七盤勝負でキング・オブ・ボードゲームを目指せ!
将棋と囲碁の才能は別
「将棋に強い人は、囲碁も強いのですか?」
「藤井聡太四段が、将棋の天才というのはよくわかりました。では、これから囲碁に専念すれば、囲碁のプロにもなれますか?」
最近の将棋ブームの中で、筆者がしばしば受ける質問のひとつです。なるほど確かに、将棋と囲碁、両方得意な人はいます。
その代表的な人物は、本因坊算砂(ほんいんぼう・さんさ、1559-1623)でしょう。算砂は囲碁の最初の名人です。また、将棋の最初の名人である、大橋宗桂(おおはし・そうけい、1555~1634)と平手(ハンディなし)で将棋を指していた棋譜(指し手の記録)が残されています。
また、現代では、北村文男(1920-93)という人がいます。将棋では、日本将棋連盟の七段、囲碁では関西棋院の三段と、両方のプロ資格を有していました。
とはいえ、このような人たちは、長い歴史の中では、例外的な存在です。将棋と囲碁は、大きくゲーム性が違います。その上で、どちらもそれぞれ、気が遠くなるほどに、奥が深い。両方とも上達しようとするのは、大変です。2018年現在、将棋と囲碁、どちらのプロ資格も持っている、という人はいません。
では、将棋と囲碁。両方の分野の技量の総合力が、最も高い人といえば誰でしょうか? これはかなり興味深いところです。もしかしたら、将棋や囲碁のトップクラスが、そのまま上位に入るとは限らないかもしれません。
桑名七盤勝負
近代五種(射撃、フェンシング、水泳、馬術、ランニング)という競技があります。文字通り、多くの種目で争って、その総合点を競う、というもので、西洋では、近代五種は「キング・オブ・スポーツ」とも呼ばれるそうです。
また、陸上では、男子は十種(100m走、110mハードル、400m走、1500m走、走り幅跳び、走り高跳び、棒高跳び、やり投、砲丸投、円盤投)、女子は七種(100mハードル、200m走、800m走、走り幅跳び、走り高跳び、やり投、砲丸投)という競技があります。これらのチャンピオンは「キング・オブ・アスリート」「クイーン・オブ・アスリート」と称えられるそうです。
同様に、いくつものボードゲームで総合的な技量を示せる人は、「知の王者」と呼べるのかも知れません。将棋、チェス、どうぶつしょうぎ、囲碁、連珠(競技五目並べ)、オセロ、バックギャモン。それら7種目を同時にプレイするのが「桑名七盤勝負」という競技です。
競技発祥の地は、その名の通り、三重県桑名市でした。思いついたのは、「桑名囲碁将棋サロン庵(いおり)」代表である、大川英輝さんです。
大川さんは、囲碁と将棋の強豪、というわけではありませんでした。他の種目に至っては、ほとんど知らないに等しかった。そんな大川さんは逆に、多くのお客さんや指導者から、それらを教わる機会を得ました。
多くの人と知り合ううちに、大川さんは、それらの人たち同士に、種目を超えて横断的に仲良くなってもらい、ネットワークができるようにならないかと考えました。
そこで考案されたのが、「桑名七盤勝負」です。
7つの種目を並べ、同時にプレイする。そのことによって、多くの人が自然と、1つの競技に関われるようになりました。
大川さんたちは、200局ほど試行錯誤した結果、いろいろなことに気づきました。たとえば、囲碁と連珠を隣り同士にすると、わけがわからなくなる。連珠とどうぶつしょうぎは、比較的早く終わる、などなど。
そうして2017年2月、初めての大会が開催されました。地元のテレビ局からも取材を受け、SNSを通じて、大きく話題にもなりました。
ボードゲーム7種目
改めて、七種のゲームを見てみましょう。
将棋は9×9の盤で、40枚の駒を使い、相手の玉(王)を詰ます(動けなくする)と勝ちというゲーム。取った駒を持ち駒として使えるのが、日本の将棋の特色とされます。
チェスは、世界で最も競技人口が多いと言われるボードゲーム。8×8の盤で、36個の駒を使います。将棋の実力との相関性は比較的高く、羽生善治竜王、青嶋未来五段などは、日本トップクラスのプレイヤーに数えられています。
どうぶつしょうぎは、2008年に開発された、新しいゲームです。3×4の盤に、8枚の駒を使います。将棋の強豪でも、そう簡単には攻略できません。
囲碁は19路盤が一般的です。しかし最近では、9路でも遊ばれるようになりました。入門用と位置づけられることが多いのですが、実際にやってみれば、9路だけでも奥深いことがわかります。
連珠は日本だけでなく、全世界に競技者がいます。黒白順に石を打っていって、基本的には5つの石を並べれば勝ちという、シンプル極まりないゲームです。何の制限もなければ先手の黒が必勝となりますが、黒側にいくつかの禁じ手を設けることにより、絶妙なゲームバランスとなります。
オセロ(リバーシ)は黒と白を互いに打ち、はさめばひっくり返せるというおなじみのゲーム。2017年、小学6年の天才少年、高橋晃大さんが、世界選手権で決勝まで勝ち進み、準優勝という成績を収めて、話題を呼びました。
バックギャモンは「西洋すごろく」とも言われるゲーム。サイコロを使うところが、他の6種と違いますが、運だけでは、勝負は勝てません。厳密に確率を考え、いかに戦略的に駒を進めていくか。プレイヤーの実力が大きく反映されます。
まず前提として、ボードゲーム7種目、すべてのルールを把握して、プレイするだけでも大変です。その上で、さらに上達しようとするのも、大変。そうした意味では、かなりハードルの高い競技かもしれません。しかし、逆に言えば、飛び抜けて得意な種目がなくとも、どれもまんべんなくこなせる人に、チャンスが生まれることになります。
知の総合競技
2018年1月8日。桑名七盤勝負の大会が、東京都江東区の森下文化センターでおこなわれました。
1人のプレイヤーは7つの盤で手を進め、すべて終わった時点で、対局時計を押します。全部で45分の持ち時間が切れてしまうと、残っている種目は、全て負けになってしまいますので、決断よく進めていかなければなりません。
「碁に負けたら将棋に勝て」
そんな言葉があります。「一方で失ったらその事をくよくよせず、他方でとり返せというたとえ」(『広辞苑』第6版)と、辞書には説明されています。七盤の際には、比喩ではなく、1つの種目で負けても、他で取り返すことは可能です。
女性の参加もありました。藤田麻衣子さんは、将棋の元女流棋士です。
藤田さんは、最近では、どうぶつしょうぎのデザイナーとしてもよく知られています。今回の大会では、連珠やオセロの強豪と大熱戦を演じ、トータルの勝負を制していました。
「この競技は、1種目でもバカにできないんです。前は苦手な種目が2、3あって、それだとダメだとわかりました。オセロは苦手だったんだけど、七盤がきっかけで、ずっと打っているうちに、やっと面白さがわかってきた。今日は逆に、オセロが武器になりました。この大会に出ない人は、人生、損していると思います!」
藤田さんにすれば、それぐらい面白い競技なのだそうです。
優勝したのは、中村圭吾さんです。
中村さんは京都大学将棋部の出身で、学生準名人にもなったことがある「将棋勢」。他の種目でも手堅くまとめ、優勝決定戦では3-3で残ったチェスで、見事に相手のキングをチェックメイト(詰み)に打ち取りました。
以前の大会では、決勝で敗れたという中村さんが、雪辱を果たしました。
「完全無欠、7種目全部を勝って完全優勝という人は、そうは出てこないと思います」
と大川さん。
まだまだ始まったばかりの、この競技。今から始めれば、すぐに世界ランクイン!を狙えます。そして、これまでなじみのなかった、新たなボードゲームに触れてみるのは、いかがでしょうか。