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「カニの女王様」が教える営業の極意【柏惠子×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストの柏惠子さんは、リカレント教育を積極的に行っています。45歳で初めてパワーポイントを触り、50歳でTOEICを485点から880点にスコアアップ。55歳でMBAを取り、60歳手前で起業されました。どんどん新しいことに挑戦している柏さんに、目標を達成するために大切なことを聞きました。

<ポイント>

・柏惠子さんがスランプを乗り越えるためにしたこと

・「共に創ること」が経営理念のファーストステップ

・いつも自分を更新、最後に頼りになるのは自分自身

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■スランプの乗り越え方

倉重:スランプは誰でもやってくると思うので、その脱出法を、ぜひ読者の皆さんに向けてお願いします。

柏:営業職の方だけでなく、確かにスランプは誰にもやってきますね。自分は先ほどお話させて頂いた仕事中に崩れてきたタラバガニの下敷きになり寝たきりになってしまった時に、その根本的な脱出方法を学びました。

この時のお医者さんは結構悲観的でした。患部を動かさず安静にして、4カ月経っても歩けなかったら手術ですね、神経が集中している所なので半身不随になる可能性がありますと言うのです。でも、私は妙に自分は治るという自信がありました。

その理由は手帳に書かれた目標です。1年程前から「フランクリン・プランナー」という手帳に目標を書いて、毎日できることをしていると、小さなことから大きなことまで達成してしまうという成功体験を持っていました。

寝たきりになりましたが、まさに寝ていれば治ると信じて全力で寝たきりになりました。4カ月後に医者にその話をしたら「ご家庭があるのにおうちの事もしなかったのですか?」と言われて、え?そうなのと思いましたけど・・・・手帳には、戻ったら良いマネージャーになると書いて、毎日人事関係の本を2冊ずつ読みました。

それで一度職場に復帰するのですが、やはり腰が痛くて、結局44歳で次を決めずに会社を辞めてしまいます。そのときも、普通は不安なのでしょうが「手帳に書けば、目標はかなうから大丈夫だ」となぜか妙な自信がありました。

そんな経験から、人生はいろいろと挫折も多いけれども、どんなひどい状況でも、常に「自分がこうなりたい」というゴールを持っていたら立ち直れるということを、今度はたくさんの人に伝えたいと思い、使っていた手帳を当時扱っていた「7つの習慣」のフランクリン・コヴィー社に転職しようと決めて3回応募しました。

倉重:3回も応募したのですか。

柏:そうです。35歳までしか募集をかけていないのに、45歳で応募したので、何回も落ちてしまうのです。

倉重:「何回も言ってくるから仕方がない」といって採用されたわけですか。

柏:最後はうっかり年齢を見なかったのだと思います(笑)。この時は1名の応募に75名来たそうですが、このかなりの激戦を乗り越えて一番行きたいと思った会社に入れたことが「自分がきちんとしたものを持っていたらくじけない」という強烈な成功体験になりました。その後フランクリン・コヴィー社には12年もいることになるのですが、この経験からスランプや大変な状況になった時には、まず自分のゴールをはっきりさせるという事が大切だと学びました。

でも、ゴールがあっても達成のスキルがないと達成できる確率が下がるので、達成方法も必要です。これが、スランプ等で行き詰まってしまった時の脱出に効果的なのでご紹介しますね。ずばり、一回にひとつの事に脇目もふらずに集中する事です。

前職での12年のうち半分ぐらいは、お話した通り全然売れなくて大苦戦をしました。特にリーマンショックの後の数年は、まったく予算に届かず大変な想いをしたのです。それまでが女王様営業でしたので、これは本当に辛かったです。

「どうしたらこのスランプを抜け出せるだろうか」と脱出方法を書きだしていきました。前職のフランクリン・コヴィー社の「フランクリン」という文字は、アメリカ建国の父と言われ、100ドル紙幣の肖像にもなっているベンジャミン・フランクリンに由来しています。自伝によると彼はかなりの放蕩息子でしたが、28歳頃「自分は徳のある人になろう」と決意をします。そして、「こういう人になりたい」というものを13個作って(13の徳目と後に言われるのですが)、1週間に1個ずつ達成していきました。このやり方を、ベンジャミン・フランクリン・ウェイと言います。

私もそれを営業のスランプ脱出で応用できないかと考えて、「営業で成果を挙げるための13の徳目」を作ったのです。

倉重:せっかくなので、その13個を紹介させていただきます。

1、事前にお客様のことを徹底的に調べる。

2、商談の内容を記録に残す。

3、信頼の構築のためにできることをする。

4、傾聴。相手80、自分20。

5、数字を加えた言葉を話す。

6、お客様と徹底的に同じ言葉を使う。

7、紹介を依頼する。

8、訪問先近くの1軒に必ず電話する。

9、3日以内のアポを取る。

10、正確な顧客リストを常に更新する。

11、繰り返しのアプローチをする。

12、自己投資は最大の顧客サービスである。

13、自分自身の見栄えを良くする。

柏:すごくあたりまえの事ばかりではないですか?

これをスランプになると1週間にひとつずつ選んで達成していきました。

その後、『私はどうして販売外交に成功したか』という古いものですが有名な営業の本を読んだら、著者のフランク・ベドガーさんも同じように作っていて「アメリカ人なら誰でも知っているベンジャミン・フランクリン・ウェイですが、これをしているという人に会ったことがない」と書いてあったのです。「私は日本人だけどしている」と思ったら、すごくうれしかった覚えがあります。

倉重:なるほど。

スランプで変な方向に行ってしまうと、深みにはまってしまいます。

良かったときの自分を記録して、そのとおりにするのはすごくいいと思いました。

柏:やはり自分で作るということが大事です。

ベンジャミン・フランクリンも、友達に言われて「謙遜」を付け加えたのですが、最後まで達成できなかったと自伝に書いてあります。

人に言われたことは、自分ではなかなかできません。

倉重:なるほど。今、営業ができないとか、ものが売れないと悩んでいる人でも、ちょっとした努力を積み重ねることによって、必ずできるようになるということですね。

柏:小さなことでも、すぐに数字に跳ね返ってきます。こんなに沢山作らなくても、できそうなものからやって行けば良いと思います。集中です、集中。私は、この中で特に12番の「自己投資は最大の顧客サービスである」と「自分自身の見栄えを良くする」が気に入っています。「自分自身の見栄えを良くする」為に、50歳の時に「毎年1歳ずつ若返ろう」という目標を立てました。どんどん若返って今年は40歳になってしまうので、そろそろ限界かなと思っています。

こんな経験から目標を立てて達成する事は殆ど趣味のようになってしまい、現在の会社では組織の目標を明確にして、その中で働くひとりひとりが、組織の中で活き活きと働き成長する為のサポートをしています。人生のうちの多くを過ごす会社の中で「この会社はつまらない」と思うのも人生だし、「今いる組織でできるだけ成長したい」と思うのも人生ですから、どうせ働くなら楽しく働いて行きたいですよね。

■経営理念を浸透させるには

倉重:ピグマリオンでは、経営理念を作って浸透させることをしているのですよね。

柏:はい、私の会社は営業研修と経営理念研修の2つの柱で仕事をしています。経営理念の仕事では、昔風の呪文のように長い経営理念を使い易いものにしたり、経営者の覚悟風の経営理念を刷新したりして、組織に浸透させるという事をしています。

倉重:なるほど。

柏:経営者の覚悟風というのは、「うちの会社はこうなろう」「私は会社をこうしたい」という様なもののことです。そういうものではなくて、やはり社員のみんなが「みんなでこうしよう」「自分たちはこうだ」と思えるものを作らないと駄目だと気づいたのです。専門家の書いた経営理念の論文における定義を研究していくと、2000年ごろを境に経営者のものから組織体のものという表現に変わっているのです。

また、現場を沢山見て来て気づいたのですが、経営理念は、ミッション(使命)・ビジョン(方向性とゴール)・バリュー(行動指針)の中の2つもしくは3つが含まれているものが多いのですが、行動指針がはっきりしていて、どう行動するのかが判りやすいものが、使い易いという事も判りました。

グローバルで仕事をしたり、リモートワークで仕事をしたり、キャリア採用で途中入社組が増えたりと、目の前にいないメンバーと今日はじめて会ったメンバーと「私たちはこうだよね」と簡単でパッと判るのが良い経営理念です。これをちゃんと使って一緒に仕事をすると、沢山の方が職場でも活き活きと働けるというのが持論です。

倉重:柏さんの修士論文を拝読しましたが、「経営理論の浸透は、まず共に創るというところから始まる」と書かれていましたね。

柏:はい。調査をしてエビデンスを取ってみました。

経営理念の浸透をはかるときには、頭で判っている「認知的理解」と強制的であっても行動はしている「行動的関与」、心から同意している「情緒的共感」という3つの指標を使っています。

一番大事なのは、やはり従業員の共感です。

倉重:心からそうだと思わないと、何も響かないですね。

共に作るということがファーストステップでしょうか。

柏:はい。いろいろな会社に行って、社員のみなさんと一緒に作っています。全社員参加で作るところもあります。ミッション・ビジョン・バリューの経営理念を作った後は、チームでブレイクダウンしていき最終的に個人まで落し込みをします。個人までというのは、「自分がこの会社で成功していくための仕事のビジョン」ということです。会社にとって大切なことを考えた後で、自分に置き換えて考えると「この幅の中で行動したらこの会社で自分が成長する可能性が高い」ということが分かってきます。

経営理念はゴルフのフェアウェイみたいなものです。ラフやバンカーに入れないで、フェアウェイの中でボールを転がしていけばいいのです。もちろん自分たちで作ったものは想い入れも強く共感できます。

倉重さんの事務所のミッションはとても素敵ですが、あれはどうされたのですか。

倉重:自分で考えました。

柏:「企業人事と共に歩む羅針盤でありたい」というミッションと行動の判断基準となるコアバリューがあって、とても良いと思います。

ミッションと行動指針がセットになっていると、途中入社した人でも、「うちの事務所はこうなんだ」ということが分かりますし、後から浸透させやすくなります。

倉重:採用でも、経営理念に合う人を採用すればいいということですね。

個人的に意識しているのは、日々の行動の意味をきちんと従業員に伝えるということです。

ミッションに基づいて、こういう意図でしているという話をよくしています。

柏:そういうこともどんどん話してあげたり、皆でディスカッションしたりするといいですね。誰だってゴールがはっきりしていたら仕事を思いっきりできます。

実は経営理念作り変えのワークショップをすると、結果的に参加した人のモチベーションがものすごく上がります。少なくとも120%、平均では135%前後になります。直近では、150%の会社もありました。10点満点で会社への期待を聞くと、6点平均から9点平均ぐらいになるという事です。とんでもない数字なのでまだホームページでも事例に出していません。

そうなると皆さん嬉しくなってきて「次はチームのビジョンを作りましょう」とか、「個人のビジョンも一緒に共有しましょう」と次々と自社で展開されていきます。

今時そんなにモチベーションが上がることはなかなかありません。

倉重:やはり働きがいの部分が大きいですね。

前回産業医の方と対談したのですが、そこで大事だと言われたものが3つありました。

身体的な健康と、働きやすさという環境面、それから働きがいでした。

まさに「働きがい」の部分が問われている時代です。

単に高い給料を出せばいいとか、いいところにオフィスがあるということでは、より上の条件を提示されたときに引き抜かれてしまいます。

経営者は、「何のために働くのか」ということを一番に考えなければいけません。

柏:お給料は、やはりどこかで頭打ちになります。

倉重:それはそうです。永久に年功序列で昇給などということはあり得ません。

柏:アメリカの研究では、お給料の幸福度というのは750万ぐらいで頭打ちとか。

倉重:それ以上ではあまり変わらないらしいですね。

やはり限界効用逓減の法則だと思います。

何をミッションとして働くのかが今は大事な時代だと思います。

柏:はい、共にミッション・ビジョン・バリューを作る過程は企業によって様々なやり方をするのですが、時には、このような方向でとガイドラインとして会社から示された方向性に対して、そんなビジョンは聞いてないなどと炎上する事もあります。でもそんなことも楽しみながら、この仕事をしています。

■最後に頼りになるのは自分自身

倉重:カニの女王で、世界7位のセールスも叩き出した方なので、一見とてもすごい人に見えると思います。

でも、これまでの積み重ねを一個一個分解したら、たぶん誰でもできることです。

そういう意味で、これから働く大学生や、社会人2~3年目の人にぜひメッセージをお願いします。

柏:最後はやはり自分自身だと思います。

自分がどのぐらいアップデートできたか、更新できたのかということが大事です。

倉重さんが「リカレント教育」とおっしゃっていましたが、今は学び直しがはやっています。

何歳で学び始めても全然遅くありません。

私は45歳で初めてパワーポイントを触りましたし、外資系で働いているのに、英語のテストTOEICは485点でした。50歳で880点にするのに2年もかかりました。

倉重:2年でできたのはすごいです。

柏:調子に乗って55歳でMBAも取りに行きました。幾つになっても学べます。でも、若い方に伝えるとすれば、もっと早くに学ぶことの大切さに気付けばよかったという事でしょうか。

倉重:本当にリカレント教育をしていますね。

柏:ずっと勉強をしていないともったいないと思っています。

倉重:これから柏さんのような人が増えてほしいです。

「人生100年時代」とはそういうことだと思います。

柏:60歳で起業しようと思っていたのですが、ちょっと早めに達成しました。

このプロセスをもう一回積み上げるのは面倒くさいので、神様が20歳に若返らせてくれると言ってもお断わりしたいですね。

倉重:また今は働き方改革のために、残業時間も規制されています。

厚労省も「有給を取りなさい」と言っています。

その状況では、「働くのは悪いことなのか」ととらえてしまう方もいるかもしれません。

ぜひそう言う方たちにもメッセージを。

柏:はい、どうせ働くのだったら、会社の文句を言うよりも、会社の中でうまくいくことを考えたほうが絶対に得です。小さなことでも働く事で自分が成長できるようなことを探してみて下さい。そのほうが絶対に仕事が楽しくなると思います。

倉重:最後に、柏さん自身のこれからの夢をお願いします。

柏:ピグマリオンのミッションは、「想いをエネルギーに生きる人を育てる」です。

「こういうふうになりたい」というビジョンや目標をエネルギーにしていける人をたくさん増やしたいと思います。

研修の最後には必ず、「スランプに陥ったときに自分のビジョンを持っていたら強い」ということを話します。

お客さまからも、「タラバガニの下敷きになっても立ち上がる話を入れてください」とリクエストをされることが多いので、「タラバガニ付き」の研修がとても多くなりました。

倉重:それは最高です。

最近何かの記事で、「人は普段中腰でいる。でも、使命や自分のやるべきことに気付くと立ち上がる。立ち上がった人間は強い」という言葉を見かけました。

ぶれない何かを持っている人はすごく強いです。

そういうものを一人ひとりが見つけていくと、日本はいい国になると思います。

柏:私が「想い」と言っているのは、倉重さんが「雇用改革のファンファーレ」の中で書かれていた「Will」と同じです。どんな仕事をするのか、どんなスキルを持つのかよりも、まず自分がどうありたいかという「Will」が大事だと書かれていましたね。

倉重:そうです。見ていただいてありがとうございます。

この対談で言っていることは、結局皆同じだと最近つくづく思います。

やはり、ジャンルは全然違うけれども、いろいろなゲストの方が思っていることを掘り下げていくと「想い」が重要であり、「想い」に沿って、自分のポジションで行動しているなという共通の考えに至ります。

(つづく)

【対談協力】

柏恵子(かしわ けいこ)

人材育成コンサルタント・研修講師

株式会社ピグマリオン代表取締役社長

明治大学専門職大学院 グローバルビジネス研究科 経営学修士(MBA)

経営理念の浸透に関する論文が、優秀論文に選出される

「経営理念の浸透レベルの違いが組織成員に与える影響について~「理念への共感」に着目した経営理念浸透~

2005~2016年 フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 シニアコンサルタント

シニアコンサルタントとして2000人以上の経営層、人事責任者と人材育成の仕事に携わる。

1988年~2004年 株式会社ノースイ

三井物産系食品メーカーである同社の水産営業部門で、チームリーダー(課長職)として冷凍水産物の輸入・加工・販売に携わる。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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