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なぜ紛争地の取材をするのか~安田純平さん講演会より

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

 シリアで3年4か月間拘束され、昨年10月に解放されたジャーナリストの安田純平さんが12日、東京都内で講演を行った。約300人が参加。安田さんは、虚偽情報がもたらす問題や紛争地を取材する目的などを語り、過去に取材した映像を見せながら、戦地となったイラクやシリアの状況を伝えた。

記者の仕事とは

 

 安田さんを巡っては、「自己責任」を叫ぶ人たちから、様々な虚偽情報が発信された。

 たとえば、安田さんの母親が息子の無事解放を願って千羽鶴を作っていたこと。1万羽の鶴を折り終わった後は、星を折っていた。その映像がテレビで流されると、「星を折るのは韓国人だ!」という意味不明なコメントがネット上をかけめぐり、誹謗中傷もなされた。

 今も、母親はそれを気に病んでいる、という。

「『自己責任』と言いながら、家族を引き合いに出し、親を責めるのは、批判とは言えない。しかも、『自己責任』を言いながら、『連帯責任』を求めているんです。ちなみに、うちは16代前まではお寺の過去帳で先祖を遡れます」

「『自己責任』を言う人の趣旨は、政府が認めていないことをやるな、ということ。しかし、記者の仕事は、政府がやっていることが正しいかどうかを、皆さんが判断する材料を提供することです。政府が認めたことだけをやっているのは、皆さんに『奴隷になれ』と言っているのと一緒」

「(事件に対応した)外務省の人は、もちろんそんなことは考えていません。やれることはやっていただいたが、(紛争地のシリアでは)その『やれること』がほとんどないんです。私もそれは分かって入っている。だから、自分で『自己責任』と言っている。ただ、外務省には家族のケアはよくしてもらい、感謝している」

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虚偽や真偽不明情報を拡散する危険

身代金は支払われたのか?

 安田さんが解放される際に、身代金が支払われた、という情報も飛び交った。それを鵜飲みにして、「テロリストの支援をした」「安田は身代金ビジネスの共犯者」などという誹謗中傷もなされた。

 しかし、政府は身代金の支払いを否定しており、それに疑問を挟むような事実は、なんら明らかになっていない。

 むしろ、安田さんの話からは、身代金の支払いはなかった、という政府の主張を補強する事実が明らかになった。

 仮に身代金を支払うとすれば、本人の生存、仲介役の者に犯人グループとつながりがあることなどを確認しなければならない。そうでないと、無関係の人や集団に金をだまし取られる結果になるからだ。そうした確認のために、仲介役を通じて本人しか答えられない質問を伝え、本人の回答を待って対応することになる。

「ところが、外務省が私にしか答えられない質問を初めてしたのは、私が解放されてから、なんです」

 解放されたのが安田さん本人であることを確認するための質問だった。

 「子供の頃飼っていたペットの名前はなんですか?」

 外務省職員のこの質問に、安田さんはこう答えた。

「イモ」

 昔飼っていたニワトリの名前だった。

 2016年1月初めには、拘束中の安田さんの元に、妻からの別の質問が届いていた。仲介役を売り込んでいた、セキュリティ関連の仕事をしているスウェーデン人が介在していた。安田さんの回答が妻の手元に届いたのは、2018年8月。しかも、外務省は関与しておらず、テレビ局を通して見せられたのだった。

「これで分かるのは、私が2年8か月前までは生きていた、ということだけ。そんな状態で(国が)金を払いますか?」

約300人が安田さんの話を聞いた(都内の専修大学で)
約300人が安田さんの話を聞いた(都内の専修大学で)

”支払いはあった”説のいかがわしさ

 結局、”身代金の支払いあった説”の根拠は、ロンドンに拠点のあるNGO代表のコメントだけ。そのNGOは、日本のメディアのインタビューに対して全くの虚偽を答えたり、自身のサイトに、イラクのクルド人のサイトに掲載されていた事実に反する情報をコピペしたりしていたという。

「とても、シリアの内部情報を持っているとは言えないレベル。その話を元に、テレビで『テロリストに金を払ったために、日本人が危険になった』などとコメントしている人もいた。こういう虚偽を流す方が、よっぽど危険です」

根拠のない情報の拡散が危険を増大させる

 安田さんは、2004年にイラクで現地の武装組織にスパイ容疑で拘束されたことがある。3日で解放されたが、日本では当初、「人質」として報じられた。「人質」は身代金や政治的目的のために人を拘束することで、スパイと疑われて拘束されるのとは違う。安田さんはその後、自ら現地のイスラム法学者を取材し、「スパイ容疑で日本人を捕まえたが、スパイではなかったので解放したと報告を受けた」という証言を得て、自分が「人質」ではなかったことを確認した。

「それなのに、ネットを検索すると、今でも『人質』とされた情報が出る。根拠のない、こういう情報を拡散すると、日本人を拘束すれば金が払われる、と思われて、日本人にとっては危険なことです」

 「人質」が解放されたとなれば、何らかの見返りが犯人側に渡された、と理解されてしまうからだ。

「テロリスト」という言葉が意味するもの

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 帰国してから、安田さんは警察にも何度か事情を聞かれた。「被害届を出して下さい」と勧められ、迷っている、という。

「戦争の最前線で撃たれても、被害届は出しませんよね。同じように、紛争地で拘束されたことを『被害』と言っていいものか……。現地の人もたくさん殺されたり誘拐されたりして、だから大勢の難民が流出している。そういう現場では、人びとは武装しなきゃならないし、外部の知らない人が入ってくれば、とりあえずスパイ容疑で捕まえるのが当たり前になっています」

 そこへ、自ら出向いた自分を「被害者」と位置づけることに、安田さんはためらいを隠さない。

 また、自分を拘束した者を「テロリスト」と呼ぶこともしない。

 イラクでもシリアでも、反米や反政府の活動をしているわけではない一般人が、「テロリスト」として拘束され、激しい拷問を受けるなどしたことで、反米・反政府の活動家になっていった人たちがたくさんいる、と安田さんは指摘する。

「相手がテロリストであれば殺してもしょうがない、とされている状況が、悪循環を生み出している。日本で凶悪事件が起きても、よほどの証拠がなければ、警察も捕まえられない。裁判で、証拠を出し、反論も充分させて初めて有罪となる。犯人として処罰するまでには、たくさんの手続きが必要。ところが、『テロリスト』と権力者から言われた人たちは、そういう適正な手続きなしに殺される。つまり、『テロリスト』と言うのは、『この人には人権がありません』『この人は人間じゃありません』と言っているに等しい。そう考えると、私が使っていい言葉ではないと思う」

なぜ紛争地を取材するのか

 安田さんは、長野県の地方紙信濃毎日新聞の記者として勤務していた時期に、休暇を取ってアフガニスタンやイラクの取材を初め、その後フリーランスに転身した。

身の回りの出来事が、どう世界と繋がっているのかを考える、という点で地方紙の仕事に意義を感じていた。9.11(米同時多発テロ事件)の後、それまであったものが壊れていく時期、世界のことと身の回りのことをどう関連づけていくのか、自分の生き方を考えるうえでも現場を見た方がいいと思った」

 2007年には、料理人としてイラクの基地で働き、内部から戦争を見つめた。

「兵隊としての戦闘や警備などを除いて、多くの仕事が民間に委託され、世界中から労働者を集めて、基地建設や食事、洗濯などに従事させている。委託を受けた民間企業は、取材に行っても中は見せてくれない。ならば、料理人になって中に入ってみよう、と。そこには、貧しい国々の労働者がいた。彼らがいて、初めてアメリカの戦争は成立する。格差がなくなれば戦争ができない状況だ」

イラクで料理人として働きながら取材。その結果を報告した「ルポ戦場出稼ぎ労働者」(集英社新書)
イラクで料理人として働きながら取材。その結果を報告した「ルポ戦場出稼ぎ労働者」(集英社新書)

 講演では、2012年7月に安田さんがシリア内戦の最前線で取材した映像を紹介。政府側による空爆で崩れ落ちた建物のがれきを掘り起こして人を救出し、野戦病院に運び込む場面では、大けがをしたり死亡したりした子供たちが映っていた。

「いろんな人が、紛争地で子供の写真を撮ってくる。それが、以前はあまり好きではなかった。でも、実際に行ってみると、亡くなる子どもが本当に多い。あっちは子だくさんの家が多く、一軒やられると何人もの子供が犠牲になる。大人だったら命は助かるような砲弾の小さな破片でも、当たれば子供は死んでしまう。あそこで子供が元気に育つのは奇跡に近い。子供が元気に育てない環境は、社会が壊れていることを象徴しているんです」

 こうした現実を知るためにも、最前線の取材は必要だと安田さんは考えている。

「最前線があって、難民も出るんです」

今後は…

 ただ、現在のシリアは、反政府側同士で争っている状況。安田さんでも「こういう状態で中に入ることは考えられない」という。

 当面は、新たに始めたメルマガで拘束されていた期間の詳細を伝えるほか、本の執筆、ドキュメンタリー番組の制作、講演活動などを行っていく。主な講演予定は、2月1日東京都内、16日神戸、23日東京都内、3月2日京都、9日福岡、10、11日長崎など。

(写真は筆者撮影。無断転載をお断りします)

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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