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ヒヤッとした日向灘の地震、もし南海トラフ地震の臨時情報が発表されたら社会はどうなるか?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
気象庁ホームページより

ヒヤッとしたM6.3の日向灘の地震

 5月10日の朝8時48分に、日向灘の地下20キロを震源とするM6.3の地震が発生し、宮崎県で最大震度5弱を記録しました。場所からして、南海トラフ地震の想定震源域でのプレート境界の地震のように思われます。もしも地震の規模がもう少し大きくてM6.8を超えていたら、気象庁から南海トラフ地震臨時情報が発表され、社会は大騒ぎになっていたと思われます。

南海トラフ地震に関連する情報

 今年3月29日には、気象庁から「南海トラフ地震に関連する情報の名称について」が示され、南海トラフ地震に関連する情報として「南海トラフ地震臨時情報」と「南海トラフ地震関連解説情報」の2種類が発表されることになりました。

 南海トラフ地震臨時情報には、キーワードが付記され、「臨時情報(調査中)」、「臨時情報(巨大地震警戒)」、「臨時情報(巨大地震注意)」、「臨時情報(調査終了)」の4種類が定められています。調査中は調査を開始した場合または調査を継続している場合、巨大地震警戒は「半割れ」に相当すると評価した場合、巨大地震注意は「一部割れ」か「ゆっくりすべり」に相当すると評価した場合、調査終了は巨大地震警戒、巨大地震注意のいずれにも当てはまらないと評価した場合に発表されます。

 臨時情報(巨大地震警戒)と臨時情報(巨大地震注意)とでは、地震発生の可能性に差がありますから、防災対応のレベルも異なります。

臨時情報(巨大地震警戒)時の社会の状況

 M8クラスの地震の「半割れ」が発生すると、一旦、気象庁から最大クラスの南海トラフ地震の被災地域全域に大津波警報が発せられます。このため、予想被災地域全域で、沿岸住民は指定緊急避難場所に避難することになります。

 半割れによる被災地側では甚大な被害が発生するため、政府は緊急災害対策本部などを設置し、被災地では切迫した応急活動が行われます。

 一方、被災地以外では、臨時情報(巨大地震警戒)の発表をうけて、後発地震に備えるため、日頃の備えを再確認すること、津波の危険性の高い事前避難対象地域(後述)では1週間避難を継続することなどが、国から呼びかけられます。地震発生後しばらくして震源域が判明すると、大津波警報が津波注意報に切り替えられ、それと共に、指定緊急避難場所に避難していた沿岸住民は指定避難所や自宅などに移動することになります。ライフラインや交通機関の被害は軽微なことから、商店の営業も再開されます。

臨時情報(巨大地震警戒)時の住民の対応

 自治体の判断に委ねられてはいますが、住民事前避難対象地域(後述)には避難勧告が、高齢者等事前避難対象地域(後述)には避難準備情報が発せられると想像されます。避難者は、津波注意報に切り替わった後、自宅に戻らず緊急指定避難場所から親戚・知人宅や避難所に移動することになります。避難期間は、地震発生後1週間です。1週間経過後は、「一部割れ」時と同等の対応をさらに1週間続けることになります。

 避難先周辺では、ライフラインや商業施設は通常通り動いていますから、避難に必要なものは自ら確保し、避難所運営も住民が行うことが原則になっています。事前避難対象地域外の住民は、それぞれの人の状況に応じて後発地震の発生に注意した防災行動を取りつつ、通常通りの生活を行うことになります。また、土砂災害の恐れのある地域や、自宅の耐震性が不十分な住民などは、個人の判断で自主避難することになります。

臨時情報(巨大地震注意)時の住民の対応

 南海トラフ沿いでは、「一部割れ」に相当する地震の直後に大規模地震が発生した事例が知られていないこと、ゆっくりすべり後の大規模地震発生についても観測経験がないことから、臨時情報(巨大地震注意)が発表されたときには、日頃からの地震への備えを再確認するなどの防災対応を取ることに留め、事前の避難などは要求されていません。特別な対応をする期間は「一部割れ」では1週間、「ゆっくりすべり」では、すべりの変化が収まってから、変化していた期間と同程度の期間とされています。

南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)

 中央防災会議の作業部会「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」がとりまとめた「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について(報告)」が、昨年12月25日に公表されました。この報告をうけて、3月29日に、内閣府防災担当が「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」を公表しました。国が出すガイドラインの表紙に第1版と記されているのは珍しいですが、今後、内容を前向きに見直していこうという意欲の表れだと思います。本来、地震対策の基本は、突発的な地震発生に備えることにありますが、不確かな情報とはいえ普段より地震発生可能性が高まっているとの情報が気象庁から発表されたときに、社会がどのような対応をとるべきかを考える拠り所になります。

ガイドラインの対象地域

 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法に基づいて、南海トラフ地震防災対策推進基本計画が策定され、南海トラフ地震防災対策推進地域(推進地域)や南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域(特別強化地域)が指定されています。推進地域には、最大クラスの地震が発生したときに震度6弱以上になる地域や、津波高3m以上で海岸堤防が低い地域が指定され、また、特別強化地域には、30cm以上の浸水が地震発生後30分以内に生じる地域が指定されています。防災対応検討ガイドラインは、推進地域にある地方公共団体、指定公共機関、特定企業等が、気象庁から臨時情報が発表されたときの防災対応を検討する際に参考とすべき事項がまとめられています。臨時情報が発表されたときに、通常より警戒レベルを高めることなどで、少しでも被害を減らすことを目的としています。

ガイドラインの構成

 ガイドラインは3編で構成されています。第1編共通編には、臨時情報の位置づけや情報発表時の基本的な対応の考え方や国が発表する情報の流れが、第2編住民編には、地方公共団体が住民の避難対応などについて検討する手順等が、第3編企業編には、指定公共機関、特定企業等の検討手順等が記述されています。企業編については、一般の企業等でも活用されることが望まれています。今後、自治体や企業はガイドラインを参考に各組織の防災計画の見直しを行い、2020年度のしかるべき時期から運用を開始することになります。

事前避難対象地域

 ガイドラインでは、津波からの避難が間に合わない地域を抱える沿岸自治体に、「事前避難対象地域」の設定を求めています。津波によって30cm以上の浸水が地震後30分以内に生じる地域の中で、地震発生後の避難では全住民が明らかに避難を完了できない地域を「住民事前避難対象地域」に、高齢者などの要配慮者の避難が間に合わない地域を「高齢者等事前避難対象地域」とすることになりました。

 事前避難対象地域を抱える自治体は、避難の勧告や避難所の確保といった対応を予め定める必要があります。避難先については、まだ大きな被害を受ける前ですから、知人・親類宅等を原則としています。ただし、避難先の確保が困難な住民のために自治体は避難所開設等の準備をする必要があります。

 まだ、臨時情報は住民に十分に周知されているようには感じられません。今後、自治体を中心に臨時情報やガイドラインについて丁寧に住民に説明して、事前対策を促すことで、臨時情報が発表されても冷静に対応する社会を作っていきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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