「ひきこもりからの自立を支援します」――。そんなふうにうたう一部の入居施設で最近、ひきこもり当事者から「自宅から無理やり連れていかれた」「外出の自由がなく、軟禁状態だった」といった訴えが相次いでいる。「就労体験と称して最低賃金以下で働かされた」「精神科病院に入れられた」という苦情もある。こうした入居施設には、法律に基づく設置基準がなく、行政側も運営の実態をつかみきれていないという。「自立支援ビジネス」の現場で何が起きているのか。(藤田和恵/Yahoo!ニュース 特集編集部)
入居者を施設から“救出”
熊本市の中心街から車でおよそ2時間。2018年9月、真っ赤なヒガンバナに縁どられた緑の水田を走り抜けると、目指すひきこもり自立支援施設はあった。
民家のような3階建ての建物。外壁に「研修所」であることを示す看板がある。この2階と3階で、全国から集められたおよそ20人が、研修生として自立に向けた“訓練”を受けているという。
この日の朝、東京の弁護士4人が施設を訪れた。入居している男性2人の“救出”が目的だ。
「おはようございます。Aさんの依頼を受けて参りました、東京の弁護士です。(Aさんが)施設を出たいということなので、迎えに来ました」
建物脇の玄関からそう声をかけると、階段の上から、戸惑った様子の施設職員が顔を出した。やがてAさんが現れる。40代男性。黒のポロシャツ、ベージュのパンツ姿。表情は硬い。弁護士が職員に「きょう一緒に東京に戻りますので、荷物をまとめさせてください。預けていた貴重品なども返していただけますか」などと言い、部屋の中へと入っていく。
各階の廊下には監視カメラがあった。ある部屋は10畳ほどの広さで、壁際に2段ベッドが二つ。
Aさんが荷物をまとめると、健康保険証や財布、携帯電話などが返された。近隣の合同会社が運営する農場でAさんが働いていた時の明細も、弁護士の求めで渡された。その「作業報酬明細書」には、「8月」は計20日間、80時間で「16,000円」と記されている。換算すると、「時給200円」である。
この日、施設からは、もう一人、別の30代男性も“脱出”した。
研修所にいた男性2人と弁護士らを乗せたワンボックスカーが走り出す。Aさんが車内から何度も後方を振り返る。施設が遠ざかっていくのを確認すると、ようやく表情を緩め、震える声でこう繰り返した。
「ありがとうございます」「これでやっと人間に戻れます」
自宅から“拉致”され、時給200円の世界へ
熊本のこの研修所は、東京都新宿区に本社を置くクリアアンサー株式会社(監物啓和・代表取締役)の運営である。同社は新宿でも自立支援施設「あけぼのばし自立研修センター」を開設している。
熊本で“救出”されたAさんは、どのような経緯で入居し、どんな生活を送っていたのだろうか。
Aさんはもともと、実家で両親と一緒に暮らしていた。「見知らぬ男」3人が突然、自室に入ってきたのは、昨年6月のことである。
Aさんによると、男たちは「われわれの施設に入り、自立してもらいます」「あなたがどこに住むかを決める権利は親にあります」などと言い、施設のパンフレットを見せた。一方的な説明に不安を抱いたAさんは、何を言われても「私は行きません」とだけ返し、雑談にも応じなかったという。
午前中にやってきた男たちの“説得”は半日以上に及んだ。夜7時近くになり、最後はAさんが根負けする形で自宅を出たという。
そして、いったん東京の施設に入れられ、やがて熊本の施設に移された。
熊本では、原則外出禁止。手の空いている職員がいて、その同行があれば、短時間の「散歩」と称する外出が許された。「時給200円」の農作業は、キャベツや白菜の苗の定植、栗の皮むき、草むしりなど。
Aさんによると、施設の共用スペースに置かれた冷蔵庫の開け閉めには職員の許可が必要で、冷蔵庫の扉には「牛乳は1日1杯」と書かれた貼紙があったという。
「職員に従わないと“精神病院”に入れると脅されるんです。そのときは、拘束具をつけることもあると言われました。自由に使えるお金は一銭も持たされませんでした。農作業は作業時間も内容もすべて指示され、『休みたい』と言える雰囲気なんてありません。(熊本の施設には)2階から飛び降りて脱走しようとして連れ戻された人もいました」
「暴力的に拉致されました」
熊本の施設を訪れた弁護士によると、2018年の夏以降、Aさんをはじめ、東京と熊本の入居者計7人から“救出”の依頼を受けた。30代男性のBさんもその一人で、昨年8月に東京の施設から“脱出”した。
Bさんは、自宅マンションから連れ出されたときのことを「暴力的に拉致された」と訴えている。
「突然、父親と4、5人の男が部屋に入ってきて、父親から『今からこの人たちのお世話になりなさい』と言われました。男たちから『説明を聞いてください』と言われたけど、以前、テレビで、こういう自立支援施設がひきこもりの人を無理やり連れ出す番組を見たことがあったので、『説明は聞かないし、行かない』と答えました」
「知人に連絡するために家の電話を使おうとしたら、男たちは『この家の電話はご両親のものなので、あなたに使う権利はありません』と言うんです。それでも受話器を取ろうとしたら、片腕を背中に回され、上半身をテーブルに押さえつけられました。最後は警察官や(施設側が依頼した)民間の移送業者も出動する騒ぎになって……。マンションの住人が大勢見ているなかで、『こんなの誘拐じゃないか! 拉致じゃないか!』と叫びながら、車に引きずり込まれました」
施設に移動した後も、入居を拒んでいると、「マンションの地下1階の部屋」に収容されたという。不安でほとんど何も食べられない状態が1週間以上続き、今度は精神科病院へ。そこでは3日間、ストレッチャーに仰向けに拘束され、おむつを着用させられ、トイレに行くことも許されなかったという。
「地下の部屋では、職員が室内で見張っているか、施錠されるかで、24時間態勢で監視され、監禁されました。その後、行き先も告げられずに精神科病院に移されたんです。母が医療保護入院の同意書にサインしたと後で説明されましたが、(脱出後に)母に聞いたら、『強制入院だという説明はされなかった』と。地下の部屋では暴れたわけでもないのに、なぜ拘束までされなければならなかったのか。自分は何をされるのか、どうなるのか……。怖かったです。3カ月間の入居で、体重は10キロ以上減りました」
心身ともにくたくたになったころ、職員から「通院・服薬を続けること」「家族に連絡を取らない」「これらのルールを守れない場合は、再度入院することに同意します」などと記された誓約書を提示された。
Bさんはやむを得ずサインをしたという。
支援プログラム 「高額費用に見合ってない」
こうした自立支援施設を利用する場合、契約は親と施設の間で交わされることが多い。AさんやBさんのケースもそうだった。
クリアアンサーの場合は、研修生ごとに「御見積書」を提示しており、Bさんは3カ月間で総額「432万7200円」。契約書には「契約成立後の本契約の解除することはできない」(原文ママ)との記載もある。別の元研修生は6カ月間で同「685万円」だった。
施設から脱出した元研修生たちは取材に対し、「言うことを聞かないなら、“精神病院”か“熊本送り”だと脅されました」「入居してすぐに自分でアルバイトを探してこいと言われました」などと証言する。
親からは「パンフレットには『本人が納得するまで話をする』と書いてあったのに、子どもが自宅から強引に連れ出される様子を見てショックだった」「1日1回、英会話やパソコン教室などのカリキュラムがありますが、そのほかの時間割は自分で作れと言われたと聞きました。支援内容が高額な費用に見合っていない」といった声も上がっている。
ある母親は取材でこう語った。
「子どもが引きこもりになったなんて、誰にも相談できなくて。そのうちに子どもは30代、40代になり、私たちも年を取って……。時間だけが過ぎていく不安のなかで、インターネットでこの施設を見つけたんです。(契約時には)職員から『時間の余裕はありません』『今日契約しないとダメ』と、せかされました。そのときは子どもが再起できるならと飛びついてしまったんです。でも、結局、子どもの体も心も傷つけてしまいました。(施設から逃げ出した)子どもの所在は今も分かりません」
こうした元研修生らの言い分に対し、施設側はどう答えるのか。取材を申し込むと、クリアアンサー側は監物代表の見解として「入居を拒絶された場合、同意なく(施設へ)連れ帰ることは絶対にありません」などとする回答を文書で寄せた。その内容については、こちらで紹介する。
周囲に「助けて」と言えない当事者たち
ひきこもりと、その自立支援をうたう施設は、いまどんな状況にあるのだろうか。
厚生労働省は、ひきこもりを「学校や仕事に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6カ月以上続けて自宅に引きこもっている状態」と定義する。
内閣府が15〜39歳を対象に行った2015年の調査によると、ひきこもり状態にある人は推計約54万1000人。2010年の前回調査から約15万人減った。一方、ひきこもりが「7年以上続いている」は34.7%で、前回の16.9%から倍増した。ひきこもりの長期化、高齢化は間違いなく進んでいるとみられ、内閣府も40歳以上のひきこもりの実態を把握するための調査に乗り出している。
当事者や家族でつくるNPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」は、40歳以上も含めたひきこもりは約100万人と推計する。同NPO法人本部のソーシャルワーカー・深谷守貞さんは言う。
「ここ数年で国や自治体は、ようやくひきこもり問題に対する支援に乗り出しました。一方で、世間からはいまだに本人の甘え、親の育て方が悪かった、自己責任だ、などと批判されがちです。周囲に『助けて』と言えず、地域社会から孤立してしまう本人や家族は少なくありません」
ひきこもりの長期化に伴い、最近では、ひきこもり当事者が50代に、その親世代が80代になる「8050問題」も表面化しつつある。深谷さんは「親も定年退職して収入が減り、将来が見えないまま精神的に追い詰められていきます。そんなときに広告などを見て『お金で解決できるなら』と頼った先が、暴力的支援を行うような施設だったというケースも少なくないのでは」とみる。
「親のわらにもすがる思いにつけ込んでいる」
筑波大学教授で、ひきこもり問題に詳しい精神科医の斎藤環さんは、問題のある施設やトラブルはあちこちにある、という。
「(入居などを)強制した時点で本人の尊厳は著しく毀損されます。そうなると、問題の解決には有害となるケースが圧倒的に多い。そもそも(入居者が訴えている問題行為は)不法侵入や監禁であり、その時点で許される余地はありません」
経済的に余裕のある高齢の親に契約を迫るケースについても、「親のわらにもすがる思いにつけ込んだ、高齢者詐欺の一つ」と批判する。
こうした事態に対し、施設側はどう考えているのだろうか。
一般社団法人「若者教育支援センター」が運営するワンステップスクール湘南校(神奈川県)の廣岡政幸校長は「入学時に親からだけでなく、本人からも同意書を取っている」と語り、こう続けた。
「子どもから殴られたり、お金を奪われたりして、保健所や心療内科に相談しても『見守りましょう』『親が変わりましょう』と言われ、どこに相談していいのか分からず、追い込まれた親からの相談も少なくありません。ワンステップスクールは、そうした緊急性の高いケースとも向き合っています」
その同校でも2018年7月、入居者7人が同時に逃げ出すトラブルが起きた。その1人、30代男性は「施設内では、非常口が施錠されていたり、居室の窓がわずかな幅しか開かなかったり。軟禁状態でした」と訴える。
これについて廣岡校長は「非常口はドアノブにカバーをかけた状態にしているが、消防署の検査は通っている。(居室の窓がわずかしか開かないのは)落下防止のためにストッパーを設置しているから。軟禁ではない」と話す。
これとは別に、株式会社「K2インターナショナルジャパン」(神奈川県)に対しても、元生徒から苦情が出ている。同社が研修プログラムの一つとして実施している豪州や韓国への留学事業。これに関連し、複数の元生徒は取材に「(海外で)屋台でのたこ焼き製造販売の仕事をさせられたが、最初は無給」「その後も時給300〜400円ほどしか支払われなかった」などと訴えた。
これについて、K2社の担当者は「(海外でのたこ焼き販売は)雇用ではなく、ジョブトレーニング。保護者や本人からも同意を得ている」と説明する。
これらに関し、消防庁予防課の担当者は「非常時に逃げられる手段が確保されていれば、(非常口の施錠は)必ずしも違法ではない」という。
最低賃金以下で働かされたとの訴えについては、厚生労働省労働基準局監督課が「指揮命令の下で働くなど、労働としての実態があった場合は(最低賃金などを定めた)労働関連の法律が適用されます」と回答した。
「ひきこもり当事者にも自己決定権」
入居者の“救出”のため、熊本県の施設に出向いた弁護士の一人、東京弁護士会の林治弁護士は、冒頭で紹介した熊本と東京の自立支援施設の問題として「本人の意思に反した自宅からの連れ出し」「最低賃金以下での労働」「外出の自由の制限」「見せしめ的な精神科病院への入院」などを挙げる。
そのうえで、「施設での生活は外出や就労、食事など、多くの面で本人の自由が制限されます。そうした契約を、本人の同意なく、親と施設が結ぶことが許されるのか」と、契約の有効性そのものに疑問を投げかける。
ひきこもり支援は、どうあるべきなのか。その指針の一つとして、林弁護士は厚生労働省作成の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」に言及する。
ガイドラインは、訪問支援を行う際は「入室を拒否する当事者の部屋へ強引に侵入することは望ましくない」などとしているほか、就労支援にあたっては「支持的な辛抱強い支援」「就労への関心を少しずつ育んでいく段階」の重要性を説いている。
ただ、入居型の自立支援施設に関しては、具体的な設置・運営基準はない。林弁護士は言う。
「国はせっかく立派なガイドラインを作ったのに、この基準に反した施設が野放しになっている。きちんと活動している施設・団体との差別化を図るためにも、登録制、認可制など指導監督できる体制をつくるべきです。このままでは、同じような被害が繰り返されるだけです」
これに対し、厚労省は「業者の具体的な実態が分からない」(社会・援護局地域福祉課)とし、新たな設置基準づくりなどには消極的だ。
今回の取材では、ある自立支援施設で働いていた元職員からも話を聞くことができた。証言の内容はこうだ。
「働き始めて最初に教えられたのは、相手(ひきこもり当事者)の腕を後ろ手にひねり上げる、制圧術でした。抵抗されたら、使うように言われました。私自身は暴力行為に加担することはなかったですが、その施設では自宅からの強引な連れ出しもやっていました」
元職員によると、この施設の費用は3カ月で約600万円。「経営する側にとっては、ものすごくおいしいビジネスだったと思う」と言う。そして、入居者や親らとトラブルになると、施設を閉鎖し、その後、別の場所で、新しい名前で、同じような施設を開設していたという。
深刻化するひきこもり問題の傍らで、拡大する自立支援ビジネス。
林弁護士によると、東京と熊本で自立支援施設を運営するクリアアンサー株式会社に対し、元研修生と親らは2月上旬、慰謝料や契約無効などを求める裁判を起こす。また、同様の訴訟がほかにも起こされるという。
藤田和恵(ふじた・かずえ)
北海道新聞社会部記者などを経て、現在フリーランス。