが、19世紀に英国の海岸で採取されたブーツレースワーム(bootlace worm、Lineus longissimus)というヒモムシは幅が5〜10ミリでしかないのに長さがなんと55メートルにも達した。

 身体が軟弱で伸びやすいとはいえ、このブーツレースワームは、現生動物の中でも最長の一種とされている。シロナガスクジラの最長は33.58メートルと言われているが、ギガントセコイアの巨木は高さ112.2メートル。植物には負けるが、動物ではブーツレースワームが最長だろう。

 このヒモムシはただ長いだけではない。身体の粘液に毒を持っているのだ。

 テトロドトキシン毒を持つヒモムシの仲間はいくつかいる。アカハナヒモムシ(※2)、ホソヒモムシなどだが、このブーツレースワームの毒素はどうもテトロドトキシンではないようだ(※3)。こうした生物毒を製薬や治療に使おうという試みが盛んになっているが、同じ北大西洋沿岸に生息するミルキーリボンワーム(milky ribbon worm、Cerebratulus lacteus)もテトロドトキシンとは違う神経毒を持つことが知られている。

テトロドトキシンとは違う毒の発見

 このテトロドトキシンではない毒を持つブーツレースワームについて、スウェーデンのウプサラ大学などの研究者が新たな論文(※5)を英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」オンライン版に出した。研究者はスウェーデンの海岸でとらえたブーツレースワームを刺激し、その毒性を持つ粘液を調べた。

 すると、構造的に安定したシスチン(Cystine)構造のペプチド(Cystine knot peptides)の新しいファミリーを発見したという。シスチンはアミノ酸の一種で、シスチン構造ペプチドの阻害成分はクモやサソリ、軟体動物の毒素となる(※6)。

 ブーツレースワームの粘液から採取され「α-nemertides」と名付けられたこの毒素は、ナトリウムイオンチャネルという神経伝達の機能を破壊し、運動機能を麻痺させる作用があるらしい。研究者は、このペプチド毒素を使い、カニ(ヨーロッパミドリガニ、Carcinus maenas)やゴキブリ(Blaptica dubia cockroachesやドイツゴキブリ、Blattella germanica)、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)、ダニ(Varroa destructor)で実験してみたという。

 すると、神経伝達のためのナトリウムイオンチャネルのアクセルとブレーキのブレーキが効かなくなり、連続的な電気信号が全身に送られ続け、ついには麻痺して死んでしまった。一方、哺乳類で試してみたところ、ブレーキの機能不全はわずかで、ほとんど毒性を引き起こさなかったという。研究者は、甲殻類や昆虫に特異的に作用する毒性という点で新たな殺虫剤の材料としての可能性を示唆している。

※1:Vaishali Bane, et al.,'"Tetrodotoxin: Chemistry, Toxicity, Source, Distribution and Detection." toxins, Vol.6(2), 693-755, 2014

※2:「『ヒモムシ』の脅威、世界遺産『小笠原』の生態系が危ない」Yahoo!ニュース個人:2017/10/2

※3:Manabu Asakawa, et al., "Highly Toxic Ribbon Worm Cephalothrix simula Containing Tetrodotoxin in Hiroshima Bay, Hiroshima Prefecture, Japan." toxins, Vol.5(2), 376-395, 2013

※4:Malin Strand, et al., "The Bacterial (Vibrio alginolyticus) Production of Tetrodotoxin in the Ribbon Worm Lineus longissimus─Just a False Positive?" marine drugs, Vol.14(4), 63, 2016

※5:Erik Jacobsson, et al., "Peptide ion channel toxins from the bootlace worm, the longest animal on Earth." Scientific Reports, doi:10.1038/s41598-018-22305-w, 2018

※6:Shunyi Zhu, et al., "Evolutionary origin of inhibitor cystine knot peptides." The FASEB Journal, Vol.17, No.12, 2003

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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