グラフを変えて見る「過去最高の防衛費」
報道によると、防衛費が初の5兆円台の大台に乗り、過去最高になるそうです。
今までも概算要求で5兆円超えだった事はありましたが、当初予算で5兆円超えは今回が初めてになりそうです。
記事中では防衛費が4年連続増加していること、社会保障費を除く各経費が横ばいの中での「例外枠」になっている事を指摘しており、防衛費増に否定的な方からは批判の声が上がると思われます。
一般的に防衛費は、国外の情勢に応じて増減されます。周辺国と緊張状態にある時は上昇圧力が働きますし、逆に周辺国と関係が安定すれば大規模な削減も可能です。厳しい財政状況の中、日本が防衛費を増額するのは、活発化する中国の海洋進出を睨んでの事と各紙は指摘しています。日本の周辺情勢が怪しくなってきた、ということですね。
日本の周辺情勢が怪しいとなると、周辺国の防衛費はどうなっているのでしょうか。かつて、日本が防衛費世界2位の時期もありましたが、現在はどうなのでしょう?
そこで、今回はこの20年間の防衛費の推移について、トップグループの中で日本がどの程度の位置にあり、それがどう推移したのかをグラフィカルに見ていくことで、「過去最高の防衛費」がどういった意味を持つのかについて考えてみましょう。
単純な比較が難しい防衛費
防衛費は世界の様々な国で計上されていますが、国によってその内容は大きく異なっています。
例えば、イギリスでは沿岸警備隊はもっぱら救助活動を行う組織で、領海の警備活動は海軍が行うのに対し、日本やアメリカでは海上保安庁や沿岸警備隊のような専門組織が領海での警察活動を行っています。そのため、イギリスと日本の国防費を厳密に比較する場合、海上保安庁の予算も防衛費に含める必要があるかもしれません。
また、公表されている中国の国防費には、装備品の輸入にかかる費用や、装備の研究開発費などの様々な軍事関係経費が含まれておらず、実質的な国防費は公表値の倍近くあるのではないかという推計もあります(中国の国防費については、拙稿「日本の防衛費過去最高を記録。近隣国は?」を参照ください)。
このような各国の軍事組織や制度の違いから、公表される防衛費を比較するだけでは不十分な事が分かると思います。しかし、比較のための修正は、修正方針の一貫性や修正者の思想まで問題が及ぶため、信頼性と中立性を担保するのは簡単ではありません。
そこで比較には、国際的に定評のあるスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が集計・公表している、各国の軍事支出データベース(SIPRI Military Expenditure Database)のデータを利用したいと思います。SIPRIでは様々な要素を勘案して各国防衛費を集計し、その国の通貨ベースの防衛費や、為替変動を考慮したドル換算の防衛費など、増減に影響を与える様々な条件下でのデータを公表しており、中立性の面でも信頼性が高いとされます。
ツリーマップによる各国防衛費の比較
それでは、現在集計・公表が済んでいる2014年の防衛費トップ15を見てみましょう。一般的に防衛費の推移は、折れ線グラフを用いて表現される事が多いです。しかし、1位が圧倒的で2位以下が近い額で固まっている防衛費を折れ線グラフで表すと、下のグラフのように線が密集して比較しづらい問題がありました。
そこで今回は視認性を重視して、全体に占める面積で数値の大きさを表すツリーマップ表現を用いてみたいと思います(本来のツリーマップは階層構造を表現するものですが……)。トップ15の中で、どの国がどれだけ防衛費を使っているかがよく分かると思います。
2014年はアメリカが大きく他を引き離して1位。次いで中国、ロシア、サウジアラビアの2~4位組がトップグループを形成しています。フランス、イギリス、インド、ドイツと来て、9位に日本。10位以降は韓国、ブラジル、イタリア、オーストラリア、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコの順で、この15カ国が現在の世界の軍事支出トップ15になります。
この15カ国の防衛費について、20年間の推移を見ていきましょう。
20年前の1995年はどうでしょうか。この頃は日本がアメリカに次いで防衛費2位でした。ソ連崩壊以後の混乱でロシアが大きく順位を落としており、イタリアや韓国よりも低いのは時代を感じさせます。なお。SIPRIのデータベースでUAEの防衛費が集計されるのは1997年以降で、この頃はまだ載っていません。
2000年の状況はどうでしょうか。この年もアメリカに次いで日本という傾向は変わりませんが、全体に占めるアメリカの割合が増大しているのが分かります。アメリカ一強です。
2005年はアメリカ一強がさらに強まります。2001年の米国同時多発テロ以降、アメリカが戦争状態になったために防衛費が増大したためです。また、日本の順位は5位となり、この年初めて中国(4位)に抜かれる形になっています。
2010年になると、アメリカ一強の状況ではあるものの、中国が存在感を見せてきます。2005年よりアメリカの防衛費は増えているのですが、それでもトップ15に占めるアメリカの割合が低下しているのは、中国が金額ベースで倍以上の伸びを見せているためです。2007年以降、アメリカ1位、中国2位という状況が固定化されており、3位以下に大きな差を付けるようになります。一方、日本は安保理常任理事国の下という形になり、この傾向が今に続いています。
もう一度2014年に戻りましょう。アメリカ一強であるものの、中国の存在感が年を追うごとに大きくなっています。日本はインドよりも下の順位です。日本は4年連続で防衛費を増額していると言っても、その上昇額が僅か過ぎて、他国の伸びには追いついてない状況です。このペースですと、日本の防衛費が韓国に抜かれるのも時間の問題と思われます。
控えめな「過去最高」
さて、ここ20年の防衛費の推移を見ると、相対的に日本は減少傾向にあり、絶対的な額でも周辺国から突出したものではない事が分かります。防衛費が過去最大となる事をして「軍拡」と批判する向きも見られますが、周辺国とのバランスを見れば僅かな上昇に過ぎず、むしろ抑制的なレベルと言えるでしょう。「過去最高」でも、周辺と比べて突出して高い訳ではありません。
防衛費が抑制的である事は誇って良いと思いますが、その結果として、周辺国との軍事バランスが不均衡が生じるのは良い事ではありません。ですが、現実的に周辺国(特に中国)の増加ペースに合わせた防衛費の増額は不可能と言っていいでしょう。
防衛費の飛躍的な増額が見込めない中、軍事力の不均衡を防ぐにはどうすればいいでしょうか。その1つの答えとして、強い軍事力を持った国との協力関係を強固にする方法があります。つまり、同盟関係の強化です。日本政府が日米同盟の強化を推し進め、集団的自衛権保持についての解釈変更も辞さなかったのには、こういう背景もあるのでしょう。
同じデータでも、グラフを変えてみると、相対的な関係がより分かりやすくなったのではないでしょうか。今回は防衛費がネタでしたが、違った分野でも様々な視点・切り口で見ることで、面白い結果が出るかもしれませんね。
※本記事中では画像ファイルとしてツリーマップを掲載しておりますが、下記URLではツリーマップ画像を生成したJava Scriptによるアニメーションを公開してありますので、興味のある方は御覧ください。