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農水省の勘違い。ジビエ利用を増やしても獣害は減らない!

田中淳夫森林ジャーナリスト
有害駆除されたシカを解体してジビエにする。意外と食肉部分は少ない。

 農林水産省の調査によると、2019年度のジビエ(野生鳥獣の肉)の利用量は、2008トンだったそうだ。このうち、シカは973トン。前年度比1.7%増だが、イノシシは406トンで4.7%減った。

 この利用量は、前年度より6.4%増えたことになるそうだが、目標として掲げていた2600トンには届いていない。

 そこで同省は、25年度までにジビエに利用する獣を22万頭に増やす目標を新たに掲げている。重量換算すると4000トンものジビエを供給しようという計画だ。

 なぜ、これほど農水省はジビエ、ジビエと熱心なのだろうか。まさかシカやイノシシの肉をウシやブタなどの肉にとって代えようと思っているわけではあるまい。

 そこには「ジビエ利用を増やして、農林産物への獣害を減らそう」という思惑がある。

 近年、獣害が激しさを増している。とくにシカやイノシシによる農作物被害は深刻で、一夜にしてその年の収穫物を全滅させる。獣害のために農業を諦めるケースまで増えてきた。さらに林業でも60年間育ててきたスギ・ヒノキの樹皮が剥かれて、木材としての価値ゼロに追い込まれる。

 それを防ごうと捕獲を進めているが、なかなか追いつかない。ハンターの高齢化と減少もあるし、また駆除個体の処分にも困るようになった。そこで野生動物の肉を売れるようにすれば、より捕獲が進むのではないか。またジビエをビジネス化することで、山村の振興にも一役買うだろう……。

 こうした発想で、ジビエ利用を増やそうとしているようである。

 しかし、おかしい。この発想は、野生動物を多く捕獲したら、被害も減るという前提に成り立っている。だが、それが成立する証拠はないのだ。

 多くの地域で捕獲数は増えている。たとえば25年の間(1990年と2014年)にシカは14倍、イノシシは7.4倍も増えている。にもかかわらず、獣害は増える一方だ。被害額は減った(2010年の239億円が18年の約158億円まで減少)とされるが、実は農林業から撤退したり、被害が出ても諦めて申告しなくなったりしているケースが増加している。必ずしも実態を表していないと言われている。

 なぜ、こんな齟齬が起きるのか。まず獣害を引き起こす野生動物は、農作物などの味を覚えた特定の個体に限られているが、捕獲しているのは里に出てこない山奥の個体も多いことが挙げられる。ハンターとしては、捕獲したら報奨金が出るから、獲りやすい個体を狙う。しかし、その個体が必ずしも獣害を引き起こしているわけではないからだ。

 加えて動物、とくにシカやイノシシは繁殖力が強くて、捕獲数以上に増えている。つまり捕獲数と獣害、そしてジビエ利用は、必ずしも相関していないのである。

 ちなみにジビエ利用を2倍にしようと思えば、ジビエにする野生動物の捕獲数も2倍にしなくてはならないと思いがちだ。それこそ不可能な目標だが、一方で捕獲数に対する利用数は低水準なのである。19年の野生動物の捕獲数は124万3000頭だった。ところがイノシシとシカを合わせたジビエ利用数は約11万6000頭で、利用率は9%台にすぎない。しかもシカの場合は体重の2割以下の肉しか売り物になっていない。飲食店などで提供されたのはその7割(1392トン)だったから、利用された肉は微々たる量なのである。

 もしジビエの供給量を増やしたければ、捕獲数を増やすより未利用個体・部位を活用することの方が得策だ。

 しかし利用率が低いのには理由がある。それは捕獲個体を人が食すことのできる肉にするのが難しいからだ。まず仕留めてから短時間で解体しなくてはならない。しかし罠猟の場合は、見回りの時間・回数に左右される。毎日定期的に行けるとは限らない。とくに有害駆除が目的だと、そんなに熱心に見回らないだろう。

 銃猟でも山奥から解体場までいかに運ぶか。以前は山の現場で解体し肉だけを運んだが、現在は衛生面から山中で解体するとジビエとして流通させられない。

 加えて、獣の仕留め方も肉質に大きく影響する。死の直前に暴れたら体温が急上昇して、「蒸れ肉」と呼ばれる状態となり食肉にはならない。つまり一発で仕留める必要がある。

 そのほか多くの問題がある。そもそもジビエは、一般人にとってなじみが薄くそんなに好まれているわけではない。消費量を伸ばすのは至難だ。今年はコロナ禍で飲食店の営業も低調になったから、いよいよ期待しにくくなった。

 農水省は、21年度予算の概算要求案で、ジビエ利用の推進に162億円(前年度より60億円増)を計上している。

 しかし、農林業被害の防止とジビエを結びつけること自体が間違っているのではないか。ジビエを振興したいのなら、食肉にしやすい捕獲(たとえば生体捕獲)と解体処理法を普及すべきだし、それは必ずしも獣害対策とは結びつかない。

 獣害の防止を優先させるのなら、まずは里に寄せつけない予防措置と、堅固な防護柵の設置などの方が重要だろう。そのうえで、有害獣を大量に殺処分できる方策をとるべきだ。

 目的も効果も違うものを抱き合わせるから、結局どっちつかずの施策になってしまうのだ。

 こうした問題は、刊行した拙著『獣害列島』に詳しく記した。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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