就活SPI本にも偽装あり
石渡です、こんにちは。
今回の写真は去年秋、札幌に帰郷したとき、大通りで見かけた、謎のマリオカート軍団です。普通に走行していて、あれはなんとも言いがたい光景でした。
※写真と記事内容は全く関係ありません。
さて、今回のテーマはSPI・適性検査です。
それも、SPI本の偽装問題について。
出版業界・就活業界のタブー、はたまた地雷にあえてツッコミます。
そもそもSPI・適性検査って何なのさ
まず、適性検査やSPIについてご説明します。
適性検査は筆記試験の一種でして、性格検査と学力検査のどちらか、あるいは両方を見るものです。
古くはクレぺリン検査などがありましたが、リクルート(現在はリクルートマネジメントソリューションズ)が1973年に開発したSPIが主流となっています。
SPIは何度か改訂され現在はSPI3となり、リクルートのSPI3サイトによれば、
年間利用社数9810社、受検者数163万人。圧倒的に企業・受検者から支持されている適性検査がSPIです。
とのこと。
適性検査はSPI3以外にも色々あるのですが、大きなシェアを持っているのがSPI3です。
この適性検査、無理やりの解釈次第では、
就活におけるセンター試験
と言えなくもありません。
実際に、多くの企業が利用し、選考参加の学生をSPI3の点数でふるい落とす、という企業も少なからずあります。
となると、就活生は色々対策しなければ、となります。大学も大学でSPI講座などを設けて対策するところも多数。
書店に行けば行ったでSPI対策本が山ほどあります。
運営者は対策できないと言い張るが
SPIを導入する企業からすれば、そう簡単に対策されてはたまりません。
特に、性格検査の部分がそうです。
SPIなど適性検査を導入する企業は早期退職しそうにないかどうかを見るのが目的です。基礎学力を見たいというのもあるのですが、まあ性格検査を重視する企業の方が多いですね。
この性格検査が対策されては導入する意味がありません。
そうした懸念もわかっているのか、リクルートのSPI3サイトではこんなことが書かれています。
書店の就職・資格コーナーに並ぶSPI対策本の種類の多さに驚くと同時に、こうした対策本が採点結果の信頼性に及ぼす影響について心配されている方も多いと思います。
SPI3では、実証試験に基づく設問パターンの工夫や、自分をよく見せようとする回答の見分けが可能な"チェックロジック"の追加搭載などにより、対策本利用の影響を排除し的確な人物評価を実現しています。
実際に、能力検査では対策本による準備を行ったグループと、何も準備をしていないグループの両方に受検してもらったところ、両者の結果に有意な差が認められないことが確認されています。 また、性格検査では問題作成時に「自分をよく見せようとして偽った回答をさせたグループ」と「偽らずに回答させたグループ」の得点差をチェックし、得点差の少ない問題を採用することで、偽った回答の影響を抑えています。
このリクルートの公式アナウンスを受けてか、就活の専門家の間でも、SPI対策はそれほど意味がない、とする方がいます。
2013年11月刊行の『リクルートを辞めたから話せる本当の「就活」の話』(PHPビジネス新書)の著者はタイトルにもある通り、元・リクルートの太田芳徳さん。
同書は2013年の就活ネタ新書の中では『就活のコノヤロー』の次くらいにいい本(自分で言うかね、それを)なのに、大学生協に配本されていないせいか、生協ではあまり売れていないようです。
お勧めできる就活ネタ新書なのですが、同書にもSPIについて「SPIは対策するものではない」と題した項目でこんな記載がありました。
(性格検査について)性格がどのような傾向を持ち、各企業の仕事や文化に合うかを見ている検査なので、対策は無意味である。リクルート出身の私が言うのだから間違いない。
ちなみに、対策ついでに伝えておくが、世の中に出ているSPIの対策本は、リクルートとは関係のない企業が出している。本物に近い感じで再現しようとしていると思うが、あくまでも似せて作ったものだ。本物はその通りでなかったり、予告なく変わったりするかもしれないので、それだけは頭の片隅に置いておいてほしい。
就職活動が内定獲得ゲームのようになってしまうと、SPIも「攻略してしまおう」という発想になってしまうが、SPIの対策は試験の本来の意図から外れてしまうと同時に、学生自身の不利益となってしまうことも覚えておこう。
さて、リクルートの公式アナウンスや専門家の
「対策は無意味」
これ、どこまで正しいか、と言えば半分正解という程度です。
リクルートにいなくても、長年、就活取材を続けたこの私が言うのだから間違いない(なんか、説得力ないなあ)。
性格検査は対策できなくても学力検査は?
SPI3は性格検査と能力検査(学力検査)の2つあります。
このうち、性格検査については、公式アナウンスや専門家の言う通り、対策しても意味がありません。
「あなたは明るい性格ですか?」「はい・いいえ」
という単純な問題などまず出ません。
まあ、性格検査もSPI3よりもさらに正確に判定できるものがある、とする専門家もいますが、それとSPI3の正確さの是非とは別なので、ここではおくとします。
まあ、根本的な問題として、SPI3で性格検査を偽る(対策する)ことが可能だとしても、面接でちょっと話せばすぐわかることなので無意味であることは明らかなはずです。
で、問題は能力検査(学力検査)。
もう1回、リクルートの公式アナウンスを見てみましょう。
実際に、能力検査では対策本による準備を行ったグループと、何も準備をしていないグループの両方に受検してもらったところ、両者の結果に有意な差が認められないことが確認されています。
これは違います。対策次第によっては「有意な差」が出るに決まっています。
その理由は今回のテーマ、SPI本の偽装問題が影響しています。
能力検査の項目、よく見てみると
能力検査は非言語能力分野と言語能力分野の2種類あります。
非言語能力分野はいわゆる数学・計算問題、言語能力分野は国語問題です。
このうち、非言語能力分野について、洋泉社から刊行の『これが本当のSPI3だ!』(SPIノートの会・津田秀樹編著)とそれ以外の多くのSPI本の目次を比較してみます。
なぜ、洋泉社版のみ実名を出して、他社は実名を出さないのか、それは後述します。
洋泉社版:
推論/集合/表の読み取り/順列・組み合わせ/確率/料金の割引/分割払い/損益算/代金の精算/速さ・距離・時間/グラフの領域/物の流れと比率/装置と回路
多くのSPI本:
仕事算/年齢算/鶴亀算/水槽算/損益算/速さ・時間・距離/濃度算/場合の数/確率/代金の精算/分割払い/論証/推論/位置と方角/集合/グラフの領域/領域の形/図表の読み取り/流通経路と比率
洋泉社版については、非言語能力分野のトップに推論をもってきています。以下、他の問題も同様ですが、いずれもちょっと考えないと解けない数学のパズルのようなものです。
国公立大理工系学部の学生だと「楽勝」と話す方が多い反面、私立大文系学部の学生だとめげてしまう方が多いようです。
一方の他社版、トップは仕事算。以下、鶴亀算など簡単な計算問題が並びます。
洋泉社版に出ている推論や集合、代金の精算など難しい問題は中盤から後半にかけて掲載されている点が違います。
能力検査の項目、よく見てみると
リクルートの公式アナウンスでは、どの社の対策本を使って検証したか、書かれていません。
しかし、私が取材した限りでは洋泉社版を使った学生はSPI対策に成功し、他社版では失敗する確率が高くなります。
それは、他でもない掲載内容にあります。
洋泉社版では推論など数学パズル的な問題が多く掲載されています。
これは現在のSPI3にかなり近いもの、と言えます。
一方の他社版に掲載されている内容、特に前半の仕事算・鶴亀算などは現在のSPI3ではほとんど出題されません。
出題されていない内容を一生けんめい勉強したところで、そりゃあ影響は大したことがなく、リクルート公式アナウンスが言うところの「有意の差」などでないに決まっています。
他社版は1990年代後半とほぼ同じ
洋泉社版も他社版もSPI対策本は単年度のものでなく、タイトルに年度を入れている年度版刊行が基本です。
で、このSPI対策本の年度版、どの程度、違うか、一度、国会図書館にて全部確認したことがあります。
結論から言えば、初年度のものとほぼ同じのものばかりでした。
そして洋泉社版以外は1990年代後半とほぼ同じ。
SPIは1996年に大きく改訂されます。
そして、2002年にSPI2、2013年にSPI3と改訂されます。
改訂されるたびに、出題内容も見直され、簡単な計算問題は姿を消しています。
ところが、洋泉社版以外の他社版の多くは1990年代後半の初年度刊行のものから大きく変えていません。
学生からすれば、
「でもどの本も、大きく年度表示を入れているじゃないか」
と思うはず。
そう、その年度表示が実は偽装と言われかねない問題をはらんでいるのです。
カバーを外して見えるもの
さすがに特定の社名を出すのはどうかと思うので、拙著『就活のバカヤロー』にポストイットを貼って再現してみました(クオリティが低いというクレームはスルーします)。
●その1:カバー・本体が同じ
『SPI3対策 2015』という本があるとしましょう。
これが表紙。
それで、表紙カバーを外すと…
まあ、同じタイトル。そりゃ、そうでしょう。
で、次。
●その2:カバー・本体が同じでない…
『SPI3ナントカ 2015』という本があるとして。
表紙には年度版表示あり。まあ、当然です。ところが…
カバーを外すと本体には年度版表示がありません!
仮にこの『SPI3ナントカ 2015』が半分売れ残ったとしましょう。普通なら翌年度には売れませんので、断裁処分。
つまり、まるまるムダになるわけです。
ところが、本体に年度版表示が入っていないので…
はい、カバーだけ付け替えると最新版『SPIナントカ2016』の出来上がり。
これで、純粋なる就活生の多くは最新版だと疑わずに買ってしまう次第。あーあ。
カバー付け替えだけでないダマし方
年度版で学生を騙すのは、カバー付け替えだけではありません。
さすがに一部の学生がこの使いまわし・年度版商法に気づいたこともあってか、カバーだけでなく本体にも年度を入れるSPI対策本が増えています。
しかし、今の出版技術からすれば、表紙、あるいは最初の10ページ程度だけ、差し替えるということも可能です。
カバー付け替えよりも経費はかかりますが、一から刷り直すよりは、はるかに安上がり。
いいのかなあ、そんなので。
まだ良心的と言える洋泉社版
なぜ、この記事で洋泉社版のみ、実名を出して、他社は社名を出していないのか、それは洋泉社版がまだ良心的だからです。
洋泉社版も、前年度版と同じ内容もそれなりにありますが、前年度版と比べるとまだ色々と内容が差し替わっているだけ良心的です。
何よりも、学生に話を聞くと、洋泉社版を使ったところ、掲載内容の多くが出題されたとの取材結果が出ています。
この洋泉社版に比べて、他社版の多くは学生に取材すると、掲載内容があまり出題されずに役に立たなかった、という話をよく聞きます。
そりゃそうですよね。
掲載内容が前年(というか刊行初年度のもの)と同じ、カバー付け替えなどでごまかしているうえに、そもそも掲載内容が古くて現在のSPI3に即していないのですから。
と言って、さすがに実名を挙げるのは忍びないと思った次第。
名誉棄損だなんだと言われてもなあ、というわけではありません(苦笑)。
洋泉社版以外、なおかつ大学生協でよく売れているものではナツメ社の『史上最強 SPI&テストセンター超実戦問題集』(オフィス海・著)が例外。
SPI3とテストセンター(SPI3の実施スタイルの1つ。SPI3全体の半数を占める)、2つの対策をまとめています。洋泉社も含め、通常は別々。
掲載内容も非言語分野では、トップに推論があるなど実際の出題内容に近い点は評価できます。
推論(命題)、推論(正誤)、推論(順序)、推論(内訳)、推論(平均)、推論(対戦)、推論(%)、推論(位置関係)、順列・組み合わせ(並べ方と選び方)、順列・組み合わせ(席決め・塗り分け)、順列・組み合わせ(カード・コイン・サイコロ)、順列・組み合わせ(重複・円
応用)、確率の基礎、確率の応用、割合と比、損益算、料金割引、仕事算、代金精算、速度算、集合、表の解釈、特殊算、情報の読み取り、物の流れ、グラフの領域、条件と領域、ブラックボックス
ただし、カバーを外すと年度版表示がないので使いまわし疑惑が付きまとうのが残念なところ。
数学嫌いの就活生がSPI対策に失敗するパターン
こういうカラクリがあるのを当然ながら多くの学生は知りません。
ここで、数学・計算問題に慣れている学生ならどうにかなりますが、問題は数学嫌いの学生です。
大学生協や書店に行ってからをチャート化するとこんな感じでしょうか。
大学生協・書店に行く
↓
目立つ表紙の洋泉社版を手に取る
↓
推論とかよくわからない
↓
じゃあ、やめよう
↓
他社版を手に取る
↓
簡単な問題から並んでいる。これはわかりやすい
↓
よし、これ(他社版)を買おう
↓
半分くらいは順調
↓
中盤から終盤あたりでめげる
↓
やっぱ、推論とかよくわかんねーな
↓
まあ、半分はできているし、どうにかなるか
↓
SPIでうまく行かない、おかしい…
本人は、SPI対策をしっかりやっているつもりがボロボロの罠。
そりゃそうです。鶴亀算なんかろくに出題されないところばっかりやって、推論など出題されるところを勉強していない以上、得点できるわけがありません。
就活生はSPI本選び・対策をどうする?
以上がSPI本の裏事情。
仮にですが、洋泉社版(あるいはナツメ社版)と他社版で対策した学生の違いを集計していけば、結構大きな差が出ると推測できます。
それでは就活生はSPI本選びと対策をどうすればいいでしょうか。
まあ、一番いいのは洋泉社版を買うことです。これが鉄板。ナツメ社のもいいと思います。洋泉社版以上に推論を細かく分けているあたりがいいですね。
問題は他社版をすでに買っていて、いまさら買い直せない学生。そういう方は前半の簡単な問題はもちろんのこと、中盤・後半に掲載されている推論などもしっかり勉強してみてはいかがでしょうか?
年度版で中身が同じでも愛が欲しい
年度版で前年と中身が変わらないのはSPI本に限らず、よくあることです。
私は大学研究家(というか、いつの間にか結婚しているわ、明治大学文明とマネジメント研究所客員研究員に就任しているわで激変・確変中)の山内太地と共著で、高校生向け進路ガイド『時間と学費をムダにしない大学選び』シリーズを2008年から刊行しています。
前年度と内容が全部違うか、と言えばそんなことはなく、6割前後はどうしても前年度版と内容は同じです。
大きく変わる情報もあれば、そう変わらない(だけど掲載に値する)情報もあるわけで、その辺は変えないままの掲載にならざるを得ません。
しかし、毎年、無理やりにでもコラムを変えるなどして、最新情報を提供するようにしています。
その理由は、読者、そして某年度版著者にあります。
進路ガイドは1年だけしか買ってくれない方もいますが、高校の進路指導部でのまとめ買いなど、毎年買ってくれる方もいます。
毎年買ってくれる方は最新情報を求めて買ってくれるわけです。それを
「面倒だし、去年版と内容変えなくても」
なんて、ふざけた姿勢でいては、ああっと言う間に見透かされて買ってくれなくなります。
いや、毎年買ってくれなくても、1年だけの読者に対しても、失礼というものでしょう。
以前、とある年度版本を刊行している著者と少し接点があったときのことです。
この方が刊行している年度版本はぶっちゃけ話が受けて、一番勢いのあるときは毎年、シリーズとして4冊刊行していました。
ところが、年度版の悪例通り、内容はほぼ同じ。
ネットでも悪評が立つほどになったとき、会う機会があった私はこの話をぶつけました。
すると、
「いいんだよ、売れているんだし」
いやいやいや、それじゃあ、最新情報が掲載されていると信じている読者を裏切ることになるじゃないですか。私がそう指摘すると、
「まあ、だまされたと分かれば、それはそれでいい勉強になるんじゃない?」
これ、聞いた瞬間、この著者を尊敬できなくなりました。
以来、この著者と話すこともなく、現在に至っています。年度版で出していたシリーズは1冊また1冊と休刊していると聞きます。
SPI本であっても、それ以外の本であっても、年度版であっても、年度版でなくても、本を出す以上は読者のためになるかどうか、読者への愛があるかどうかが最優先のはずです。
果たして、SPI本の著者・編集者は学生に対して、愛はあるのでしょうか?
洋泉社版以外はカバー付け替え・前年度と内容が同じ・当の昔に出題されない内容まで掲載なんてことをやっている限り、私には愛があるとは思えません。
まあ、そもそも、そんなことをいつまでも続けていると学生は書店でも生協でも買わなくなり見捨てられますよ、とお伝えして、この記事の終わりとします。
※就活関連の記事については以下の記事もご参考にどうぞ。