中高生ら10代のスポーツ女子(クラブ活動などでスポーツをする女性)に無月経や月経不順が広がっている。無月経になると、骨粗しょう症になって疲労骨折のリスクを高めたり、不妊につながったりする恐れがある。東京大学医学部附属病院の「女性アスリート外来」が公表した過去1年間の受診状況によると、外来を受診した女子選手のうち、14~19歳の75%、実に4人に3人が無月経か月経不順を抱えていた。スポーツは本来、心身ともに健康になるためのもの。それが逆に健康をむしばんでいるという実態が明らかになった。(徳山喜雄/Yahoo!ニュース 特集編集部)
10代で骨粗しょう症の診断に
A子さん(18)は、中学・高校と陸上中・長距離の選手だった。陸上強豪校の高校に進学し、コーチから「体重を落とせば、タイムが上がる」と指導され、半年間で8キロ減量すると、月経がなくなった。初経は13歳で、中学3年の終わりぐらいまでは月経があったが、高校に入ってしばらくしてからは1回もない。高校3年の春休みに病院に行くと、「痩せすぎによる無月経」と診断された。
「女性アスリート外来」の中心人物の能瀬さやか医師(女性診療科・産科)は「低体重や無月経による女性ホルモンの低下によって、10代で骨粗しょう症と診断される選手は多いです。10代で失った骨が同年代の平均値まで戻ることは珍しく、もう手遅れの状態でした」と話す。不妊に加え、骨折のリスクを一生背負っていかなければならない。
疲労骨折を6回繰り返す
陸上中・長距離のB子さん(19)は、5年間にわたって無月経が続いたが、「月経がないほうが楽」と思って放置していた。高校時代に中足骨や恥骨、大腿骨など6回にわたって疲労骨折した。整形外科医が婦人科を紹介、公認スポーツ栄養士から食事指導を受けると、半年後に月経が来るようになった。「無月経の選手は月経がある選手と比較すると、復帰しても疲労骨折を繰り返したり、治癒が遅くなったりする傾向があります」と能瀬医師。
球技系のクラブ活動をするC子さん(17)は、無月経が半年間続いていた。ある日、靱帯を損傷するけがに見舞われ、半年間にわたって練習を休んだ。体重が3キロ増えたため、コーチから「落とさなきゃ」と言われ、焦った。後輩に追い抜かれることも心配だった。
1日に5回以上、体重計に乗り、わずか数百グラム増えただけでも「(食事制限することを)頑張れていない」と悩み、頭の中が「体重だらけになった」という。やがて、クラブのメンバーの前では食べるが、その後トイレに行って、自己嘔吐を繰り返したり、下剤を使ったりするようになった。
無月経で外来を訪れた時、能瀬医師が経過を聞くと、泣きながら告白した。アスリートの診療経験が豊富な精神科医を紹介、C子さんは「摂食障害」と診断された。競技をやめ、治療に専念している(3人の女子選手の事例を紹介したが、本人と特定できる情報は記さなかった)。
外来を訪れた14~19歳の4人に3人が月経周期異常
「女性アスリート外来」は、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催が決まって産婦人科医の中でもアスリート支援が注目されるようになり、東京大学医学部附属病院に2017年4月に開設された。国立スポーツ科学センターでアスリートを診察し、実態を研究してきた能瀬医師の存在も大きかった。外来では、無月経や骨密度の低下、摂食障害など、女子選手が陥りやすい健康問題に専門の医師らが対応、公認スポーツ栄養士の指導も受けられる。
同外来はこの4月、2017年4月からの1年間の受診状況を公表した。受診した女子アスリートは、日本代表から地方大会レベルまで延べ467人、実数は157人(14~45歳)。相談内容の内訳をみると、無月経34%、月経不順28%と月経周期の異常が全体の62%になった(図1、2参照)。
これを14~19歳の女子アスリートに限定すると、49人中、無月経53%、月経不順22%と両者を合わせると全体の75%におよんだ。4人に3人の選手の相談内容が月経周期異常についてだった(図3、4参照)。
トップアスリートだけの問題ではない
来院した14~19歳のアスリート49人の競技別内訳は、陸上29人▽サッカー8人▽競泳5人▽その他7人となり、陸上種目が多いことがわかる。競技レベル別内訳は、全国大会22人▽日本代表/国際大会10人▽地方大会7人など。オリンピック級のトップアスリートだけの問題ではなく、地方大会レベルの選手も同様の問題を抱えている。
能瀬医師は1年間の外来を通じて「無月経や骨粗しょう症の問題について、10代からの医学的介入の必要性を改めて認識しました。無月経になると、骨密度が低下し疲労骨折のリスクが高まります。生涯で最大の骨量を獲得するのは10代なので、この時期を逃したら一生涯にわたり骨折リスクを背負うことになります」と警鐘を鳴らした。
女子選手の無月経の割合は一般大学生よりも高い
大学生の女子選手と運動をしない一般の女子大学生を比較したデータがある(能瀬医師らによる日本産科婦人科学会と国立スポーツ科学センターの2014年調査)。それによると、無月経の割合は一般大学生が1.8%だったのに対し、日本代表レベルの選手で6.6%、全国大会レベルで6.0%、地方大会レベルで6.1%と高かった。
競技別では、体操・新体操やフィギュアスケートなど審美系競技の選手は16.7%に達し、無月経の選手の割合が一般大学生より10倍近くも高く、陸上中・長距離や自転車の長距離などの持久系競技の選手は11.6%で、一般大学生よりも6倍以上も高いことが分かっている。
女性は平均で12歳、遅くとも17歳までに初経を迎える。以降、平均28日周期で3~7日の月経期間を繰り返す。月経が3カ月以上ない状態を無月経という。女子選手の無月経の原因について能瀬医師は「運動量に見合った食事が摂取できていない状態である『利用可能エネルギー不足』が最も多い」と話す。
月経が「あるほうがおかしいという雰囲気」
全国中学校駅伝大会での優勝経験のある女子選手(22)は「減量するためにサウナスーツを着て練習し、給水もしませんでした。そのせいか高校の3年間はまったく月経がありませんでした。同じ学校の選手のほとんどが無月経で、あるほうがおかしいという雰囲気でした」と話す。
日本女子体育大学スポーツ健康学科教授で陸上部のコーチも務める井筒紫乃氏は「高校の時に1日も生理がなかったという選手は何人もいます。高校は大学のクラブ活動よりも監督やコーチによる締めつけが厳しいです。『(大学では)練習は体重を減らすためではなく、速く走れるためにするもの』と指導し、減量への強迫観念を取り除くようにしています。高校生が一人で判断し婦人科に行くのは難しいので、周りが配慮する必要があります」と説明する。
「生理が来なくなって一人前」という都市伝説のような誤った考え方が、「いまでもスポーツ界にあります」と憂慮する。
アスリート外来で栄養指導をしている大妻女子大学家政学部の小清水孝子教授は「練習時のエネルギー源として必要な糖質を極端に控える選手が多いです。夕飯にご飯を50グラム、2、3口ほどの少量しか食べません。しかし、エネルギー不足の選手がご飯を増やしても体重はそれほど増えないです。体重を減らせばいい成績につながるとは、必ずしもいえません。体重が1キロ増えたが、ベストタイムがでたという選手もいます」と食生活の改善を促す。
産婦人科医がスポーツ医学に参入
能瀬医師は1979年生まれ。父親が産婦人科医だったことも影響し、北里大学医学部に進学し産婦人科の医師になった。子どもの頃からバスケットボールをするスポーツ女子だったため、スポーツ医学への関心も高かった。
スポーツ医学の分野は、整形外科医が活躍する場合が多く、産婦人科医である能瀬医師が参入したのは異例といえる。産婦人科医による問題意識が女子スポーツ界にも持ち込まれたことで、女子選手の月経問題がクローズアップされるようになった。
社会的な体制づくりが重要
10代の女子選手の月経問題はどうすればいいのだろうか。能瀬医師は課題として、①「月経教育」の必要性、②無月経や低骨量のリスクが高い選手についての「早期発見体制の構築」、③栄養士や精神科医らとの「連携の重要性」の3点を訴えた。
「中高生は男性の監督やコーチに月経のことをなかなか話せないし、監督らも生徒にセクハラと誤解される可能性もあって聞きづらい。学校現場に無月経の問題をすくい上げる理解と体制が必要で、養護教諭の役割が重要になってきます」とも指摘した。
一方で、「親は子どもの月経周期を確認し、無月経が続くようなら運動量に対する食事量のバランスを見直すと同時に、婦人科で相談するようにしてください」とアドバイスする。
2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控え、スポーツへの関心が高まっていく。スポーツを満喫するためには、健康問題に関しての社会的な体制づくりがますます重要になってくるだろう。
※東京大学医学部附属病院女性診療科・産科「女性アスリート外来」は、毎週水曜日13~17時(要予約)。予約センター03-5800-8630
能瀬さやか医師らが執筆した「Health Management for Female Athletes Ver.3 -女性アスリートのための月経対策ハンドブック-」(東京大学医学部附属病院女性診療科・産科発行)が3月末に刊行された。「女性アスリート外来」HPから電子ブック版の閲覧が可能(http://femaleathletes.jp/index.html)。
徳山喜雄(とくやま・よしお)
ジャーナリスト、立正大学文学部教授(ジャーナリズム論、写真論)。
1958年、兵庫県生まれ。84年、朝日新聞社入社。ベルリンの壁崩壊をはじめとする東欧革命や旧ソ連の解体、中国、北朝鮮など共産圏を数多く取材。写真部次長、「AERA」フォトディレクター、ジャーナリスト学校主任研究員などを経て、2016年に退社。17年から現職。著書に『新聞の嘘を見抜く』『フォト・ジャーナリズム』(いずれも平凡社新書)、『「朝日新聞」問題』『安倍官邸と新聞』(いずれも集英社新書)、『原爆と写真』(御茶の水書房)、共著に『新聞と戦争』(朝日新聞出版)など。