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藤田和恵

施設“脱出”のひきこもり当事者ら、届かぬ「SOS」――行政や警察で門前払いも

2019/04/22(月) 07:49 配信

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「私はどこに行けば、助けてもらえるんですか?」――。ひきこもりからの自立支援をうたう入居施設に無理やり連れていかれ、軟禁されたとして、役所や警察などに訴えても、“門前払い”されるケースが相次いでいる。訴え出た人たちの中には、脱水症状で救急搬送されたり、何日間も拘束されておむつを着用させられたりした人もいる。命や人権に関わる深刻な事例であっても、「うちでは対応できません」と言われるのだという。全国でひきこもり状態にある人は100万人超。親や当事者の不安につけ込む「自立支援ビジネス」が一部で社会問題になる一方で、当事者らのSOSはなかなか届かない。(文・写真:藤田和恵/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「被害届」は受理されず

千葉県内に住む30代の遠藤麻美子さん(仮名)には、つらい経験がある。

母親の契約によって、ひきこもりからの自立支援をうたう民間施設に入居させられたのは、2017年10月のことだ。その後、なんとか逃げ出し、地元の警察署を訪れた。自身は入居を拒んでおり、施設行きそのものが「強制」だったとして、被害届を出そうと思ったからだ。しかし、向かい合った捜査員は、こんな言葉を次々に発したという。

「暴行? 殴られたりしてませんよね。傷害? どこか、けがしましたか? 誘拐? 最初に(施設側の職員から)名刺、渡されたんでしょう。それに、ご両親のいる前で連れていかれたんですよね。監禁? 手足を縛られたわけじゃないでしょ?」

小柄で華奢(きゃしゃ)な体から、小さな声を絞り出すように「私を非難するかのような、まるで私が悪いかのような……。そんな口ぶりでした」と、麻美子さんは振り返る。1カ月後、警察から被害届の不受理を決めた、との電話連絡があった。「家庭内の出来事なので」という理由だった。

麻美子さんはなぜ、被害届を出そうと思ったのだろうか。彼女によると、入居当日の出来事や施設での生活はこんなふうだったという。

資料を広げて取材に応じる遠藤麻美子さん(仮名)。写真は一部加工しています

「自宅の2階にある私の部屋のドアがノックされたのは、午前9時ごろです。突然でした。ドアを開けると、知らない男の人が3人と女の人が1人、次々と入ってきました」

彼らは名刺と施設のパンフレットを差し出すと、6畳ほどの部屋の床にずらりと正座した。そして「このままでいいと思っているんですか」「黙っていれば、(私たちが)帰るなんて、思わないでくださいね」などと話し掛けてくる。「恐ろしかった」という麻美子さんは、時折、「かかわりたくありません」と答えるのが精いっぱい。なんとかして拒絶の意思を示そうと、彼らに背を向けて座り、離婚して別のところに住んでいた父親に助けを求めるメールを送ったという。

施設への入居を申し込んだのは、同居していた母親だった。

娘のメールを見て駆け付け、初めて事情を知った父親は職員らに対し、はっきりと「入居には反対」と伝えた。しかし、夕方5時半ごろ、麻美子さんはとうとう、職員らによって強引に、自宅玄関の前に横付けされた施設の車に乗せられたという。

麻美子さんは言う。

「男の人に羽交い締めにされ、その後、男の人2人に肩と腰をつかまれ、階段と廊下を引きずられるようにされました。部屋着用のロング丈のTシャツしか着ていなかったので、少しでも抵抗すると、下着が見えてしまう状態で……。恥ずかしくて、怖くて、声が出せなくて。車に乗せられた時、初めて靴を履いていないことに気が付きました。(施設に着くまで)涙と全身の震えが止まりませんでした」

病院へ救急搬送 「命に関わる状態」

連れていかれたのは、マンションの一室。職員が常駐し、部屋から出ることは許されなかった。麻美子さんはショックを受け、水も食事も取ることができない。それが丸3日間続き、衰弱して病院に救急搬送された。既に意識はもうろうとしており、病院では、医師に「餓死一歩手前なので、ICUに行きます」と言われたことをかすかに覚えているという。後に開示請求で入手した医療カルテにも「脱水状態がひどく、命に関わるような状態」との記載があった。

麻美子さんが救急搬送された際の医療カルテ。「脱水状態がひどく、命に関わるような状態」という医師の所見が記述されている=写真は一部加工しています

麻美子さんは続けた。

「施設で食事を取らなかったのは『自分の意思で来たんじゃない』ということを示すため、というのもありました。死ぬか、病院か、どちらかだ、と。意識がもうろうとし始めてから、さらに半日近く放置され、その間も職員たちが談笑している声が聞こえてきました」

連れ去り当日の出来事は、60 代の父親・一郎さん(仮名)も目撃していた。

「異常とも思える強引なやり方でした。到底許せません。それでも最終的に娘を行かせたのは、これ以上抵抗して、入居後に娘がひどい扱いを受けることを恐れたからです」

一郎さんは翌日から、娘を“奪還”しようと、地元の市役所や警察署、社会福祉協議会(社協)など、思いつく限りの窓口に足を運んだ。ところが、どこからも役に立つアドバイスは得られなかったという。

市役所では、消費生活相談の窓口に回された。弁護士が事情を聴いてくれたものの、「それは人権侵害ですね」と言われたたけ。地元の警察署には、連れ去りの様子をまとめたメモを持参したが、「なんの相談ですか?」と言われ、それ以上は取り合ってもらえなかった。社協では、「せめて、同じような相談はないか教えてほしい」と頼んだが、「教えられません」と取り付く島もなかったという。

例外は、問題の施設がある地域を管轄する警察署の捜査員だった。「(当該の施設に対しては)同様の苦情が寄せられているので、行動を起こすなら、早めのほうがいい」とのアドバイスをくれたという。

娘の“奪還”について語る父・一郎さん=仮名

一郎さんはこう語る。

「多くは、けんもほろろという感じでした。『なぜ、その場で110番しなかったのですか?』と言われたこともあります。ただ、施設に対する苦情があると教えてくれた刑事さんには正直、感謝しています。十分な対応ではないかもしれませんが、おかげで、やっぱり“やばい施設”なんだと分かり、何としても娘を取り戻さなければと決心できたので」

一郎さんと麻美子さんが被害届を出そうとした千葉県内の地元警察署の担当者は、取材に対し、「お話を聞いたうえで事件ではないと判断しました。(不受理は)適正な対応だったと考えています」と話した

警察にも医療機関にも不信感

ひきこもりからの自立支援をうたう民間施設は最近、あちこちにできている。同時に「入居時に無理やり連れ出された」といった訴えも途切れない。では、一郎さんが言われたように、その場で110番通報すれば、効果はあるのだろうか。

東京都内に住む30代の石橋文彦さん(仮名)も「連れ去り」の経験者だ。2018年8月、ある民間施設の職員らが突然、自宅にやって来た。

石橋文彦さん(仮名)

石橋さんによると、職員たちと押し問答になった際、片腕を後ろ手に取られてテーブルに押さえつけられた。このため、ただちに110番するよう、要求。しばらくして地元交番の警察官2人が来たが、訴えには全く耳を傾けてくれない。石橋さんが警察官に対し、「市民の人権を守るのが、あなた方の仕事じゃないのか」と訴えると、「いいえ、われわれが守るのは治安です」と返されたという。

石橋さんは「私が治安を乱している張本人だと言わんばかりでした」と憤りを隠さない。結局、警察官の目の前で「こんなの誘拐じゃないか」などと大声で叫びながら、車両に無理やり引きずりこまれたという。

石橋さんは医療機関にも不信感を抱いている。

入居後も食事を取らないなどの抵抗を続けていると、やがて、精神科病院に「医療保護入院」させられた。精神保健福祉法に基づく強制入院制度の一つで、石橋さんは入院後、3日間も全身を拘束されたうえ、おむつを着用させられ、トイレに行くこともできなかったという。

ところが、後に開示請求で入手した医療カルテには「(施設へ)行くことを決心すればその時点で、速やかに退院調整を図る」と記載があった。

精神科病院での石橋さんの医療カルテ=写真は一部加工しています

石橋さんは言う。

「施設に行くなら退院って、そもそも強制入院など必要なかったということじゃないですか! 施設は、入居者が言うことを聞かないと精神科病院に入れて、病院は『施設に戻ると言えば、退院させてやる』と言う。施設と病院がグルになっているとしか思えないです」

「どこに連絡しても助けてくれない」

藤原幸助さん(仮名)のケースも紹介しよう。東京在住で30代。彼は2018年末、ある民間施設に入居した。

「暴力的に拉致されたり、監禁状態に置かれたりといったことはありませんでした。でも、(施設職員たちによる)自宅への訪問はいきなり。『きょう行かないという選択肢はありません』と言われ、もう行くしかないのかなと思いました」

入居後、東京から遠く離れた場所に移送され、しばらくは農作業をさせられたという。渡された「報酬」は最低賃金以下だった。「自立支援のためのプログラム」という宣伝にもかかわらず、内容は初歩の英会話やペン字などが週に1回ずつ。寝泊まりしていた部屋の暖房がいつまでも修理されなかったことなども加わり、次第に疑問や不満が募るようになった。

費用は3カ月で総額400万円以上。しかし、高額な費用に見合った支援や待遇ではないと感じたという。

藤原幸助さん(仮名)。丁寧に取材に応じてくれた

藤原さんは、比較的自由な外出を許されていた。その機会を使い、携帯電話でいくつもの相談窓口に助けを求めていく。施設本部のある新宿区総務課、同じく新宿区子ども家庭課、厚生労働省福祉基盤課、東京都社会福祉協議会 福祉サービス運営適正化委員会、全国社会福祉法人経営者協議会……。インターネットで調べ、相談に乗ってくれそうだと思った機関に片っ端から電話した。

電話に出た担当者には、ひきこもり関係の施設の問題であることや、入居は自分の意思ではないこと、最低賃金以下で働かされたことなどを伝えた。施設を出たいが、家族との間に問題があり、自宅には戻れないことも説明したという。

結果、どの機関からも具体的な支援は受けられなかった。

「電話で5分、10分も話すと、『うちでできることはありません』と言われてしまうんです。新宿区総務課では、(収入が一定額以下であれば弁護士に無料相談できる)法テラスや消費生活センター、(人権擁護委員が対応する)人権身の上相談の連絡先を教えられました。そっちに電話をするように、と。なんとか助けてほしくて、『精神的に限界なんです』と訴えたら、『東京都の精神保健福祉センターに、こころの健康相談という窓口がある』と、見当違いの紹介をされたこともあります。どこも取り合ってくれない。そう思うと、気力も続きませんでしたし、これ以上は無駄だと思ったので、(その後は)教えられた窓口に連絡はしませんでした」

現在、厚生労働省はひきこもり対策推進事業の一環として、全国の各都道府県と政令指定都市に、ひきこもりに特化した一次相談窓口として「ひきこもり地域支援センター」を開設している。ところが、藤原さんのSOSに対しては、厚労省の担当者はもちろん、誰一人、この窓口を紹介してくれた人はいなかったという。

厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館。厚労省は、ひきこもり対策を進めているが……

藤原さんの相談先を見ると、多くに「福祉」という言葉が入っている。「自分が入れられたのは、福祉施設だと思ったからです」と言う。実際は福祉施設ではない。こうした民間の入居型自立支援施設には、高齢者施設や障がい者支援施設などに課せられるような、具体的な設置・運営基準はない。

藤原さんは続ける。

「入居者には、未成年者や障がいのある人も少なくありませんでした。それなのに、法律的には、教育施設でも福祉施設でもない、というわけですよね? 許認可の制度も、規制する法律もないことを後で知って、本当に大丈夫なのかと思いました」

藤原さんが携帯電話で連絡した先の一つ、新宿区子ども家庭課を所管する同区子ども家庭部は、大人のひきこもりについても相談を受けている。その担当者は取材に対し、「個別事例をすべて把握しているわけではありませんが、相談に来られた人に対し、『できません、やりません』とだけ言って帰すようなことはありません。基本的には、しかるべき担当部署を紹介しています」と言う。そのうえで、具体的な対応についてこう話した。

「大人のひきこもりの場合、問題は多岐にわたることが多いんです。仕事がない人には就労支援の相談窓口を、生活や住まいに困っている人には生活保護の申請窓口や生活困窮者自立支援のための窓口などを紹介します。役所内部でも連携を取り合っており、どの窓口に相談が寄せられても、対応できる体制を整えています。場合によっては警察への相談を促すこともあります」

藤原さんが残していたメモ。連絡を取った先と担当者の氏名、内容などが記されている=写真は一部加工しています

内閣府はこの3月末、「中高年ひきこもり」を対象にした初の調査結果を公表した。それによると、40〜64歳のひきこもり状態にある人は、推計約61万3000人。2015年度に実施した調査で、15〜39歳の「若年ひきこもり」は推計約54万1000人であることが分かっている。調査時期や手法に違いはあるものの、全国でひきこもり状態にある人の総数は、少なくとも100万人を超える。

娘の麻美子さんを強引に連れ去られた一郎さんは言う。

「これだけの規模の人数となると、もはや深刻な社会問題です。ひきこもりにも、それに特化した法律が必要なのではないでしょうか。高齢者には高齢者虐待防止法が、障がい者には障害者虐待防止法があるように、ひきこもりにも、そうした法律があれば、相談や通報を受けた側、特に公務員などは今よりも動きやすくなると思います」

施設に連れ去られた後、救急搬送された娘・麻美子さんは、病院を退院するタイミングで、なんとか“奪還”できたという。最後までどの機関も頼りにならず、結局、自力での救出だった。もともと華奢だった娘の体重は40キロを切るほどにまで減っていた。病室から駐車場まで、大人の足なら10分程度で済むところ、娘は父の腕にすがりながら、30分かけてたどり着いたという。

父によって“奪還”された娘の麻美子さん。当時、体重は40キロを切っていたという


藤田和恵(ふじた・かずえ)
北海道新聞社会部記者などを経て、現在フリーランス。

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