一般入試が実質年2回化へ~東洋大入試から始まる地殻変動
◆東洋大、併願可能な学校推薦型選抜を実施
首都圏の中堅私大である東洋大学(東京都)が12月1日、学校推薦型選抜を実施しました。
他大学でも同様の実施があり、例年ならそこまで話題にはなりません。
しかし、東洋大の新入試が話題になっています。そして、この新入試が大学業界に地殻変動を起こす可能性が高いので解説していきます。
東洋大の新入試は「学校推薦入試 基礎学力テスト型」。
学校推薦型選抜には、受験可能な高校を大学側が指定する指定校制などがあります。この新入試は出身校を指定しない公募制であり、学校長の推薦と調査書があれば誰でも受験できます。
東洋大の他の試験との併願や他大学との併願も可能で、募集定員は全学部合計で578人。受験料は3.5万円で、この新入試による他学部併願も可能です。その場合、3併願以上からは1併願あたり2万円です。
併願可能な学校推薦型選抜はそこまで珍しくありませんが、東洋大が話題となったのはその選考方法です。
一般的な学校推薦型選抜では面接やプレゼンテーション、小論文などで判定しています。
東洋大は入試方式の名称にある通り、学力テストの成績で判定するのです。
教科・科目は英語と「国語[漢文を除く]」または「数学[Ⅰ,Ⅱ,A,B,C]」の2教科2科目です。
入試会場は東京都・埼玉県の東洋大4キャンパスの他、渋谷・新宿・千葉(習志野)・横浜など学外8会場でも実施されました。なお、千葉(習志野)と横浜は貸会議室などではなく他大学の教室です。
◆志願者が約2万人の大ヒット
朝日新聞12月3日朝刊(デジタル版は1日16時公開)によると、志願者数は約2万人、志願倍率は約35倍となりました。
もともと、開始前から併願可能で学力テストによる判定という点で話題になっていました。蓋を開けてみれば、想定以上の評判だったと言えるでしょう。
受験料収入は単純計算(1万人が2併願以下・3.5万円、1万人が3併願以上・2万円)でも5.5億円。Xに「錬金術」とのコメントがありましたが私も同感です。
ここまで大当たりした背景としては受験生側の「年内入試志望」と「年内入試対策疲れ」があります。
年内入試とは総合型選抜(旧・AO入試)と学校推薦型選抜を指しており、2010年代後半から、受験生の年内入試志向が強まっています。
受験生からすれば早期に合格ないし入学先を決めたい、という思いが強くあるからです。
ところが、その反面、受験生の間では「対策疲れ」が広まっています。今の総合型選抜・学校推薦型選抜は単純な面接でどうにかなるものではありません。
なぜその学部で勉強したいのか、将来のキャリアはどう考えているのか、など質問は出て当たり前になっています。他に小論文やプレゼンテーションなどを課す大学もあり、その準備だけで大変です。
矛盾するようですが、この2つの思いにうまくハマったのが、東洋大の新入試でした。
しかも、学力試験型の学校推薦型選抜は関西圏では近畿大など複数校で実施済みですが、首都圏ではほぼありませんでした。
受験生が殺到したのは自然な流れと言えます。
◆新入試はルール違反の可能性も
さて、この東洋大の新入試がルール違反ではないか、と話題になっています。
前記の朝日新聞記事(紙版12月3日朝刊、デジタル版12月1日16時公開)のタイトル「倍率35倍の人気、東洋大の新入試が物議 『ルール違反』と文科省」とあるように、文部科学省も注目しています。
結論から申し上げますと、この東洋大の新入試は「ルール違反である」「ルール違反ではない」どちらの言い方も成立します。
まず、大学入試のルールは毎年、文部科学省が「大学入学者選抜実施要項」を公開しています。各大学や高校団体などが参加している「大学入学者選抜協議会」で合意した内容が「要項」となります。
この「要項」の「第4 試験期間」では、学校推薦型を含めて「個別学力検査の試験期日は2月1日から3月25日までの間」と明記されています。
つまり、それより前に「個別学力検査」を課す東洋大学「学校推薦入試 基礎学力テスト型」はルール違反と言えます。
一方、後者の「ルール違反ではない」ですが、2020年度からの入試制度変更が影響しています。それまで、推薦入試・AO入試と呼ばれていた入試形式を学校推薦型選抜・総合型選抜に変更しました。合わせて、両選抜について、「自らの考えに基づき論を立てて記述させる評価方法(小論文等)、プレゼンテーション、口頭試問、実技、教科・科目に係るテスト、資格・検定試験等の成績など」または共通テストのうち、少なくともいずれか一つは必須とすることを定めました。
なお、この評価方法は前記の「大学入学者選抜実施要項」でも「第3 入試方法」で明記されています。
「教科・科目に係るテスト」が東洋大学「学校推薦入試 基礎学力テスト型」における基礎学力テストなので、ルール違反ではない、との言い方が成立してしまいます。
朝日記事では大学入学者選抜競技会の10月会合の模様や文科省の対応を次のように伝えています。
このため、学力試験を課す東洋大の新入試はルールに反する、という意見が出ている。10月の協議会の会合では、東洋大と名指しはしなかったが高校側から強い批判が出た。
全国の私学団体でつくる日本私立中学高校連合会の代表は「(主に学力検査で合否を決める)一般選抜の前倒しそのもの。学校推薦型選抜の名前には値しない」「高校の進路指導を混乱させている」と語り、国公立高校も加盟する全国高校長協会の代表も「高校における学習時間の確保という点からもかなり問題」「拡大しないように歯止めが必要」と発言した。
(中略)
東洋大の新入試について、文科省大学入試室の担当者は取材に対し、「実施要項に反している。大学にも『検討のうえ対応を』と伝えた」と明かした。
※朝日新聞記事(紙版12月3日朝刊、デジタル版12月1日16時公開)のタイトル「倍率35倍の人気、東洋大の新入試が物議 『ルール違反』と文科省」より
◆文科省は苦しい立場
こうした高校側の反発や文科省の対応が朝日新聞記事タイトルの「ルール違反」につながっています。
ただ、朝日新聞記事では関西の私大がすでに実施済みであることも伝えています。
朝日新聞デジタルの別記事では、東洋大学入試部長のインタビューを掲載。ルール違反では、との指摘に対して、部長は冷静に反論しています。
そもそも、「個別学力検査」の定義があいまいです。他大学では、例えば「総合問題」や「小論文」としながら、実質は英語や国語、数学の教科の試験というものもあります。
さらに関西を中心に、以前から秋に2教科の学力試験で判定したり、1月に一般選抜を実施したりという大学はたくさんあります。
関東の規模の大きな大学ということで目立ったかもしれませんが、それらが黙認されて、なぜうちだけ? という思いはあります。
この反論を上回る再反論が文部科学省に可能か、と言えばかなり厳しいでしょう。
「要項」の「第4 試験期間」ではルール違反、「第3 入試方法」ではルールの範囲内であり、どちらを優先すべきかは不明瞭です。
このねじれ状態は文部科学省としては想定の範囲外だったのでしょう。
とは言え、ねじれ状態を作ったのは文部科学省です。
当然ながら、東洋大学を問題視するのであれば、ねじれ状態を生み出した責任や、関西の私大を放置してきた責任を文部科学省は取るのか、という話にもなります。
文部科学省としては内心では「困った」と頭を抱えているに違いありません。
◆「ザル入試」批判を超えるため
推薦入試・AO入試の呼称が学校推薦型選抜・総合型選抜に変更となり、学力についても評価するようになった点は背景があります。2000年代から、面接のみで合格できる大学が増え、学力不足を指摘されるようになりました。
メディアでは、誰でも簡単に入れる入試方式として「ザル入試」と揶揄されるほどだったのです。
こうした批判を受けて、文部科学省は大学入試改革に取り組みました。
それが「第3 入試方法」の「教科・科目に係るテスト」につながっています。
学力試験を課さない大学でも面接で口頭試問的な内容を含むところは中堅以下の私大、定員を多少割る程度の大学でも相当増えました。
文科省の指導もさることながら、大学側としても「ザル入試」による反省があるからです。すなわち、ザル入試で簡単に入学させると、結果としては簡単に中退してしまうからです。大学側としては評判が落ちることにもなりますし、何よりも本来なら4年間の学費収入が見込めるところ、1~2年で中退してしまうとその分が減収となります。
それなら、多少、受験生や高校側に嫌われても選考のハードルを高くしておこう、と考える私大が増えたのです。
私が取材した限りでは、2024年現在も面接がザル状態であるのは4年制大学810校(私大622校)のうち、50校から100校というところ。
いずれも、経営難か、あるいは、スポーツ推薦の学生に全振りしているか(またはその両方)。
◆黙認か人数制限が落としどころ
話を東洋大新入試に対する文部科学省の対応に戻します。
前記のように、学力不足批判から大学入試改革は進みました。東洋大新入試はその盲点を突く形となっており、しかも、以前から関西圏の私大が実施済みです。
学力不足批判に対応するための大学入試改革をいまさら、元には戻せないでしょう。何よりも、関西圏の私大を見逃した点やねじれ状態を生んだ責任を文部科学省側も取ることになりかねません。
文部科学省としては組織防衛上、そんなことは認めたくないわけで。
そうなると、文部科学省としては、東洋大学に対して形式上の指導をして実質的に黙認するか、高校側の反発を考えて学校推薦型選抜・総合型選抜の定員のうち学力テスト型について人数制限をかけるか、そのどちらかでしょう。
どちらにしても、東洋大の新入試については特に問題ない、という話に実質、なってしまいます。
◆影響1:他大学や国公立にも波及・一般選抜が実質2回化へ
東洋大の新入試がこのまま継続した場合、大学入試や高校にも大きな影響が出ます。本記事タイトルにもあるように、それは地殻変動と言っていいでしょう。
主なものは「他大学や国公立にも波及・一般選抜が実質2回化へ」「給費生試験が拡大し大学格差が拡大」「高校格差が拡大~私立中堅校や地方進学校が有利に」の3点。
まず、1点目の「他大学や国公立にも波及・一般選抜が実質2回化へ」について。
東洋大の新入試が注目され、しかも志願者数が約2万人だったことから受験生の「年内入試志望」と「年内入試対策疲れ」という相反する志向が明らかになりました。
そうなると、首都圏の他の私大も同様の入試を実施する方向で進みます。
早慶上智ICUという難関大グループが実施するかは微妙ですが、いずれはGMARCHグループ(学習院、明治、青山学院、立教、中央、法政)は実施に踏み切るところが出てくる見込みです。
光熱費や諸物価の高騰で苦しくなっている大学経営を考えれば、受験料収入が増えることは大学にとって悪い話ではありません。東洋大学と同じ難易度の日本大学、専修大学、駒澤大学などもいずれ踏み切るでしょうし、中堅私大はなおさらです。
さらに、国公立大学にも波及する可能性があります。大学経営の厳しさは私大と同じか、それ以上に厳しいからです。
地方国公立大学が東京や大阪、あるいは札幌・仙台・名古屋・福岡などの大都市で実施、という状況は十分にあり得ます。
特に地方の高校では国公立志向が強いので、高校側の手間がかからない学力テスト型は歓迎されるでしょう。
そうなると、一般選抜は年1回ではなく、事実上、年2回実施、ということになります。
大学入試改革では過去に何度か、センター試験(現・共通テスト)の複数回実施が検討されました。
図らずも、この案が実質的には実現してしまうことになります。
◆影響2:給費生試験が拡大し大学格差が拡大
「要項」に縛られず、12月に学力テストを実施しているのが神奈川大学の給費生試験です。
戦前(1933年)からの実施であり、例外的存在として認められたのでしょう。
給費生試験とは合格すれば入学金や学費相当額、自宅外通学者に対しては生活援助金(年70万円×4年間)など最大で総額880万円が支給されます。
全国23会場で入試を実施、選考は学力試験です。
給費生として不合格になっても「一般入試免除合格」というカテゴリーがあり、2月の一般選抜試験を受験しなくても合格扱いとなります(入学金・学費等の支払いは必要)。
共通テスト前に合否が判明し成績等も開示されます。
国公立志望者にとっては模試代わりにも使えるので、例年、8000人前後が志願しています。
給費生としての合格は倍率が20倍~30倍と激戦ですが、一般入試免除合格だと倍率は3倍前後。
この神奈川大学の給費生試験は戦前からの実施であり、「要項」を定める大学入学者選抜協議会でも問題されてきませんでした。
「神奈川大給費生試験と同様の入試を」と他の私大関係者が考えるのは自然です。
実際、すでに帝京大学(奨学特待生選抜)などが導入しています。
今後も、学校推薦型選抜で東洋大学のような学力テスト型と神奈川大学給費生試験を掛け合わせた試験は各大学が導入していくでしょう。
ただし、受験生にアピールするためには、定員が数人程度では厳しいものがあります。最低でも100人か、あるいは数百人規模。受験会場も大学だけでなく首都圏私大なら首都圏を中心に複数、設けることが必要です。
中規模以上の私大で財政が健全なところであれば、これは無理な話ではありません。しかし、中小規模、かつ、財政が厳しい私大だと実施が厳しい、と判断してしまいます。
これは首都圏・関西圏だけでなく、中京圏や他の地方でも同様です。
その結果、受験生を集められる大学とそうでない大学の格差は今後、さらに開いていくものと予想します。
◆影響3:高校格差が拡大~私立中堅校や地方進学校が有利に
影響は大学だけにとどまりません。高校でもその格差が開いていきます。
学力テスト型の学校推薦型選抜や給費生試験が拡大していくと、入試時期は高校3年生の12月です。
入試である以上、高校の履修範囲全てが出題される可能性があるわけです。
そうなると、高校3年生の12月以前に受験対策ができている高校は有利になります。
具体的には、私立中高一貫校の中堅クラスです。
私立中高一貫校は、中学・高校が一緒であり、中高の履修範囲は5年間で終了。最終学年である高校3年生は受験対策に費やすことになります。
これが極端に進んでいるのが開成や灘など東大・京大合格者ランキングで上位に来る学校です。
東大・京大への合格者が少ない(またはゼロ)中高一貫校でも、最終学年は受験対策に充てることが可能です。
こうした中高一貫校の中でも中堅校は「12月入試」に対応できるので有利になっていきます。
公立高校でも各地方のトップ校から3~4番手あたりの進学校は補習授業などで受験対策を進めていきます。こうした公立の進学校も「12月入試」では有利になります。
一方、公立高校の中でも、大学進学者がそもそも多くない高校、あるいは進学校でも大学入試の変化を把握できていないところは「12月入試」では不利になる可能性が高いでしょう。
今後、考えられる影響を3点、ご紹介しました。いずれにせよ、東洋大の新入試は今後の大学入試を大きく変えるターニングポイントとなっていくに違いありません。