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英BBC「J-POPの捕食者」の監督に聞く  事件は「終わっていない」 次作「アトミックピープル」

小林恭子ジャーナリスト
「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」(ウェブサイトよりキャプチャー)

 昨年3月、英BBCで放送されたドキュメンタリー「Predator: The Secret Scandal of J-POP」(J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル)は、日本のジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏による数十年にわたる年少者への性加害の実態を暴露した。

 翌4月、元ジャニーズ・ジュニアだった男性が被害を訴える会見を開くと、津波のように次々と被害者が声を上げだした。9月、事務所は記者会見で性加害の事実を初めて認めた。翌10月、「SMILE-UP.」と社名変更され、被害者のケア・補償を行うことになった。

 英国の番組が日本の社会に大きなうねりを作ることは珍しい。今年10月、NHKは特別番組枠で「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」を放送し、ジャニー氏の生い立ちから性加害事件に至るまでの背景を描いた。

 筆者は、この夏、「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」のプロデューサー兼監督だったインマン恵(めぐみ)氏にロンドンで話を聞く機会を得た。インマン氏は日英で育ち、日本の複数のテレビ番組の制作にかかわった経験もある。

 「今でも続く事件」と喜多川氏の性加害事件をとらえるインマン氏にその経歴の始まりから、「J-POPの捕食者」での制作、その続編として、今年春に放送された「捕食者の影 ジャニーズ解体のその後」、さらに広島と長崎の原爆被爆者の証言を集めた「アトミックピープル」の背景と今後の作品について幅広く聞いてみた。

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―なぜドキュメンタリー制作に興味を持ったのでしょうか。

 インマン氏:小さい心から、ストーリーテリング(物語を語る)こと、お話を聞いたりすることに興味を持っていたんですが、それが仕事になるとは考えたこともなかったのです。

 大学では、人文地理を勉強していたんですけれども、一番私が勉強になり、心に響いたのがドキュメンタリーを見た時だったんですよ。

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 インマン氏はドキュメンタリーのほうが「もっと心に響く」と感じ、「全然コネクションはなかった」が、ドキュメンタリーの世界に飛び込んだ。大学生のうちに制作会社のアシスタントとして働くようになって、下積み生活をつづけた。お笑いからアート系まで様々な補助的な仕事を手掛け、いったんは経済紙のリサーチャーにもなったが、その後はまたテレビ界に戻り、日本語に堪能という強みを生かし、日本関係の番組作りにかかわるようになったという。

 「すごく大変だった」が質の高い番組作りに参加したのは、日本の美術を深く掘っていく「アート・オブ・ジャパニーズ・ライフ(The Art of Japanese Life)」で、1時間番組(10回シリーズ)だった。秋田でも長い間取材し、無農薬栽培のドキュメンタリー「オーガニックテロリスト」を制作している。

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ーテレビ番組でのプロデューサーとはどんな仕事なのでしょう?

 インマン氏:幅広い仕事で、プロジェクトによってその仕事内容が変わってきます。

 ドキュメンタリーでは、プロデュ―サーとは番組のコンテンツを仕込む仕事です。監督に大きなビジョンがあって、それを仕込む仕事。監督の右腕とも言えるでしょう。

ーここをこんな風にする、というコンテンツを書くこともあるんですか?

 インマン氏:それもその時によります。監督が日本の自然を表すアートを見たいと言ったら、監督自身もどんなものを見たいかを考えているかもしれない、例えば盆栽、日本の美しい景色など。よい所を探してくれ、と言われてリサーチから始まる場合もあるし、監督が良いアイデアを持って、もうリサーチが済んでいるから、撮影場所など、どこに行って何をするのかを仕込んでくれとか。本当に細かいところまで計画を立てますね。

ー「日本についての専門家」ですね

 インマン氏:でも、テレビのドキュメンタリーの制作では誰もがやっていることです。一時的にその番組が扱うトピックについては専門家になる。でも、次の番組では次のトピックに移ってしまうから、全部忘れてしまうのです。

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 旧ジャニーズ事務所・創業者喜多川氏の性加害問題を取り上げることになったきっかけは、BBCのほうから「これは追及するべきものではないか」と声がかかったときだったという。

 日本にいた中学生時代、インマン氏はジャニーズのタレントの音楽を楽しんでいた。「深掘りしてみたい」という気持ちを持ってはいたが、巨大な存在となったジャニーズ事務所を一人で取り上げるのは難しいだろうと感じていた。

 長い歴史を持ち、優秀な制作チームをもつBBCから声をかけられたとき、「ぜひやりたい」とインマン氏は思ったという。「BBCでなかったら、(制作は)とても難しかったと思う」。

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ー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」は2023年3月に放送されました。制作には1年ぐらいかかったのでしょうか。

 インマン氏:そうです。企画はもうずっと前からで、2020年ぐらいだったのだけれど、コロナが発生して(制作チームが)日本に行けなくなって、いったん中断されました。行けそうになった時に、私がもっと徹底的にリサーチして、22年の8-9月に日本にいて、撮影して、編集に入りました。

ー番組の中では、実際に取材を始めた時、事務所について話したがらない人が多かったという説明がありました。制作を中止しようと思ったことはあったのでしょうか?

 インマン氏:一切なかったです。どちらかというと、エンジンがかかりました。

-ナレーター役となったジャーナリストのアザーン・モビーンさんと一緒に働いたのはこの時が初めてでしょうか?

 インマン氏:この時が初めてでです。彼は日本に行くのは初めてじゃなかったかな?

 このジャニーズの話は、芸能界のストーリーだけじゃなくて、警察のストーリーでもあるし、子どもの安全を守る社会のストーリーでもあるし。日本の縦社会や、「出る杭は打たれる」とか、そういう面も反映する問題で、いろいろなところにタッチする番組だと思っていました。

 私は(日本について知っているという意味では)中の人でもあり、モビーンさんを通して外から見ることもできたのでよかったんです。外から見ると、本当に白黒、結構見えてくるので、それはすごくよかったですね。

ー「外からの視点」で気づいたことがあります。このドキュメンタリーの中で、モビーンさんがジャニーズ事務所に取材を申し込みますが、なかなか実現せず、事務所に実際に行っても、その場で面会を断られてしまいます。そこで、モビーンさんが「日本の大きな企業として、説明責任を果たしていない」という趣旨のことを言って、怒る場面がありました。日本人である自分としては、ジャニーズ事務所にとっては都合の悪い話を暴かれる媒体の取材を受けることはないだろうという認識がありました。断られても、「しょうがないよね。まあそれはそうでしょう」と。ですので、モビーンさんが怒るという行為にびっくりしました。でも確かに企業側には説明責任があるわけです。それに気づかされて、ハッとしました。

 インマン氏:日本は受け入れてしまっているところがあります。ジャニーズ(事務所)はこんなにいいことをして、みんな(ジャニーズのタレントを)愛しているんだから、そこまで悪いことをしているんじゃないだろうなどと言って、許しているようなところがあるます。

 でも、子どもへの性加害を許すというのはーー誰にとっても性加害は許せませんがーー子どもへの性加害は本当に、この社会で許せないし、一切許すことではないのです。それはどんな言い訳も聞かない。

ー番組放送の後で、日本で喜多川氏による性加害問題の波紋が広がりました。次々と被害者が声を上げだし、最終的にはジャーニズ事務所は解体していくわけですが、驚かれましたか。どのように見ていらっしゃいましたか。

 インマン氏:最初は、目的が被害者の声がちゃんと、やっと届くことができればいいということでした。

 私が一番恐れていたのは、それがまた無視されてしまうのではないかという点でした。被害者の方が顔を出して、すごく度胸のいることをやって、バッシングを受けるかもしれないということを分かっていながらも、社会が変えられるのなら、顔を出すと言って、私たちの番組に参加してくれたんです。その人たちの声が無駄になってしまうのが、それが本当に一番怖かった。

 そうはならなかったというのが本当にほっとしたというのと、ジャニーズ事務所には責任を取ってほしかったのです。というのも(それが)被害者にとっての正義につながると信じていました。

 日本の社会にとっても、ジョニー喜多川の行動やそれを隠した、許したジャニーズ事務所をそのままにしておくと、日本社会はこれはいいいことなんだ、やってもいいという風に認識してしまったら、もう日本社会は終わり・・・じゃないですけど、芸能界だけじゃなくて、いろんな業界でこういうことが起きていると思うので、ジャニーズ(事務所での性加害)を許してしまったら、ほかのことも許してしまうという合図になってしまったら、最悪だな、と思っていました。

 そうはならなかったので、もう本当にうれしかったです。

ー海外のテレビ局が作った番組が日本でこれほどの大きな影響を与えたのは、これまでになかったことだと思いますよ。

 インマン氏:あまりにも日本のメディアが(ジャニーズ問題に)触れてこなかったという要素もあるのかもしれません。

-BBCの番組を見て、声を上げる人が出てきて、地盤が動いたように思います。下からの動きですね。最初におっしゃったように、ドキュメンタリーはいろいろな人にメッセージが届くようです。

2023年4月、記者会見をする元ジャニーズジュニアのカウアン・オカモト氏
2023年4月、記者会見をする元ジャニーズジュニアのカウアン・オカモト氏写真:つのだよしお/アフロ

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 最初のドキュメンタリーから1年後、BBCはその後何が起きたかを探る番組を放送した。「アワ・ワールド:捕食者の影(Our World The Shadow of a Predator)」(2024年2月24日放送)

続編の番組紹介画面(BBCのウェブサイトよりキャプチャー)
続編の番組紹介画面(BBCのウェブサイトよりキャプチャー)

 

 この中で、被害者として名乗りを上げた人がソーシャルメディア上で非難され、自殺した例が紹介されている。アザー氏は遺族を訪れ、話を聞いている。

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-声を上げた人が自殺したという衝撃的な展開となりました。報道を聞いたとき、いかがでしたか。

 インマン氏:ここまで来てしまった・・・と。本当に、(目の前が)真っ暗になりました。

ーBBCからは何か言われたのでしょうか。日本だと、どんなに良い番組でも、その結果、亡くなった人が出た場合、作った人が責められる。今回は、それはなかったのでしょうか。

 インマン氏:それはなかったですね。(制作者を責めるのは)まったく間違った解釈だと思います。こういった事件を黙っているのは良くないから、こういうことが発生しないようにするのが、良い社会を作る私たちの義務でもあります。作る側を責めるのは、完全に間違った考え方ですね。

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 2023年3月にBBCがジャニーズの性加害問題を報道後、ジャニーズ事務所は解体し、被害者への補償事業に特化する新会社「スマイルアップ」が設置された。代表には事務所のスターの一人だった東山紀之氏が就任した。

 続編の番組にはアザー氏による東山社長への数分の単独インタビューが入っていた。性加害の被害者を誹謗中傷する人たちに対し、「直接呼びかけてほしい」とアザー氏が言うと、東山氏は「言論の自由もあると思う」と答えた。また、ほかの被害者による証言でジャニー喜多川氏以外にも事務所の職員で性的加害を行った人物が2人いると明らかにし、アザー氏が「警察に届けるべきではないか」というと、「それは被害者側のやること」と回答している。英国の同様の事件では、被害者に対する真摯な謝罪を表明することが期待される中、英国で番組を見ていた筆者は大きな衝撃を受けた(約35分にわたる動画はこちらから)。

 4月に入って、スマイルアップはBBCが「発言を意図的にゆがめて放送した」などとして、訂正と謝罪を要請する文書を送付した。5月、BBCは「スマイル社の主張を否定する」とする声明を発表した。番組は「BBCの厳格な編集ガイドラインに沿って綿密に調査され、報道された」、「BBCは編集上の決定に際して常に慎重な検討を重ねており、東山氏を含むすべての取材対象者が公平かつ正確に描写され、必要なすべての反論機会が与えられるよう配慮した」と反論した。

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ー続編が出た後、スマイルアップから苦情が出ましたが、今はもう終わっていますか。

 インマン氏:はい。あの後は、何もなかったようです。

ースマイルアップの抗議文を読んでいて思ったのですが、メディアに取材された場合、事前に打ち合わせをして、内容をすりあわせることが普通になっているのかな、と。忖度をせずに、ずばり出してしまうことに慣れていないのかな、と。このような形の抗議をするとは、驚きました。インタビュー部分だけを独立させた約35分の動画を見ても、東山氏が言ったことをその通りに伝えたように見えたのですが。

 インマン氏:フェア(公正)でないと信頼できる番組作りは(できない)。毎回毎回フェアでないと。一回間違えてしまうと、次もフェアじゃない、これもフェアじゃないとなってしまう。

 私たちもジャーナリストとして、できる限り真実を伝えることが大切だと分かっているので、まさか東山さんの言葉をこじらせるとかそういうことはしない。どちらかというと一番フェアにできるように工夫したと真剣に思っていました。これは私だけじゃなくて、編集者もいるし、その上の人もいるし、いろいろなレベルの人がいますので、私一人の決め事ではありません。

 東山さんとスマイルアップからの苦情が来たときは、全部自信を持って、私たちはフェアに言われたまま放送しました、ということが言えたのです。

-日本と英国のジャーナリズムの違いもあったのかもしれません。英国では取材対象者が恥をかいてもいいから、真実を出そうとする。日本はそれは避けようとするのかもしれません。

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ー振り返ってみると、ジャニーズ事務所での性加害を扱った番組の目的として、被害者の声が届くようにという思いがあったということですね。

 インマン氏:それですよね。被害者の味方になれればというのと、今後の子供の安全をどうやって保障するのか、ということです。それはスマイルアップだけでじゃなくて、社会全体でどうするのかと。明らかに何かが起きていたのに、誰も声を出さなかった。いろいろなところで、(声を出す・報じる)チャンスはあったかと思うんですけれども、みんなが目を背けていた。そこをどうやって見せるのか。

ー将来的にはまたジャニーズで作りますか?

 インマン氏:それは、分からないですね。継続している事件です。モビーン(アザー氏)も私も常にこの事件は終わったとは思っていないです。

「アトミックピープル」

ー1945年8月、広島と長崎に投下された原爆を被爆した方々の証言を集めたアトミックピープルがBBCで7月に放送されましたね。BBCのウェブサイトでは、その一部の短い動画が英国外からでも視聴できるようになっていますね。取材は今年だったのでしょうか? 

英BBCの「アトミックピープル」(ウェブサイトからキャプチャー)
英BBCの「アトミックピープル」(ウェブサイトからキャプチャー)

 インマン氏:取材は去年で、2回日本に行ったんですけれども、ゴールデンウィーク前と7月ですね。

 7月は私は行けなかったんですけれども、共同監督のベン(ベネディクト・サンダーストン氏)がカメラマンと行って、向こうで日本のスタッフと一緒に撮影したのです。

ーもし「戦後80年」ということで放送するのだったら、それは来年2025年ですよね。その前に制作・放送した理由は何でしょうか?

 インマン氏:80周年を迎えるという事実と、被爆者の方が年々亡くなっていくのでできるだけ早く、この方たちのストーリーを記録しないといけないということがありました。また、最近の国際的な関係を見ていると、ロシアとウクライナの核戦争の脅威があったり、ガザとイスラエルの戦争も、子供が一番犠牲にされています。見ていると、すごく原爆のシーンがよみがえってきます。

 もう一つは、日本では毎年8月6日と9日は原爆が落ちた日ということで小学校のころからみんな教えられるし、終戦のこともみんな(学校でも)学んでいます。

 私も小学校4年生から中学3年生まで東京の普通の学校に行っていたので、広島、長崎、被爆者のことも聞いて育ちました。どちらかと言えば第2次大戦は日本の視点から学びました、イギリスの視点からではなくて。

 でも、イギリスだと、一切知られていません。「え?原爆っていつ落ちたっけ?」みたいな。

 広島に観光に行くと、原爆の面影も何もないから、たいしたことなかったんじゃないかなと思う人もいます。記念公園に行くと、こんなきれいな公園が昔からあったんだ、と思うのです。「違うよ、ここにはたくさん人が住んでいて、原爆でみんな亡くなったんだよ、だから公園になったんだよ」‥というのは、みんな知らないのです。

 あまりにも知られていない中で、80年が過ぎようとしている、被爆者も亡くなっているので、その声を出すことに緊急性、危機感を感じて、早く作らないと、と思ったのです。

ー「アトミックピープル」は被爆者証言を記録する形で進みますね。私自身、被爆者のことは知っているはずでしたが、改めて話を聞いてみると驚きました。最後に向かうと政治の話になっていって、過去の話だけではなく、今どうするかという話になっていきますね。これまでに数回見たんですけれども。目を背けたくなるような壮絶な場面が入っているというわけでもなかったので、話を聞きたいからまた見る、と思って見たわけです。

 インマン氏:私も、被爆者の方にお会いした時、もちろんこんな悲惨な、想像のできない経験をしていった、それも子供として経験し、それをずっと持っている方、すごくつらいだろうなあと思ったんですよ。確かに、つらいとかはあるのだけど、みんなすごく・・・・

ー番組はとても明るい感じで始まりましたよね。あれは意図的にそうなさったんですか?

 インマン氏:被害者の方は「かわいそう」とか、そういうことだけがアイデンティティではなくて、みんな素晴らしい人生を送っていて、頑張っているからですけれども、すごくポジティブでした。私の方がシニシズムを持っているような気がしました。みんなとても希望に満ちていて沢山エネルギーがあって、何かしなきゃと思っているわけです。諦めがない。

 明るくて、ユーモアがあって、優しくて。そこも私と(共同監督の)ベンは見せたかったのです。ただ悲しいとか(ではなく)。みんな悲しい、つらい思いをしているけれども、それとともにたくさんの喜びも経験しているし、本当にみんな、すごい。

 私もいろんな取材をして、いろんな人に会ってきているけれども、被害者の方の本質というか、精神はくらべものにならないほど・・・

ー凄かったですね。ある方は、もう亡くなっていらっしゃる方ですが、結婚をしたら被爆者であることが分かって、離婚されてしまいます。

 インマン氏:そうですね。

ー女性としてはつらいですね。自分としてはすごくつらいエピソードでした。

 インマン氏:つらいですよね。あと、子供を産むか産まないかという大きな決断をしなければいけない夫婦もいました。

ー日本政府は広島や長崎に原爆を落とされたことについて、アメリカに怒りというか、抗議というか、そういう気持ちをはっきり伝えているのだろうかと知りたくなりました。終戦後は米国を筆頭とする連合軍に占領されてしまいましたね。

 インマン氏:報道制限もありました。報道制限自体が知られていないと思うんですよね。

ー日本では公開されましたか?

 インマン氏:日本で公開したいと強く思っていて、今、いろいろと交渉中です。

ー公開してほしいですね。知らない人も多いですから。自分は日本人としてこういうことは知っていると思っていたんですけれども、まだまだ知らないことがたくさんありました。文章で読んではいても、人の顔や声を通して聞くと、全然違います。

 インマン氏:どんなことを知らなかったんですか。

ー被爆者が差別的に扱われてきたという部分です。知識としては読んでいて知っているつもりでも、実際に話を聞くと、「ああ、こういう風に差別を受けたんだ」と腑に落ちました。病院で検査をしてもらっても、その結果を教えてくれないとか。日本人としても、学ぶことがたくさんあって、勉強になりました。広島に行けば、被爆者が子供たちなどにトークをしています。でも、それが東京ではほとんど見かけません。ウクライナやガザの戦争もありますし、原爆の証言は現在でも非常にリアル感がありました。アメリカでも放送してほしいですね。番組の中では、原爆を落とした米国のトルーマン大統領がなぜ落としたかを国民に向かって説明する場面がありました。

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 番組の中で、原爆投下から16時間後、トルーマン米大統領が米国民に向かって話しかける場面が出てくる。

 「少し前、アメリカの飛行機が広島に1発の爆弾を投下し、敵の有用性を破壊しました。その爆弾は2万トンのTNT火薬以上の威力があります」

 「これは原子爆弾です。宇宙の基本的な力を利用したものです」 

 「私たちは史上最大の科学の賭けに20億ドル以上を費やし、勝利したのです」

 「歴史的にみると、これまでの科学プロジェクトの中でも最大の成果と言えるでしょう」

 「もし今、日本側が我々の条件を受け入れなければ、この地球上で見たこともないような破滅の雨が空から降ってくるでしょう」 

 「戦争はまだ終わっていません」

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ー米国ではどんな説明がされたのかを日本人はもっと知っておくべきと思いました。日本人は一般的にアメリカが好きで、「アメリカってすごい」という表現をよく目にしてきました。私自身はいつも違和感を感じてきたのですが

 インマン氏:複雑ですよね。私も、大戦を経験している親戚がいるんですけれども、子どもとして戦争を経験していて、戦時中の生活があまりにもつらくて、戦争が終わってホッとしたといいます。(占領されて)民主主義になったら、軍事国家よりもずっとよくて。どちらかというと、アメリカありがとう、と。

 その気持ちは分からなくもないけれども、ちょっと違うよね、と。すごく複雑だから。

ーやっぱり、今、2024年になって、若い人、20代、30代、40代の人から見て、もう一度、違う見方をした方がいいのではないかと思うんです。

インマン氏:こうした昔のことを今でもきちっと教えているのでしょうか。

―「戦争を起こしたくない」「戦争反対」というだけでは、戦争は防げない。起きるときには起きてしまうことを今の世界情勢を見ていると感じています。

 インマン氏:今回の番組でも、若い人たちが被爆者の話を聞いて検証するという活動も起きています

―その話を含めて、新たな番組を作ってほしいですね。作ってください。「アトミックピープル」のパート2として。

 インマン氏:そうですね。

ー最後に、最新作の一つとなる日本のタレント、なすびさんを扱った番組のことを教えてください

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 1998年1月から1999年4月まで、日本テレビの番組「進ぬ!電波少年」で放送された企画で、当時22歳のお笑い芸人なすび(本名浜津智明さん)が「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマに、裸で部屋に閉じ込められた。目標金額100万円を達成するまでの様子を番組で放送した。本人は撮影されていることは知っていたが、その映像がどこで使われるのかは、あいまいな説明しかされていなかった。番組の人気コーナーとして全国放送され、次第に有名人になっていった。

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 インマン氏:これまでお話しした2つの番組は監督とプロデューサーを担当しましたが、こちらはプロデューサーとして参加しています。監督はクレア・ティトリーさんです。

 2017年に監督と出会って、映画の企画を聞きました。私は小学生のころ、電波少年のなすびを見てはいけないけど見ていて、それで・・・

―みんな、笑っていましたよね

 インマン氏:笑っていたので、なすびさんのことは覚えていました。監督がなすびさんのドキュメンタリーを作っていると聞いたときに、その時に初めて、「あ、これはやばい」と思ったんです。彼女の視点でこの番組を見たら「ああ、ヤバイ」と。

ー虐待ですよね。

 インマン氏:どうやって作ったのだろうと思って、私もとても知りたくなりました。番組放送当時、私は10代だったけれども、周りの大人も笑っていました。監督は日本語を話せないし、誰も日本語を分かる人が周囲にいなかったので、私がプロデューサーをすることになりました。

―なすびさんは今、どうしていらっしゃるのでしょう?

 インマン氏:ラジオの仕事をしているし、俳優や芝居も。でも、彼にとって一番大切なのは福島の復興です。彼は福島の出身なんです。福島の復興をメインにできることは何でもする、という形でやっています。

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なすびさんの経歴(ウィキペディア

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BBCニュースの記事を読むと、彼自身も忘れていないようです。強烈な体験だったようです。

 インマン氏:すごくつらい、孤独な体験だったと彼は言っていましたね。

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 作品「ザ・コンテスタント」は、2023年9月、第48回トロント国際映画祭(カナダ)でワールドプレミア上映された。11月に米ドキュメンタリーの映画祭「DOC NYC」で上映された後、定額制動画配信サービス「Hulu」で全米配信された。

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ー英国で視聴できますか?

 インマン氏:今、交渉中です。

ーBBCで放送されそうですか?

 インマン氏:BBCではないです。まず映画館で見せられたらと思っていまして、その後、どこかで配信されるようにと思っています。

―将来は、今後も日本をテーマにした企画を手掛けていくのでしょうか?

 インマン氏:日本とかアメリカとか、国にはとらわれず、どんなストーリーかで(次の仕事を)決めています。どのストーリーも私が心に響いたものを作ってきました。

―監督もプロデューサーも担当した番組は自分の子供のようなものでしょうか。

 インマン氏:そうですよ、最初から最後までなので。でも一人で作ったわけじゃないです。映画作りは何十人もで作っていますから。

ーでも、これはどうしますかとか、みんなが聞いてくるわけですよね、監督兼プロデューサーだと。

 インマン氏:特にジャニーズはそうでしたね。ジャニーズを経験していないと、話を伝えられないところがありますね。外からの視点で様子を伝えるというだけでは、日本の気持ちを理解できないでしょう。私もジャニーズが大好きだったし、小学校の卒業式で「夜空ノムコウ」を歌ったりしましたし。

―でも、イギリスに来て、住んでみると、「あれ?おかしいな」と思いますよね。日本に住んでいると分からないですが。

 インマン氏:日本に普通に住んでいると、分からない。「普通」として受け止めてしまいます。ほかの文化とかほかの世界を見ていないと、周りにあるのが普通と思うのは当たり前ですね、特に子供はそうですね。

 私も最初に日本に来た時に、「ボーイズバンド」というのは「ジャニーズ」で、ジャニーズではないのはボーイズバンドではないのだろうと思っていました。ボーイズバンドと言えば、ジャニーズしかいないのかと思って。男の人で歌手やアイドルになりたかったら、ジャニーズに入らないといけないと思っていたんです。「ほかにいないよね」、と。どうしてなんだろうとは思いましたけれど。

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 最後に、インマン氏のメッセージとして、ジャニーズ問題についてのドキュメンタリーで訴えたかったことを改めて書いておきたい。

 インマン氏:子どもへの性加害は本当に、この社会で許せないし、一切許すことではないのです。どんな言い訳も聞かないのです。

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インマン氏(筆者撮影)
インマン氏(筆者撮影)

 インマン恵氏:1986年、東京生まれ。子供時代を日英で過ごす。エディンバラ大学で学び、BBC、チャンネル4、日本のテレビ局向けにドキュメンタリー番組を制作した。初の長編ドキュメンタリーは無農薬栽培のドキュメンタリー「無農薬テロリスト(The Organic Terrorist)」(2023年)。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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