先月成立した<パワハラ防止法>の解説と今後の課題
ハラスメント防止法が成立
2019年5月29日、参議院本会議で「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」が可決され、同法が成立しました(施行時期は、早ければ大企業が2020年4月、中小企業が2022年4月と報じられています)。
この法律は、下記のニュースにもあるように、我が国で初めてパワーハラスメントについて規定し、その防止をするための措置を講じる義務を企業に課したものです(セクハラについても新たな規制を課しています)。
このパワハラについて防止措置義務を定めた部分の法律は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という長い名前の法律で、なじみのない法律です。略して、「労働施策総合推進法」と呼ばれることもありますが、それでも長い名前です。
しかし、今後、パワハラについては、この法律を根拠として、様々な展開がなされることになります。
そこで、この記事では、この法律のパワハラ部分について、解説をしていこうと思います。
この法律の目的は?
まず、この長い名前の法律は、かつては「雇対法」と呼ばれた「雇用対策法」というシンプルな名前の法律でした。
これが先般の働き方改革推進法によって名称が変わり、現在の長い名前の法律となりました。
そして、この「労働施策総合推進法」の目的は1条1項に定められており、次の通りです。
・・・長い、長すぎる。
まぁ、要するに、「国は労働政策がんばるぞ!」ということです。
ちなみに、この目的部分は今回の改正ではいじられておりません。
国の取り組むべき施策にパワハラ問題が追加
法律第4条に「国の施策」という条文があります。
改正前の法律では、「国は、第1条第1項の目的を達成するため、前条に規定する基本的理念に従つて、次に掲げる事項について、必要な施策を総合的に講じなければならない。」として、施策を講じることを国に義務付けていました。 これが、今回の改正で「(前略)次に掲げる事項について、総合的に取り組まなければならない。」となりました。
そして、その取り組むことの中に
が新たに加えられました。
この「職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題」がパワハラ問題です。
したがって、この規定により、国は、パワハラ対策に乗り出すことが義務付けられることになります。
企業が採るべき措置の規定
そして、「第8章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」という新たな章を設け、この章の中でパワハラについて諸々規定されました。
まず30条の2として「雇用管理上の措置等」という条文を設け、第1項で次のように定めました。
この条文は重要で、まず、法律で初めてパワハラを定義しています。
キーワードとしては
「職場において行われる」
「優越的な関係を背景とした言動」
「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」
です。
法律家としては、「職場」とはどの範囲か、「優越的な関係」とは何か、それを「背景」とするとはどのようなことを指すのか、そして、「業務上必要かつ相当な範囲」とはどこまでか、というところが気なるわけですが、既に裁判例も豊富にあるところですので、このような定めでもある程度の明確性を持っているといえます。
また、これまで言われていたパワハラ6類型などは、指針などに明記されるものと予想されます。
さて、この条文の構造ですが、ここでは事業主を名宛人として、パワハラに対して、
(1)当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
(2)その他の雇用管理上必要な措置
をとることを義務付けています。
法律上、企業は、(1)の相談に応じられる体制を構築することは必須になりました。(2)については、これから規則などが整備されて内容が明らかになります。
なお、こうした「措置」をとることを企業に義務付けることを「措置義務」といい、規制としては、措置さえとれば義務を果たしたことになるので、ややぬるい種類になりますが、こうした措置を取らせることも十分に意味はあります。
相談等をした労働者に対する不利益取り扱いの禁止
さて、条文を読み進めましょう。
この条文の第2項は、次の定めが置かれています。
これは、パワハラを受けた労働者が相談したり、その相談対応に協力した労働者に対して、そうしたことを理由に企業は解雇その他の不利益処分をしてはならないよ、という極めて当たり前のことを定めた条文です。
極めて当たり前ですが、世の中にはこういうことがあるので、わざわざ法律でやってはいけないよというメッセージを送っているわけです。セクハラに関することですが、最近では、こういうニュースもありましたね。
指針を定める
3項以降は、この措置を講ずるための指針を厚労大臣が定めるための手続などが規定されていますので略しますが、実は、この「指針」は行政機関(この場合は労働局)にとっては大事なものですので、今後、この法律に関してどういう「指針」が作られるか、注目していく必要があります。
そして、この法律の指針は労働政策審議会での会議を経て作られます。現在のところ、これについての会議の開催情報はないですが、近いうちに開催されるでしょう。
国、事業主及び労働者の責務
次の条文に進みます。
法30条の3ですが、これは「国、事業主及び労働者の責務」を定めたものです。こうした法律で労働者を名宛人とする条文が入るのは珍しいのですが、何が書いてあるのでしょうか。
まず、1項は国の責務が書いてあります。
これは、国はパワハラ問題に対して、広報活動、啓発活動その他がんばらないといけないぞ、ということですね。
2項は事業主の責務です。
これは働く現場にも影響がある条文です。
企業に対して、パワハラに関する研修の実施やその他必要な配慮をすることの努力義務が定められています。
少なくとも研修の実施はしないといけないことになりそうですね。
その他の配慮については、今後、規則の制定で明らかになっていきます。また、企業には国の講ずる措置にも協力するよう求められています。
3項も事業主の責務です。
これは企業の社長も役員も、パワハラ問題に関心と理解を深めて、労働者に対する言動に注意をしなよ、ということを言っています。
事業主自身(社長や取締役など)がパワハラをしては元も子もありませんので、当然ですね。
そして、4項が労働者の責務です。
これは、労働者の側も、パワハラについて関心・理解を深めて、他の労働者に対する言動に注意しなよ、と定めています。
この条文によって、事業主(社長など役員含む)も労働者も、パワハラについて関心と理解を深める努力をすること、そして、国はそのような関心・理解を促す広報活動をすることなどが定められたということになります。
実効性は??
ここまでが実質的な内容です。
多くが理念的な内容なので、パワハラをなくすという点について、その即効性には疑問符がつきます。
とはいえ、これらの定めがあることで、もしこれに反することをしている企業があれば、行政機関は指導・勧告が可能ですので、何もなかった現状に比べれば大きな意味があるともいえます。
紛争解決のための「調停」の導入
こうした措置義務を新設したことに加えて、パワハラ問題でも、紛争解決のための調停が使えるようになったことも大きな改正点です。
労働者個人と使用者との間の紛争である個別労使紛争においては、行政機関の手続としては、現在、労働局で助言・指導が行われたり、「あっせん」という紛争解決手続が行われています。これは、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」を根拠に行われているのですが、これの特例が定められました。
その結果として、パワハラに関する紛争については、こちらの法律に基づくことになり、助言・指導にとどまらず、勧告までできることになり、「あっせん」ではなく「調停」が行われることになりました。
同じような手続は、セクハラやマタハラの場合にも規定されています。
ただ、セクハラやマタハラに関しては、残念ながら調停の利用状況は少ないのが実情です。
たとえば、平成29年度でこの調停を申請した件数は、セクハラで34件、マタハラで20件<11件(均等法)・9件(育介法)>です(平成 29 年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況)。
もっとも、パワハラに関する「あっせん」の申請数(「いじめ・嫌がらせ」を理由とする申請件数)は、諸々の労働問題がある中で1位を独走中で、平成29年度の「あっせん」申請件数は1529件もあります(平成29年度個別労働紛争解決制度の施行状況)。
理屈上は、これらのもののほとんどが、「あっせん」ではなく、労働施策総合推進法における「調停」に回されることになります。
そして、「調停」は「あっせん」よりも強い手続きであるので、調停手続を行う調停委員会は、関係者の出頭を求めて意見を聴いたり、調停案を作成して、関係当事者に対しその受諾を勧告することができるようになります。
現在「あっせん」で行われている多くの件数がこの「調停」に回されれば、数年もすれば紛争解決の実態が明らかになってくると思います。
今後の課題
さて、ここまで見たところで、鳴り物入りでできた法律のわりに、パワハラ対策として、随分とまどろっこしいなと思いませんでしたか?
それは、この法律が、あくまでも企業(事業主)を対象にパワハラ防止措置をとることを求めるにとどまり、端的にパワハラ行為を禁止していないから感じるものだと思われます。
そこで、第一の課題は、パワハラについて防止措置義務だけでなく、端的に行為禁止規定を設けるべきだといえます。
そして、視点を労働者に移し、労働者の権利として、パワハラのない職場で働く権利があることを法によって明らかにし、これが侵害された場合に損害賠償ができるということを明確化するべきだと思います。
今後の課題において光明となるのは、今回の法律が国会の厚生労働委員会を通過する際、衆議院・参議院ともに、全会一致で可決された付帯決議があることです。
この付帯決議の中身は、いわゆる就活セクハラやフリーランスに対するハラスメント、取引先からのハラスメント、さらには性的マイノリティに関連するハラスメントなどについても措置を講ずることを求めるもので、今後のあらゆるハラスメントをなくすための法制度を構築するための足がかりとなるものです。
現在、国際労働機関(ILO)の年次総会で、働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)をなくす条約づくりの議論が始まっています。ハラスメントは日本だけの問題ではなく、国際的な問題なのです。
今回の法改正で、新たにパワハラに対する事業主の措置義務が設けられ、ハラスメント対策が進んだことは評価できます。
しかし、あるべきハラスメント防止法の観点から見れば、改善すべき点はまだ多いといえます。
是非、この法案を着地点とすることなく、より実効性のある法整備を目指していき、職場においても、あらゆるハラスメントの根絶に取り組んでもらいたいと思います。(了)