Yahoo!ニュース

レジーム・チェンジとは何か

久保田博幸金融アナリスト

アベノミクスの支柱になっている異次元緩和について、「レジーム・チェンジ」と安倍首相は語っていた。本田悦郎内閣官房参与は2013年2月の時事通信社とのインタピューで次のように語っている。

『「レジームチェンジ」、つまり金融政策の枠組みを変えることによって、緩やかなインフレ予想を国民に持ってもらうことが重要だということです。デフレに順応するのではなくて、デフレと闘う積極的な金融政策、積極的な日銀を演出する。そのためには、それまで日銀がやっていたような小出しの金融緩和ではだめです。2%のインフレ率を達成するまでは「無制限」に国債、特に長期国債を買っていくとアピールすべきだと申し上げました。「レジームチェンジ」「無制限国債購入」でいきましょうと。』

安倍首相がレジーム・チェンジという用語を口にしたのは、本田氏の助言によるものなのかもしれない。日銀が無制限に国債、特に長期国債を買っていくと2%の物価目標が達成できるとの主張である。

レジーム転換(レジーム・チェンジ)という用語については、「需要がないから、いくら資金を供給しても無駄という受動的な金融政策のスタンスを、事前に決められたインフレ率に到達するまで積極的に資金を供給し続け、断固としてデフレに立ち向かう、という能動的な金融政策へ転換させることを意味している」との解説もあった(「平成大停滞と昭和恐慌」田中秀臣・安達誠司著)。

この本のなかで、レジーム転換の事例として、高橋財政における1931年11月の禁輸出禁止と1932年12月の日銀の国債引受開始をあげている。

ここでいくつか疑問が生じる。そのひとつが、日銀が無制限に国債を買い入れれば、どのようにして物価に働きかけるのか、という経路問題である。これについては黒田日銀総裁の説明による3つの経路が詰まっているのではないかと、先日このコラムでも指摘した。

安倍自民党総裁は昨年11月に輪転機ぐるぐるという発言もしていたが、日銀が国債を直接引き受けて財政ファイナンスを行うようなことがない限り、日銀が市場からいくら国債を買い入れても日銀の当座預金残高やベースマネーが膨らむだけとなる。ただし、政府が財政拡大を行い、その資金を日銀による国債の直接引き受けで行えば、現在はそれが財政法で禁じられているぐらいであり、インフレを引き起こしてデフレ脱出に効果はあるかもしれない。しかし、今回の異次元緩和は財政ファイナンスを意図したわけではないと、政府も日銀も説明している。

1932年12月に開始された日銀の国債引受は、金輸出解禁により財政拡大が容易になるとともに、主に満州事変による軍事費拡大に対応したものである。シ団による引受が国債価格の下落等で困難になっていたこともあり、国債発行にはいったん日銀が引き受けるという手段を講ずるほかなかった。これは財政ファイナンスという格好となったが、日銀が保有した国債は銀行等に売りオペでその多くを売却したことで、高橋財政時においては、少なくともインフレそのものは抑えられていた。

もし高橋財政時の1932年12月の日銀の国債引受開始を大きなレジーム・チェンジとするのであれば、アベノミクスの金融政策のレジーム・チェンジも目指すところは、財政ファイナンスではないかとの疑問も出てくる。

ただし、高橋財政時のデフレ脱却は、日銀の国債引受が始まった頃にはいったん完了していた。高橋蔵相は日銀引受による国債発行について、以前に明らかにしていたが、その期待がデフレ脱却に大きな働きをしていたとは思えない。最初のレジーム・チェンジとされる1931年11月の禁輸出禁止により、円安政策や金利の低下策等が講じられ、期待というよりも直接に実体経済に働きかけられていた面があり、日銀が国債を大量に購入すればデフレから脱却できる、という効果については甚だ疑問が残る。

高橋財政時の株価の様子をみると、1931年11月の禁輸出禁止により円安・株高が進むが、いったん調整局面を迎えている。このあたり現在の株安と似たところがある。高橋財政時でそれがまた急回復するのが、1932年12月の日銀の国債引受開始時あたりとなっていたのは確かである。もしアベノミクスでも第二のレジーム・チェンジが必要となるとするならば、それはいったい何になるのであろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

牛さん熊さんの本日の債券

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月20回程度(不定期)

「牛さん熊さんの本日の債券」では毎営業日の朝と引け後に、当日の債券市場を中心とした金融市場の動きを牛さんと熊さんの会話形式にてお伝えします。昼には金融に絡んだコラムも配信します。国債を中心とした債券のこと、日銀の動きなど、市場関係者のみならず、個人投資家の方、金融に関心ある一般の方からも、さらっと読めてしっかりわかるとの評判をいただいております。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

久保田博幸の最近の記事