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米ブルームバーグでは記者が顧客の端末情報にアクセスできた -金融情報端末戦争の歩み

小林恭子ジャーナリスト
米ブルームバーグの情報端末画面を出す、英フィナンシャル・タイムズのサイト

世界中で使われている金融情報端末で著名な米ブルームバーグ(本社ニューヨーク)が、端末を利用するトレーダーや金融関係者についての情報(の一部)を、自社の記者が見れるようにしていたことが発覚した。ブルームバーグは経済・金融情報の配信とともに、通信社・放送事業も運営するので、報道の独立性に疑問が生じた。今後の調べにもよるが、顧客情報の守秘義務を破った可能性もある。

いずれにせよ、複数の米メディアの報道によれば、FRB(連邦準備制度理事会)などが調査を開始しているという。以下、12日時点での話ということでお読みいただきたい。

この事態を、10日、スクープしたのはニューヨークのタブロイド紙「ニューヨーク・ポスト」だ。ウオール街に「衝撃が走った」という(ニューヨーク・タイムズ、同日付)。

事件の経緯を「Market Hack」の編集長広瀬隆雄さんが詳しく書いている。

おっと、そのブルームバーグ端末を使ってヤバいメッセージを送らない方がいいぞ、『New York Post』によると、ブルームバーグの記者が覗いているから

ブルームバーグの企業倫理が問われている!

簡単に経緯を振り返ると、米投資銀行大手ゴールドマン・サックスがブルームバーグに対し、情報が漏れていることへの苦情を伝えた。きっかけは、ブルームバーグの香港特派員がゴールドマン・サックス社に連絡を取り、同社の共同経営者がブルームバーグの端末をしばらく使っていないようだが、ゴールドマン・サックス社を辞めたのかどうかと聞いてきたという。これで、ゴールドマン・サックスのほうは、ブルームバーグの記者たちが本来は外部に(例えブルームバーグ内でも)出るべきではない情報にアクセスできることを知ったという。

ブルームバーグのトップ、ダニエル・ドクトロフ氏は10日に社内に向けた電子メールの中で、顧客からの苦情を受けて、先月、記者による顧客情報へのアクセスを狭めたと書いた。

ブルームバーグは世界中に2400人ほどの記者を抱え、31万台を超える情報端末を販売している。1982年に現ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏が創業した。昨年の収入は約79億ドル(約8000億円)。そのうちの約85%は金融端末からの収入だ。

ニューヨーク・タイムズに語った、あるブルームバーグの元社員によると、ブルームバーグ社は1990年代初期、ニュース部門を強化するために端末からの情報を活用するように記者らに奨励したという。まるで営業員のように銀行やヘッジファンドの担当者に電話をかけ、端末の販売を促進させたこともあったという。

懸念を示しているのはゴールドマン・サックスだけではなく、米銀JPモルガンも同様だ、とニューヨーク・ポストが伝えている。

トムソン・ロイター社も同様の金融情報端末を販売しているのだが、早速、声明を発表した。金融情報部門とニュースを発信する通信社部門とが「完全に独立して」運営されており、「記者が同社の顧客に関する情報に、公開されているものを除きアクセスすることはない、特に顧客によるわが社の製品あるいはサービスの利用状況についてはアクセスできない」という(ニューヨーク・タイムズ)。

ブルームバーグの記者がアクセスできた情報は顧客情報全体のほんの一部で、「たいしたことはない、大騒ぎしすぎている」という見方と、「とんでもない!」という見方とがあるようだ。

―グーグルもやっている・・・?

英フィナンシャル・タイムズの「アルファビル」というコーナーに、元ブルームバーグ記者のトレイシー・アロウェイ氏が記事を書いている。タイトルは「いかに顧客にスパイ行為を行っているか、ブルームバーグのやり方」だ。

ブルームバーグに勤めていたころ、記者は「UUID」という端末IDを使うことができた。「金融情報の記事を書くときには、とても便利だった」という。

先のニューヨーク・タイムズの記事からさらに詳しく使い方を見てみると、ブルームバーグの記者たちは「Z機能」を使うことができた。これで顧客のリストを見ることができた。その後、顧客の名前をクリックすると、UUID機能を使えるようになる。これによって、個々の顧客の連絡先、いつログインしたか、カスタマーサービス部門と利用者とのチャット情報、端末上のどの機能を良く使ったかなどを調べることができた。

FTのアロウェイ氏によれば、ゴールドマン・サックスが事態を知って驚いたことは理解できるが、もっと驚いたのは「なぜ今まで明るみに出なかったか」。ブルームバーグに働く記者にとっては「利点だった」という。

また、同社の内部データベースには金融情報サービスを利用する顧客の個人情報(連絡先)や子供の名前、好きな食べ物、趣味などの情報が入っていた。

「ブルームバーグは金融情報端末市場をほぼ独占していた。その成功の理由の1つは、利用者情報のデータマイニングの結果だった」とアロウェイ氏。

顧客情報にアクセスできることで、営業部門のスタッフはより顧客に合ったサービスを勧めることができたという。「しかし、商業部門とニュース配信サービスとの境があやふやになったことは問題だと思う」。

個人的には、なぜこういうことが何年も当たり前になっていたのかが不思議である。社内で、という意味である。金融情報を売る側と発信する側の「ファイヤー・ウオール」のようなことがあるはずだがー?

ただ、詳細が十分に分からない部分もあり、一概に「ダメ!」と言えないのかもしれないが、それにしても、ドキ!としてしまう。感覚的に、「やっぱり、これはおかしいだろう」と。当局の調査・捜査の結果を待つしかないが。

FTの記事につくコメントが興味深い。「グーグルも同じことをやっている。グーグルメールの情報を見て、ニュースを作っている」、「顧客情報を見られていることをうすうす感じている利用者は多い。利用後に跡を消すようにしている」、「FTにも情報を利用されないよう、毎日、紙のFTを別の小売店で買っている」などー。

―ニューヨーク・ポスト?

あくまで余談だが、このタブロイド紙はメディア王と呼ばれるルパート・マードック氏の米メディア大手ニューズ社が所有している。マードック氏には「敵」というか、ライバルがたくさんいる(マードック氏自身がいつかは自分の手中に入れたいと思っている相手、といってもいい)。一時、リベラル派の新聞ニューヨーク・タイムズの買収を考えたという(実現せず)。

そして、良質なジャーナリズムを提供するニューヨーク・タイムズではなく、こんな大きなスクープを出したのは、普段はゴシップ記事が多いニューヨーク・ポストであった。「鼻を明かしてやった」という部分があるだろう。

一方、ニューヨーク市長のブルームバーグ氏は、英FT紙の買収を考慮していると、昨年末報道された。質が高い英米の新聞を買おうともくろんだ・もくろむ人物同士であった。

マードック氏にとって、富豪・政治の大物ブルームバーグ氏は「仮想敵」といってもおかしくはないだろう。マードック氏にとっては、ちょっと面白いというか、痛快なニュースになっているだろうことが想像できる。

以上、余談でした。

―金融情報端末市場の戦い ロイターとブルームバーグ

世界の金融業界で使われている情報端末で、かつて圧倒的な位置を占めていたのがロイター(今はトムソン・ロイター)製だった。(以下、週刊「東洋経済」に掲載された筆者アーカイブ記事に補足。)

19世紀半ば、ベルギーのブリュッセルと独アーヘン間で伝書鳩を飛ばして株価情報を伝えたのがその始まりとなる老舗通信社の英ロイター。世界130カ国に2400人ほどのジャーナリストを抱えていたロイターは、自他共に認めるトップ通信社だった。

しかし、ロイター・グループの収入源の大部分は、報道部門でなく、証券会社や銀行に設置するロイター端末機が稼ぎ出すプロ向けの金融情報サービス。業者間のシェア争いは激しく、ロイターがカナダのトムソン・フィナンシャルと合併してトムソン・ロイターになる前の2006年時点(合併は2008年)、巨大市場の33%を握っていたのがブルームバーグ。これにロイター(23%)、トムソン・フィナンシャル(11%)が続いた(「インサイド・マーケット・データ・リファレンス」調べ)。

2007年5月、トムソンがロイターに対して買収を打診。拒否権を持つロイター株主がこの買収を認めた。08年4月、ブルームバーグを超える世界最大の金融情報会社トムソン・ロイター(本社ニューヨーク)が誕生した。現在、従業員は世界100カ国で約6万人に上る。

バートン・テイラー・インターナショナル・コンサルティングの調べによると、2011年で金融データ・分析情報市場は250万ドルに達した。ブルームバーグとトムソン・ロイターはそれぞれ約30%のマーケットシェアを持つ。

―ブルームバーグの強み

金融情報サービス業界の競争は熾烈で、単純計算で「世界最大になった」として安閑としてはいられない。

もともとロイターは、90年代半ば頃までは金融情報端末市場をほぼ寡占。敵はダウ・ジョーンズくらいだった。ところが、米ソロモン・ブラザーズの債券トレーダーだったブルームバーグ氏(株式の大部分を保有)が80年代に創業したブルームバーグが急成長を遂げた。ブルームバーグ氏は現場を知るトレーダーとしての経験を生かし、使い易いシンプルな端末機を作り上げ、トレーダーからの支持を獲得したためだ。ブルームバーグは端末利用者同士で使えるインスタント・メッセージのサービス(「メッセージを送って欲しい」という時、「ブルームバーグしてくれ」という表現が流行ったという)など、新サービスを次々に投入した。市場の構図は一気に塗り替えられてしまった。

今回の事件発覚で、ブルームバーグの端末を顧客がキャンセルする動きにまでつながるかどうかは不明だ。あまりにも深くその端末が市場に食い込んでいるからだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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