厚生労働省兵庫労働局が障害のある20歳の女性非常勤職員に「不適切な対応」をしていた問題で、新たな事実が分かった。この問題をめぐって厚労省が今年8月、女性の両親に謝罪し、同局の前局長ら「5人を処分した」と伝えた際、5人全員に関して事実とは異なる内容を説明し、実際より重い措置を講じたかのように伝えていた。厚労省は「説明不足だった」としているが、専門家は5人のうち4人について「その内容は処分とは事実上言えない」と指摘している。(Yahoo!ニュース編集部)
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既にYahoo!ニュース特集で報じた通り、この問題は昨年6月、国の「チャレンジ雇用」制度で兵庫労働局の職業対策課に雇用された女性が、職場で「いじめ」「虐待」を受け、契約期間が終わる前に退職を余儀なくされた、という内容だ。女性は「場面緘黙(かんもく)」の症状がある広汎性発達障害。家族らとのコミュニケーションはできるものの、学校や職場などの社会的状況では会話や発語が難しい。
それにもかかわらず、労働局は「コミュニケーション技術の向上」という障害特性に反する目標・方針を掲げ、勤務中はあらゆることを口頭で説明するよう強く求めるなどしていた。厚労省はその後、内部調査を実施し、「不適切な対応」があったとして、「(兵庫労働局の)前局長ら5人を処分した」と両親に伝えていた。
処分の根拠となる法令や内規は?
では、処分の実態と両親への説明は、どこがどう違っていたのか?
処分されたのは、当時の局長、総務部長、職業安定部長、職業対策課長、同課長補佐の5人だった。その内訳などについて、Yahoo!ニュース編集部が厚労省などに取材したところ、「厚生労働省職員の訓告等に関する規程」に基づく厳重注意(口頭)は職業安定部長の1人だけで、残る4人はそれよりもレベルが低い「厚生労働省人事課長通知」に基づく「注意指導」だったことが分かった。
国家公務員の処分では、国家公務員法に基づく停職や減給などの「懲戒処分」が一般的に知られており、報道機関などへの公表対象になっている。そこまでには至らぬ「非違行為」があった場合は、省庁ごとの規程に基いて措置することになっており、厚労省の場合は「規程」に基づき重い順に「訓告」「厳重注意」を行う。
人事課長通知の「注意指導」はさらにそれより下のレベルだ。
厚労省の「規程」に基づく厳重注意には「文書」によるものと、「口頭」の2種類がある。文書による厳重注意は定期昇給の減額と賞与削減を伴うが、口頭の場合は賞与の削減のみが行われる。一方、注意指導については賞与や給与(定期昇給)への影響はない。
「給与や賞与に影響」と説明 実際は影響なし
女性の両親への説明は今年8月15日、兵庫県内で行われた。本省からは地方課長、同課企画官、障害者雇用対策課長ら4人、兵庫労働局からは総務部長が出席し、双方が記録を取りながら謝罪を兼ねた説明は続いた。
厚労省側はこの場で、5人の処分は「厳重注意」と「注意指導」に分かれていることを初めて明かし、「注意指導も懲戒処分ではないが、世間一般に処分といわれるものには入ります」と述べた。その上で、両親は次のようなやり取りを行っている。女性の父がテーブルの上に置いていたICレコーダーの録音によると、内容はこうだ。
父「厳重注意は記録に残るわけですね。注意指導は(記録に残ら)ないんですね」
兵庫労働局総務部長「(どちらも)人事記録書には載らないんですけども、賞与削減などとか、そういったものがあるということです」
厚労省地方課長「(厳重注意は)給与に影響がございます」
この説明には二つの問題があった。
実はこのとき、厚労省側は、「規程」に基づく厳重注意には「文書によるもの」と「口頭によるもの」の2種類があることを伝えていない。しかも、今回のケースで厳重注意となった職業安定部長は「口頭」だった。「口頭」は賞与のみに影響があり、給与には影響がない。「給与にも影響がございます」とした厚労省地方課長の説明は、事実と異なる。
もう一つは、局長ら4人が対象となった「人事課長通知」に基づく「注意指導」について、である。
説明の場で、労働局総務部長は注意指導についても、賞与削減などに影響する、と説明した。しかし、「通知」に基づく注意指導の場合、実際には賞与や給与の削減は行われず、4人に経済的な不利益は出ない。
厚労省「説明不足だった」
女性の両親に対するこうした説明は、「虚偽」に当たらないのだろうか。
8月の説明の場にも出席した厚労省地方課の山地あつ子企画官は取材に対し、実際にそうした発言があったことを前提として、「口頭での厳重注意は給与に影響が及びません。注意指導によって賞与が削減されることはありません」と言い、両親に対する説明内容を訂正した。
その上で「虚偽ということではなく、仮に誤解を与えたとしたら、(両親への)説明不足だったということです」と語った。
給与や賞与の面でそもそも不利益を伴わない「注意指導」についてはどうだろうか。厚労省側は8月の説明で「世間一般に処分と言われるものに入ります」と話している。その見解のままで良いかどうかを山地企画官に尋ねると、「私どもとしては処分という見解です。これは厚労省としての見解です」と答えた。
これについて、女性の父と母は「残念です。ただ、娘の問題では、厚労省や労働局に何度もごまかされたり嘘をつかれたりしてきましたから、処分にうそがあったとしても正直、驚きはありません」と話した。
専門家「処分は5人」に疑問
「処分は5人だった」という厚労省の見解をどうとらえたらいいのか。
懲戒権を含む雇用問題に詳しい千葉大法政経学部の皆川宏之教授(労働法)は「『規程』に基づく厳重注意は経済的に明らかな不利益が生じるので、広い意味での処分に含めて解釈してもいいのではないか」と指摘した。
その上で、人事課長通知に基づく注意指導については、「法的効力があるとはいえず、経済的な不利益が生じないか、明確に生じるというものでもない。行政機関では内部『処分』といった言い方をすることはありますが、公務員関連の法規などに詳しくない世間一般に対し、これを『処分』とすることが妥当かと言えば、疑問視せざるを得ません」と解説する。
厚労省人事課「注意指導は処分ではない」
人事課長通知の「注意指導」は、規程による「厳重注意」よりも軽い。それなのに、この注意指導を「処分」と言い切っていいのかどうか。
通知の発信元である厚労省人事課に対し、注意指導の一般的な考え方について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「私どもにとって処分と言えるのは(国家公務員法に基づく減給などの)懲戒処分のみです。経済的な不利益が伴う(『規程』に基づいた)訓告や厳重注意にしても『矯正措置』というくくりで、処分には含まれない。まして経済的な不利益が伴わない注意指導までも処分に含めるとしたら、非常に違和感があります」