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アルゼンチン決勝進出。明暗分けたマスチェラーノの1プレイ

杉山茂樹スポーツライター

オレンジ対水色と黒のストライプ。目立つのはオレンジ色だが、いかんせんその数は少ない。スタンド風景を見る限り、アルゼンチンが天下を支配しているように見えたが、当日はカナリア色を隠して観戦する地元のブラジル人の数もかなりいて、彼らは100%反アルゼンチンである。

「オランダ! オランダ!」と歓声を上げて、アルゼンチンサポーターに圧力を掛ける。するとアルゼンチン人は数字をカウントしはじめる。1、2、3と数えて7のところで読み上げを止める。1-7。前日、ブラジルがドイツに奪われたゴールを数えて小バカにするのだ。

ブラジルとアルゼンチンは隣国でありライバル。最大の好敵手だ。ブラジルが勝ち上がれなかった決勝にアルゼンチンが進出すれば、お互いの優劣は鮮明になる。ブラジルにとってオランダは、ライバルを成敗する援軍に値した。

だが、オランダはブラジル人の期待通りには動いてくれなかった。オランダといえば攻撃サッカーの国として知られるが、アルゼンチンを震え上がらせるような攻撃を仕掛けたわけではなかった。

まず布陣が、オランダらしい攻撃的なサッカーを仕掛ける態勢になっていなかった。オランダと言えば3FWの国。4-3-3あるいは中盤ダイヤモンド型3-4-3が定番だ。とりわけファン・ハールは、後者(中盤ダイヤモンド型3-4-3)をこよなく愛する監督として知られる。94〜95シーズン、その布陣を前面に押し立て、アヤックスを欧州一に導いた実績がある。

当時、ファン・ハールを訪ねれば、「この3-4-3はあらゆる布陣の中で最もパスコースが多い」と言って、こちらのノートに、フィールドプレイヤー10人の選手間を結んだ線を描き、そこに発生した三角形の数を示してくれたものだ。グアルディオラのサッカーは、このファン・ハールの三角形の理論にアレンジを加えたものと言われるが、いずれにしても、ファン・ハールはかつて「攻撃的サッカー陣営」の真ん中に位置した人である。

そんな過去を持つファン・ハールと今回のファン・ハールは、別人のように見える。前戦コスタリカ戦(0-0、PK戦勝ち)で使用した布陣は、中盤フラット型の3-4-3。攻撃的サッカーの範疇に収まる布陣ながら、パスコース(三角形)は「ダイヤモンド型」より少ない。

そして、この日使用した3-3-2-2は、守備的とは言わないが、攻撃的サッカーがスタンダードになったいま見ると、守備的に見える布陣だ。かつてのファン・ハールを知る者には、目を疑いたくなるような布陣だ。

駒不足。アタッカーに活きのいい若手がいない。その一方で、ロッベン、ファン・ペルシーというバロンドール級のFWを2人、同時に有している。

こうした現オランダ代表の特殊性に、自身の立場も加わる。ファン・ハールには2002年日韓共催W杯の欧州予選で、オランダ代表を敗退させた過去があった。

結果が欲しかったのだと思う。信念を崩してまで戦おうとした理由は。

だがその3-3-2-2は、試合が始まり、両陣営が組み合った図を眺めると、アルゼンチンにプレッシャーを有効に掛けていないことが明白になった。プレイの環境に自由が多いのはアルゼンチン。前半はアルゼンチン優位の展開で推移した。

だが、アルゼンチンにも押し切る力はない。これまでの戦いを見ても、褒められた試合は1試合もなかった。準決勝まで勝ち上がったことが不思議なほどだった。相手が名前負けしてくれた。勝因をひと言でいえばそれになる。

何といってもメッシが酷いのだ。この試合でも時間の経過とともに、動きの量はガタ落ちする。最近の原稿に「メッシの位置が下がりすぎ」と書いた記憶があるが、「下がりすぎ」というより、「動かない」といった方が正確だ。相手ゴールにボールが近づけば、そのポジションは低くなり、自軍ゴールにボールが近づけば、ポジションは高くなる。攻撃にも、守備にも積極的に関わろうとしないのだ。

ボールの動きに反応し、ポジションを修正しようなどとはまずしない。ずっと歩いている。大袈裟ではない。プレイに関わろうとするのは、ボールが近くに来た時だけだ。ここまで動かない選手(動けない選手)を見ることは珍しい。

3人のメンバー交替枠を使い切ったあとに、ケガをした選手のようである。いったいどうしたというのか。

もしこれでどこもケガをしていないのであれば、僕がチームメイトならメッシに文句を言いにいくだろう。胸ぐらをつかんで、殴っているかもしれない。他のアルゼンチン選手がそうしないところを見ると、何か事情があるに違いない。アルゼンチンはまさに10人で戦っているかのようだった。

前半、アルゼンチンに傾いていた流れも後半に入ると一変。オランダが、ボール支配率で上回るようになった。ボール支配率で上回れるような布陣ではないにもかかわらず。

メッシ以外のアルゼンチンの選手が、僕の目にはかなり不憫に見えた。王様を必死で助ける労働者。彼らの仕事量は普通より10%増しだった。

この試合の明暗を分けたのは、延長戦突入寸前、マスチェラーノのスライディングタックルだ。ゴール正面、やや左にドリブルで侵入したロッベンが、シュートを放った瞬間だった。彼は自らの右足を渾身の力で伸ばし、シュートをブロックすることに成功した。まさに根性。アルゼンチン魂といってもいい、見事なスライディングタックルだった。

この試合のMVPには、PK戦でオランダのシュートを2本止めたロメロが選ばれたが、僕的にはマスチェラーノが90分に見せたタックルこそが、この試合で一番光るプレイに見えた。

それがなければ、試合は1−0でオランダだった。

PK合戦に敗れたオランダで光ったのは、中盤のワィナルダム。その的確なボール操作と状況判断は、この試合のレベルをひとつ高いレベルに押し上げたと言っていい。

ファン・ハールは、今ごろ何を思っているだろうか。守備的にいってPK負け。だったら、攻撃的にいってPK負けした方が遙かに後味はよい。オランダ人好みの結末になる。

98年W杯でベスト4に進出したオランダがそうだった。準決勝でブラジルと1対1の好試合を演じ、PK戦負けしたヒディンクのオランダの方が、同じベスト4でも、優れたものに見える。ファン・ハールはヒディンクを超えられなかった。そう言っていいだろう。

ドイツ対アルゼンチン。13日にリオのマラカナンで行なわれる決勝は、4年前の7月3日、ケープタウンで行なわれた準々決勝と同じカードになった。4-0。そこでドイツは完勝した。2トップ下で、将軍然とプレイするメッシを完全に封じ込み、その負の要素、すなわち、メッシのディフェンス能力の低さを露わにする方法で大勝した。アルゼンチンのやり方は、その時と何ら変わらない。メッシが抱える負の要素は、さらに表に出やすくなっている。

少なくとも僕はドイツ優位と見る。極論を言えば、こんなメッシを擁するアルゼンチンには優勝して欲しくないのである。

(集英社 Web Sportiva 7月10日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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