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八尋伸

日本の「人質司法」をどうするか――長期勾留や自白偏重に国際社会の批判

2019/01/31(木) 10:04 配信

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2018年11月19日の夕方、日産自動車会長(当時)のカルロス・ゴーン氏が逮捕された。それから約2カ月が過ぎた今も、ゴーン氏は東京拘置所に勾留されたままだ。刑事事件で逮捕された場合、日本では実質的に勾留期間の制限がない。その間、面会時間は極端に制限され、容疑を認めなければ密室での厳しい取り調べが延々と続く。否認すればするほど勾留が長くなる、いわゆる「人質司法」だ。冤罪(えんざい)を生む温床と言われる人質司法とは、どのようなものなのか。古くて新しいこの課題。この話はまず、鹿児島から始まる。(文・木野龍逸、写真・八尋伸/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「警察の態度は、悪いっちゅうもんじゃない」

鹿児島県の志布志市志布志町(旧曽於郡志布志町)は大隅半島の東側に位置し、志布志湾と向き合っている。桜島は山を越えた西側だ。

鹿児島市内から志布志市まで車で約2時間。そこからさらに山道を1時間ほど走ると、民家が10軒にも満たない懐(ふところ)集落に着く。「人質司法」による冤罪で知られる「志布志事件」は2003年、この山深い小さな集落で起きた。鹿児島県議選で買収などの公職選挙法違反があったとして集落に住む11人を含む計15人を逮捕。13人が起訴され、のちに全員が無罪になった事件である。

「志布志事件」が起きた懐集落。今の住民は十数人ほど

「警察の態度は、悪いっちゅうもんじゃないですよ。(逮捕される前の)任意の取り調べの3日目くらいのとき、部屋に入ったらいきなり、『こら、藤山! 死刑にしてやる!』って言われました」

事件で逮捕された一人、藤山忠(すなお)さん(70)は自宅でそう話した。述懐は続く。

「調べの間、机は蹴とばすわ、壁はたたくわ。壁を自分でたたいた刑事から『手が痛いから(罪を認めて)話してください』って言われたこともあります。それから1カ月近く、朝から晩まで延々とそんなのが続くんです。暴力団よりひどいですよ」

藤山さんは候補者側から現金を受け取った容疑をかけられ、逮捕後の勾留日数は185日に及んだ。取り調べ時間は、任意の期間を含め計538時間になる。とくに志布志署での任意の取り調べは苛烈だったという。

藤山忠さん

「机の上に両手を置けって言われて、ずっと同じ姿勢でいさせられるんです。つらくて手を机から下ろすと、怒られる。刑事は『このままだと、いつまでたっても会社にはいけんぞ』とか、『おまえが認めてくれれば、オレが一生面倒見る』とも言っていました。同じことをずっと言われ続けると、頭がボーッとしてきて、考える力がなくなって、どうでもいいやって思えてくるんです」

強圧的な姿勢で自白させる捜査手法は「たたき割り」と呼ばれる。任意の取り調べが始まって数日後、つらくなった藤山さんは容疑を“自白”してしまう。“自白”すると、逮捕され、接見禁止によって会えるのは弁護士だけになった。逮捕後の取り調べは毎日、朝10時頃から夜8時頃まで。取り調べ時には腰縄でパイプ椅子にくくりつけられて身動きできなかったという。

「親を逮捕するって言われたことは3回ありました。でも、一番つらかったのは、取り調べ時間が長いことと、『やってない』と言っても同じことを何度も繰り返し聞かれることでした」

過酷な取り調べが行われていた鹿児島県警の志布志警察署

刑事訴訟法では逮捕後の身体拘束の期限は最長72時間。その時点までに起訴できなければ、検察官は最大10日間の勾留を裁判所に請求できる。それでも起訴できず、「やむを得ない事由がある」と認められるとき、さらに最大10日間の延長が認められる。勾留や勾留延長ができない場合、容疑者はすぐ保釈されなければならない。

しかし、別容疑での再逮捕や追起訴があるたびに勾留期限はリセットされる。また、起訴後の勾留期限は2カ月だが、証拠隠滅の恐れがあるなどと裁判所が判断すれば1カ月ごとに更新が可能で、更新回数に制限はない。このため勾留が無制限に延びていく現実がある。

身柄を拘束したまま長期間、長時間の取り調べを続け、容疑を“自白”するまで決して社会に戻さない————。それが「人質司法」である。

“自白”すれば外に出られる、と捜査当局

志布志事件の「中心人物」とされたのは、この県議選で当選した中山信一さん(73)である。中山さんも厳しい取り調べの末、懐集落内で現金などを配り、票の取りまとめの依頼などをしたとして、2003年6月に公選法違反容疑で逮捕された。

「『認めればすぐに出られる。罰金で済む。何も失うものはない』って、警察はずっと言ってましたね」

同じ日、妻のシゲ子さん(70)も逮捕された。

中山信一さん(左)、シゲ子さん夫妻。2人とも虚偽の自白を強要された

逮捕後は2人とも否認を続け、信一さんは2度の誕生日をはさんで395日、シゲ子さんは273日にわたって身柄を拘束された。

志布志事件では、「他の人が認めているからおまえも認めろ」という違法性の高い尋問もたびたび行われたことが判明している。信一さんはこれで、一度だけ容疑を認めたことがあった。

「家内が認めた、って警察に言われたんです。でも接見禁止で直接確認できず、言われるがまま(自分も)容疑を認めてしまった。ところがその日の午後、接見に来た弁護士に聞いたら、家内は否認を続けてる、って。そこまでウソついて認めさせようとしてるのか、って」

シゲ子さんへの取り調べも厳しかった。警察や検察から「(金品が提供されたとする)会合に行ったのを見た人がいる。(違うと言うなら)おまえは双子か!」「おまえは女優か!」「卑怯者!」などと怒鳴られたこともあったという。

弁護士への不信感も募った、とシゲ子さんは振り返る。

「保釈請求の却下が続いて、不安になっていたんです。弁護士に力がないのかなって。それに、警察が『この先生は民事に強いけど刑事は弱い。他に変えたほうがいい』と言って、数十人の弁護士のリストを見せて、この人がいいって薦めるんです。もう、誰を信じていいのか分からなくなりました」

自宅で取材に応じる中山さん夫妻

実際、弁護団の保釈請求はこの間、裁判所に却下され続けた。最終的にシゲ子さんは6回目、信一さんは9回目でようやく保釈が認められた。

孤独で厳しい取り調べに耐えられず、自殺を図った人もいた。藤山さんの隣に住む懐俊裕さん(70)。勾留は80日間、密室での取り調べ時間は計554時間にもなった。懐さんが自宅近くの滝つぼに飛び込んだのは、任意の取り調べが始まって4日目。たまたま近くにいた人に助けられた。

懐さんは、その滝つぼの前で取材に応じてくれた。

「飛び込んだときのことは、あまり覚えていません。でも取り調べは忘れたことがない。警察は悪い人を捕まえるものだと思っていたのに、なんで私や中山だったのか、なぜあんなことが起きたのか。今でも理由は分からない。警察も反省していません。警察がうちに来て謝るまで、私の中では何も終わりません」

厳しい取り調べを苦にして懐俊裕さんは自殺を試み、この滝つぼに飛び込んだ

「拷問のような感じで何日も」

志布志事件の取り調べでは、常軌を逸した「踏み字」も明らかになった。志布志港近くでホテルを経営する川畑幸夫さん(73)は取り調べの際、警部補に足をつかまれ、「お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」などと書かれた3枚の紙を無理やり踏まされたのである。もちろん、父が書いた文字ではない。この警部補は、椅子に座った川畑さんの股の間から顔を出し、「なんでもするよ」と言ったこともあるという。

「やってないことを権力側がでっち上げる。拷問のような感じで何日もやる。あの取調室でやられたら(否認は)続かないですよ」

川畑幸夫さん

志布志事件はその後、警察による容疑のでっち上げだったことが判明している。11人もの逮捕者を出した懐集落は当時7世帯。小さな共同体は大混乱に陥り、人々の日常は崩壊した。11人の中には「全員無罪」の判決を聞くことなく、刑事裁判の途中で亡くなった人もいる。

被疑者の弁護に当たった鹿児島市の野平康博弁護士は「接見禁止で外部との連絡を遮断し、保釈せず身柄を人質にとって自白させるという人質司法の手法を露骨にやったのが、志布志事件でした」と話す。

「捕まった人たちの中には、勾留中に“自白”し、公判の冒頭でも容疑を認めた後、保釈後に否認に転じた人が数人います。勾留中、捜査機関は丸1日でも取り調べができるので、被疑者との間に支配と服従の関係ができやすくなる。保釈後に否認するケースがあるのは、それが崩れるからです」

人質司法の最大の問題は、どこにあるのか。野平弁護士は「被疑者が捜査機関のコントロール下に置かれ、最も重要な人権、自己決定権が奪われてしまうことです」と指摘する。そして、長期勾留を安易に認める裁判所の姿勢を批判した。

野平康博弁護士。鹿児島市内の事務所で

「裁判官は、人の自由を奪うことの意味を考えてほしい。自白を強要する『たたき割り』は、裁判所が保釈を認めないことにつけ込んだ捜査手法でもあります。長期勾留の末に無罪になっても、失った時間は戻ってこないんです」

以前から「人質司法」に国際社会の批判

「人質司法」に象徴される日本の刑事手続きは、国際社会では以前から批判の的だった。

国連の自由権規約委員会は2008年、取り調べに弁護人が立ち会う権利を確保するよう日本政府に勧告している。同じく拷問禁止委員会は2013年、自白偏重の捜査や弁護人の立ち会いが義務化されていないことに懸念を表明。その審査会では委員から、日本の刑事司法は中世のようだという批判も出た。

沖縄で再三問題になる米兵犯罪に関しても、2009年のひき逃げ事件の際、弁護人が立ち会わない取り調べを米兵側が拒否するという出来事があった。日米地位協定の改定論議では、「被疑者の権利が守られない日本の刑事司法の後進性」が障壁の一つとされている。

警察だけでなく、検事による取り調べでも同様の問題は起きている。

「人質司法」の下では、長期間の勾留が続く。100日を超えることも珍しくない

1993年にはゼネコン汚職を捜査中の静岡地検の検事が参考人に暴行を加えて全治3週間のけがを負わせ、特別公務員暴行陵虐致傷罪で有罪判決を受けた。またリクルートの創業者で、のちに「リクルート事件」で有罪となった江副浩正氏(故人)は自著の中で、東京地検特捜部の検事から拷問に近い取り調べを受けたことを明らかにしている。

カルロス・ゴーン氏の長期勾留は、長く指摘され続けてきたこの問題を改めて浮上させた。ゴーン氏の処遇に対し、海外からは「人権問題だ」との批判も出ているが、主要メディアの報道によると、捜査を指揮する東京地検の久木元伸・次席検事は昨年11月の定例会見で、「それぞれの国の歴史と文化があって制度がある。他国の制度が違うからといってすぐに批判するのはいかがなものか」と述べている。

これに関連し、法務省刑事局法制管理官室の担当者は今回、電話取材でこう答えた。

「国ごとの制度はさまざまで、一部だけを捉えて問題があるという批判は当たらないと考えています。わが国では、勾留や接見禁止の要件、勾留期間などについては法律で厳格に定められている。いずれも裁判官の審査を得た場合に限り許されるうえ、不服申し立てもできます。取り調べへの弁護人の立ち会いについては、法制審議会の『新時代の刑事司法制度特別部会』で議論されましたが、取り調べの機能が損なわれるおそれがある、弁護人が来なければ取り調べができなくなるなどの意見があり、導入しないとされました」

東京地検特捜部に逮捕、勾留されているカルロス・ゴーン氏=2018年11月8日、仏の自動車メーカー「ルノー」の工場で、マクロン仏大統領を迎えたときのもの(写真:AP/アフロ)

「被疑者にも自己決定権がある」と専門家

被疑者の権利確保について、欧米諸国はどうなっているのだろうか。この問題に詳しい一橋大学法学研究科の葛野尋之教授を訪ねると、「欧州では2013年に大きな動きがありました」と説明してくれた。

この年に採択された欧州連合(EU)指令は「取り調べに弁護人の立ち会いを求めることができる」「弁護人が取り調べの時に質問できるようにする」などの義務化を加盟各国に求めた。現在までに加盟国で国内法が整備され、立法措置が講じられているのだという。

葛野教授は言う。

一橋大学法学研究科の葛野尋之教授

「弁護人の立ち会いや取り調べ前の弁護人との相談などが立法化されています。供述の自己決定権を確保するため、弁護人の事前の相談と立ち会いが必要なんです。日本国憲法も保障する黙秘権は、単に黙っている権利ではありません。どの事柄について、いつ、どのように答えるか、答えないかを被疑者自身が決める権利、自己決定権なんです」

「これを確保するには、供述を強要する心理的圧迫や誘導を排除することが必要ですし、どう供述するか、しないかを決めるに当たり法律専門家の助言も必要です。だからこそ、録音録画で取り調べの状況がチェックできるようになっても、取り調べ前の相談とともに、弁護人の立ち会いが要求されているのです」

フランスの刑事司法制度に詳しい神奈川大学法科大学院の白取祐司教授は、ゴーン氏の問題に関する批判には誤解に基づくものもあるとし、「フランスにも冤罪事件はある。それぞれの国に司法文化があり、どれがいいか悪いかは一概には言えません」と言う。

白取教授が続ける。

神奈川大学法科大学院の白取祐司教授

「フランスでも自白は重要視していますが、日本のように自白を導くことは制度的にできません。予審段階で勾留が長期になることはあっても、取り調べは数時間程度。弁護人も立ち会えます。勾留中の環境も日本とは全く違う。いったん逮捕されると刑務所に準ずるような環境に置かれる日本は、人権的には発展途上国並みだと思います」

「日本でもすべての被疑者に国選弁護人がつくようになるなど、少しずつ良くなってはいます。でも、勾留によって社会から隔離し、弁護人の立ち会いを認めないまま自白を迫るようなやり方や、否認への制裁のような保釈請求の却下などは、やはり問題です」

保釈認めぬ裁判所、一方で勾留請求の96%はOKに

「人質司法」が成り立つのは、裁判所の対応に負うところが大きい。

検察庁がまとめた統計によると、勾留請求に対する裁判所の判断は2017年、許可が9万7357人。これに対し、却下は3901人に過ぎず、却下率は4%に満たない。勾留期間の延長状況を見ると、6万2584人の延長が許可されたのに対し、却下はたった137人。勾留期間が上限近い16~20日だった人数は、全勾留者の半数を超える5万7700人にもなる。

数多くの刑事弁護を手がけ、無罪判決も勝ち取ってきた趙誠峰弁護士(東京)は「勾留期間が約20日間と長いうえ、実務上、取り調べの受忍義務がある。そのため、黙秘権を行使するのに困難が伴い、忍耐力がいる」と話す。

趙誠峰弁護士

「長時間の取り調べで、人によっては『警察の方が(弁護士などより)自分のことを考えてくれている』と思うようになる。そうなると、黙秘権があるというアドバイスも聞いてもらえないことすらある。弁護士は限られた接見時間の中で必死に綱をたぐり寄せ、なんとか信頼を保つようにしているのが実情です」

趙弁護士は続ける。

「保釈とは、裁判を待つまでの間、社会生活を送りながら弁護士と打ち合わせるなど裁判の準備をするのに必要な制度です。でも、勾留が続くと裁判の準備が困難になり、仕事を失ったり家庭が壊れたりして、裁判が始まる頃には生活がグチャグチャになっていることもあるんです」

志布志事件で警察から“事件の中心人物”とされた中山信一さんは、1年以上に及ぶ勾留中、「半年以上も接見禁止だったことが一番つらかった」と振り返る。

「接見禁止の間は毎日、弁護士が来てくれました。接見禁止が解除されてからは息子や支援者が来てくれた。それが大きかったんです。でも、今は歳もとったし体力も落ちています。もう一度あんなことがあったら、今はもう、頑張れないです。あんな調べをしていたら、冤罪は増えます」

中山信一さん。「もう一度あんなことがあったら、今はもう頑張れない」


木野龍逸(きの・りゅういち)
フリーランスライター。自動車にまつわる環境、エネルギー問題に加え、原発事故発生後はオンサイト/オフサイト両面から事故の影響を追い続ける。著作に『検証 福島原発事故・記者会見1〜3』(岩波書店)ほか。


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