杉田論文「そんなにおかしいか」新潮45の反論が再び大炎上 絶滅していく紙メディア「最期の咆哮」
「XXの雌かXYの雄しかない」というウソ
[ロンドン発]自民党の杉田水脈(みお)衆院議員が「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と月刊誌「新潮45」に寄稿して批判を呼んだ問題で、今度は「新潮45」が「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」とする企画を掲載し、再び炎上しています。
企画には「真正保守」の論客である教育研究者、藤岡信勝氏や文芸評論家、小川栄太郎氏ら7人が寄稿しています。毎日新聞の取材に「新潮45」編集部は「誌面の内容が全て。多様な意見を掲載しているので精読してほしい」と回答したそうです。
企画の中で小川氏は「極端な希少種を除けば、性には、生物学的にXXの雌かXYの雄しかない」と主張しているそうですが、この論理にこそ問題の核心が現れています。
今年は英国で女性参政権が認められて100年。「サフラジェット」と呼ばれる英国の女性参政権闘争をリードした女性闘士エメリン・パンクハーストのひ孫に当たる女性運動家ヘレン・パンクハーストさんに筆者は次のような質問をしました。
――サフラジェットの中にはレズビアンもいて、運動に大きな役割を果たしたと言われていますね
「サフラジェットは実に多くの社会問題を問いかけました。階級の問題、セクシュアリティー(性的特質)や異性愛の問題を問い始めたのです。サフラジェットに参加した多くの女性は一緒に暮らしていたので、オープンに関係を持っていた女性もいました。今では、多くの人がそれを理解するようになり、ジレンマも解消されています」
「もっとセクシュアリティーやジェンダー(性差)、バイオロジー(生物学)の問題をオープンにしていくべきです。私たちはこれまで考えられていた以上に生物学的に複雑です。この世には男と女しかいないと言われてきたのに、それは正しくありません。生物学的に例外があり、もっと複雑なのです。今こそ人間が望むように生きる自由を認める時なのです」
染色体の気まぐれ
染色体は気まぐれでXXとXYのほかにXXYがあったり、XYYがあったり組み合わせは決して2通りではありません。半陰陽は日本では「両性具有」と呼ばれ、古くから「ふたなり」「はにわり」として認識されてきました。
睾丸が発育するためにはY染色体の存在が必要であると一般に考えられていますが、女性であるはずのXXでも睾丸のある人がいるそうです(「真性半陰陽の細胞遺伝学的検索」東京医科歯科大学泌尿器科教室)。XXYからYが消えてしまったのでしょうか? 生物学はかなり幅を持って考える必要があるようです。
これを人間の神秘、多様性としてとらえるか、小川氏のように「極端な希少種を除けば」として切り捨てるのか。「新潮45」が大炎上を覚悟の上で出版に踏み切ったことからみると、読者が限定される紙メディアでは一定の支持者を期待できるのでしょう。
米ホロコースト記念館によると、ナチスの独裁者アドルフ・ヒトラーは1933年、政権を奪取するとすぐにすべての同性愛・レズビアン団体を禁止しました。翌34年には秘密警察ゲシュタポに同性愛を取り締まる部署が設置され、同性愛者と疑われる男性をリストアップした「ピンクリスト」を作成します。男性同士の「みだらな」行為は広範囲にわたって処罰の対象になりました。
ヒトラーは戦争遂行のため「アーリア人」人口を増やす政策を進めており、同性愛や中絶は人口増加を妨げると考えられたのです。33~45年に推定10万人の男性が同性愛の容疑で逮捕され、このうち約半数が有罪を宣告されました。強制収容所に送られたのは5000~1万5000人とみられていますが、何人が処刑されたのかは分かりません。
公式記録から削除されたローマ法王の発言
杉田議員や藤岡氏、小川氏といった「真正保守」に分類できる主張には、日本の人口減少をこのまま放置するわけにはいかない、同性愛者が増えるとそれでなくても低い出生率がさらに下がるという危機感が流れています。
人口減少を埋めるために「技能実習生」や「留学生」という名の移民を受け入れると、日本民族の血が薄れ、日本の伝統と文化が崩れる。それを防ぐためには日本民族の出生率を上げる必要があると考えているのかもしれません。
同性愛を「排除の対象」とみなす考え方は世界中を見回すと決して少なくありません。
カトリック教会は離婚や避妊、中絶だけでなく、同性愛にも反対してきました。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は先のアイルランド訪問からの帰り、「息子や娘を非難する前に対話し、理解し、干渉しないためにまず祈りなさい」と断った上でこう話しました。
「幼い頃から同性愛の傾向が現れるなら、その状況を知るために、精神医学を通してできることはいっぱいある」「同性愛の傾向を無視するのは父や母としての過ちだ」
この発言は同性愛を精神疾患とみなしているとして国際的な批判を集め、バチカンの公式記録から削除されました。ローマ・カトリック教会も、児童性的虐待スキャンダルや深刻なカトリック離れを巡って、保守とリベラルが激しく対立しています。
保守とリベラルの対立が激化しているのは日本国内だけでなく、世界的な潮流です。
LGBTが犯罪になる国72カ国
LGBTをめぐる世界の情勢を見ておきましょう。下のマップは国際LGBT&インターセックス協会(ILGA)がまとめたものです。真っ赤(LGBTが死刑に相当する国)になるほどLGBTは迫害を受けており、緑(同性婚が法的に認められている)になればなるほど、男性や女性と同じ権利が保障されていることを意味しています。
【LGBTが犯罪になる国】
男性の同性愛が違法な国72カ国
女性の同性愛が違法な国45カ国
死刑8カ国
刑期15年以上12カ国
刑期8~14年23カ国
刑期3~7年20カ国
刑期1カ月~2年か罰金10カ国
LGBTが罪に問われない国123カ国
【LGBTが保護されている国】
性的指向に基づく差別が憲法で禁じられている国9カ国
性的指向に基づく差別が禁じられている国63カ国
【LGBTの法的権利を認めている国】
同性婚24カ国
パートナーシップ28カ国
養子を認めている国26カ国
レズビアンのスタンダップコメディ
オーストラリア・タスマニア出身の女性コメディアン、ハナー・ガッズビーさんのスタンダップコメディ(西洋漫談)を記録したドキュメンタリー「ナネッテ」がネットフリックスで公開され、海外では大きな話題を呼んでいます。
ハナーさんはレズビアン。タスマニアではかつて同性愛は禁じられていました。ハナーさんは大好きな家族にも自分の性的指向を打ち明けることができず、ずっと苦しんできました。同性愛者を嫌う男にいきなり殴られたこともあります。
ハナーさんはコメディアンとして笑いを取りながら、自分の体験と葛藤をカムアウトしていきます。ファロクラシー(男根統治=男性が支配する社会)の中で築かれてきた芸術論、文化論に異を唱えます。
ハナーさんのパフォーマンスを視聴して心が激しく揺さぶられました。そして情報発信に携わる末端の1人として、こうした作品がカネになる時代になったことに未来への大きな可能性を感じました。
確信犯的な炎上商法か
インターネットが登場する前は、紙メディアは活字情報の流通を独占していたため、金回りも良く、健全な言論を発展させていく力にあふれていました。しかし今や、紙メディアの独占状況は完璧に破壊され、生き残りをかけた苦しい戦いを強いられています。
雑誌はもう当たり前のことを書いていて売れる時代ではなくなりました。雑誌は売れないと言論活動を続けることはできません。極端な主張、とんでもない言論、嫌悪や不安をあおる扇情的な記事でないと読んでもらえない悲しい現実があります。
「新潮45」は一定の読者を確保するために杉田論文を擁護する企画を確信犯的に組んだのでしょう。わざと問題を起こして注目を集める炎上商法なのかもしれません。
一方、ロンドンを拠点に映画をプロデュースしている筆者の友人によると、映画業界はネットフリックスやアマゾンの参入で、プロデューサーや俳優は奪い合いという好景気に沸いています。こうした環境では「新潮45」の企画より、ハナさんのような革新的なパフォーマンスの方がウケるようです。
(おわり)