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カスハラ対応で職員が自殺 小学教諭「激辛カレー」いじめの「後」に何が起こったか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

 国に過労死対策をはじめて義務付けた「過労死等防止対策推進法」が成立して、今月20日でちょうど10年が経過したが、長時間労働やハラスメントはあらゆる職場でいまだに蔓延しており、過労死もいっこうになくなっていない。

 その中でいま注目を集めているのが、カスタマーハラスメント(いわゆる「カスハラ」)と呼ばれる、顧客が労働者に対しておこなうハラスメントだ。厚生労働省は昨年9月に、精神疾患の労災認定時に用いる「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改定し、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)を項目の一つに加えており、業務中の顧客によるハラスメントでうつ病などを発症するケースの労災認定が今後広がることが見込まれている

参考:心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました(厚労省)

 ただし、労働問題の観点からいえば、この問題は単に顧客にのみ責任を求めることはできず、労働者の雇用主がハラスメントを防ぐための必要な対策を講じていないという企業側の責任も無視してはならない。

 そこで、本記事ではいわゆるカスハラによって過労死や過労自死に追いやられたケースをみながら、カスハラの企業責任について考えていきたい。本記事で主に紹介する事例は、小学校教員が同僚に激辛カレーを無理やり食べさせた事件の「その後」に起こった行政職員の過労死だ。実は、「苦情」の殺到が職員を死に至らしめていたのである。

企業にはカスハラから労働者を守る義務がある

 カスハラというと、顧客が理不尽な要求を労働者に迫るというように、一般的には労働者と顧客との関係だと考えられる場合が多い。確かに、顧客が労働者にハラスメントを行った結果として、労働者がうつ病などの精神疾患に追いやられることもある。

 ただ注意すべきは、この問題は単に顧客と労働者の関係に矮小化できないという点だ。というのも、企業には労働者が安全に働くことができる環境を整える義務(安全配慮義務)があるため、もしカスハラを放置したり十分な対策を講じなかったことの結果として労働者が精神疾患になったりすれば、企業には法的な責任が生じるからだ。

 例えば、何時間も同じ顧客の対応に従事させたり対応困難な顧客を一人で担当させるなどした結果として長時間労働になって過労死したり、精神的に追い込まれてうつ病を発症した場合は、そもそもその労働者が安全に働く環境を企業が整えなかったとして企業責任が認められるべきだろう。

 そこで厚生労働省も、「顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう」に「顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組」などの取り組みを企業が実施することが望ましいとしている。

参考:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)

カスハラや顧客対応による過労死

 実際に、顧客対応やカスハラによって過労死や過労自死に追い込まれたケースもすでに起こっている。まずは、神戸市教育委員会の事件を見てみよう。

 この事件は冒頭にも述べたように、2019年秋にメディアで広く報じられた、神戸市の公立小学校における職員間のいじめに端を発している。これは小学校教員が同僚に激辛カレーを無理やり食べさせたり、暴行を加えていたなどのいじめやハラスメントがあったことが明らかになった事件だが、事件が報道されたことで、窓口になっていた神戸市教育委員会に全国から問い合わせや苦情が殺到したという。

 そして、教育委員会で苦情電話等に対応していた当時30歳代の男性係長は、2020年2月に長時間労働や精神的負荷によって生じた精神疾患によって過労自死に追いやられた。亡くなる前の残業時間は過労死ラインを超える月90時間に上り、また男性は上司に「睡眠薬を飲んでいる」などと精神的負担の重さを訴えていたという。

 男性の遺族が神戸市の責任を追及した裁判において、裁判所は今年5月、業務によって精神的な負担がかかっていたものの市が対応を怠ったとして、神戸市に対して約1.2億円の賠償を遺族に支払うよう命じた。男性の妻はメディアに対して「二度とこのようなことが起こらないよう、神戸市には職員の健康管理を徹底してほしいです」とコメントしている。

参考:職員死亡めぐり神戸市に1億2000万円賠償命令 神戸地裁(NHK)

 このケースでは、「カスハラ」の内容やそれが直接精神疾患の発症の引き金になったかどうかははっきりとしていないものの、重要な点は、カスハラや顧客対応によって労働時間が長くなったり、労働者が精神疾患を発症するほどにまで追い込まれた場合には、雇用主に責任が生じうるという点だ。

 同様の事件は、豚まんで有名な食品企業「551蓬莱」でも起こっている。この事件では、通信販売の電話受付を担当していた当時26歳の男性が、顧客から「回りくどい説明しやがって、ボケ」や「死ね」などという暴言を浴びせられた結果、うつ病を発症し、2018年6月に自死している。遺族は大阪中央労働基準監督署に労災申請を行ったものの、監督署は2021年3月に労災申請を却下したために、労災認定を求めて遺族は昨年12月に国を訴えている。

参考:551蓬萊の社員自殺は「カスハラが原因」 遺族が労災認定求め提訴

 今回の男性の自死に関して、遺族は会社側の対応が不十分だったと主張している。例えば、使用していた電話機はナンバーディスプレイ機能や録音機能がなかったため、同じ顧客であっても電話に出るまでわからず、会話内容を録音出来ずに労働者側が身を守る術がなかったという。さらにそもそも過労状態であり、多い月には過労死ラインを超える月100時間の残業もあったと主張している。

参考:「カラシ入ってない」「死ね」カスハラで自死した551蓬莱社員の労災認定訴訟、代理人が語る「意義」(弁護士ドットコム)

 この事例からは、カスハラによって労働者が大きな精神的な負担を被っているということだけでなく、有名企業であってもそれに対する対応が不十分である可能性が示唆されている。繰り返しになるが、企業側には労働者が安全に働く環境を整える義務があるため、もしカスハラで自死に追い込まれた場合は労災が認定され、企業責任が問われることになる。

カスハラで問題なのは「客」だけじゃない

 カスハラ問題で懸念されるのは、顧客側の行動に注目が集まるあまり、労働者をカスハラにさらしつづける企業側の責任が曖昧になってしまうという点だ。企業によっては「悪いのは企業ではなく顧客だ」と主張して、労働者がうつ病になっても、自身の安全対策を棚に上げてすべて顧客に責任を転嫁しようとする可能性もある。

 あるいは、精神疾患を発症した本人や自死した場合にご遺族が、「これは会社の責任ではなく、顧客の責任だ」と考えるようになり、本来であれば出来たはずの労災の手続きや企業責任の追及がなされないかもしれない。これでは、企業責任が曖昧にされるだけでなく、実質的に労働者を守るようなカスハラ対策をすすまずに問題がうやむやになるだけだ。そうなれば、カスハラによる健康被害を棒する道も閉ざされてしまう。

 また、神戸市教育委員会でも551蓬莱でも長時間労働が確認されているところをみると、カスハラから労働者の守る施策を講じない企業においては、カスハラ以外のパワーハラスメントが起こっていたり長時間労働が蔓延したりするなど、その他の労働問題も併発している可能性もある。

 カスハラの被害から身を守り、次なる被害を生まないためにも、仕事が理由でメンタル疾患を負ったり、ハラスメントが蔓延している場合は、ぜひ早めに専門家に相談してほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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