これがロシアの暗殺兵器だ 防犯カメラがとらえた元二重スパイ暗殺未遂 あなたは監視社会を受け入れますか
ロシア人2人の写真を公開
[ロンドン発]英イングランド南西部ソールズベリーでロシアの元二重スパイと娘が旧ソ連で開発・製造された兵器級の神経剤(神経伝達を阻害する作用を持つ化合物の総称)ノビチョクで暗殺されそうになった事件で、ロンドン警視庁のテロ対策班は5日、容疑者2人の写真を公開しました。
40歳前後とみられるロシア国籍のアレクサンダー・ペトロフとルスラーン・ボシロフの両容疑者で、ロシアのパスポート(旅券)で英国に入国していました。偽名を使っている可能性があるため、ロンドン警視庁は情報提供を呼びかけています。
テリーザ・メイ英首相はこの日、下院での声明で「2人はロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の情報部員。GRUはしっかりした指揮系統を持つ高度に統率された組織だ。この事件は組織の悪党の犯行ではなく、GRU内ではなくロシア国家上層部の承認を得て実行されたのはほぼ間違いない」と指摘しました。
英検察当局は証拠がそろったと判断して2人を起訴しました。ロンドン警視庁は国内だけでなく欧州逮捕状を取り、公開手配しました。国際刑事警察機構(ICPO)を通じて公開手配できるか検討しています。
3月4日、ソールズベリーの公園で、元GRU大佐で英国の二重スパイだったロシア人男性セルゲイ・スクリパリ氏(67)と娘のユリアさん(33)が意識不明の重体で見つかったため、ロンドン警視庁は6カ月にわたって250人態勢で1万1000時間の防犯カメラ映像、1400以上の証言を集めるなど、捜査を進めてきました。
その結果、ノビチョクがスクリパリ氏宅玄関に塗り付けられていたと断定。防犯カメラや出入国管理記録から容疑者2人を特定し、宿泊していたホテルの部屋のモップから微量のノビチョクを検出しました。
スクリパリ氏とユリアさんは回復して退院。しかし捜査員のニック・ベイリー巡査部長が意識不明の重体になりました。巡査部長は次第に回復していますが、まだ職務には戻れません。
3児の母親が巻き添え死
6月30日、ソールズベリーで拾ったノビチョク入りの香水瓶を手首にふりかけた英南部エームズベリーに住む3児の母親ドーン・スタージェスさん(44)も意識不明の重体になり、7月8日に死亡。パートナーのチャーリー・ロウリーさん(48)も一時、重体になりました。
ロウリーさんは6月27日にソールズベリーの寄付箱で、香水が入ったとみられる箱を見つけました。その箱の中には小瓶とノズルが入っており、30日に自宅で小瓶にノズルを装着して少しつけてみました。スタージェスさんも手首に香水をつけたそうです。
ロウリーさんの自宅から見つかった小箱にはパリのファッションブランド「ニナ・リッチ」のラベルがはられ、香水瓶の中から大量のノビチョクが検出されました。小箱や小瓶、ノズルはすべて偽物でした。
ロンドン警視庁は、以下の理由から2つの事件を一連の事件と断定しています。
(1)ロンドン警視庁と化学兵器禁止機関(OPCW)が、2つの事件で使われたノビチョクは同じタイプと断定
(2)ノビチョクは世界でも希少な化学兵器の1つなのに、2つの事件で検出されたのは偶然とは考えられない
(3)ノビチョクを英国に持ち込むために使われたボトルやパッケージは見事に偽装され、スクリパリ氏宅の玄関に完璧な形で塗り付けられていた
(4)容疑者2人と、スタージェスさんとロウリーさんのソールズベリーでの動きは全く重ならず、たまたまノビチョク入りの香水瓶を見つけた可能性が強い
スクリパリ氏宅近くの防犯カメラが容疑者をとらえた
これまでの捜査で判明している2人の足取りは次の通りです。
3月2日午後3時、容疑者2人がモスクワ発アエロフロートSU2588便でガトウィック空港に到着
午後5時40分ごろ、電車でロンドンのビクトリア駅に移動
午後6~7時ごろにウォータールー駅に移動。地下鉄ボウ・ロード駅近くのホテルに宿泊
3月3日午前11時45分ごろ、ウォータールー駅に移動
午後2時25分ごろ、下見のためソールズベリー駅に到着
午後4時10分ごろ、ソールズベリーを離れる
午後8時5分ごろ、同じホテルで宿泊
3月4日午前8時5分ごろ、ボウ・ロード駅からウォータールー行きの地下鉄に乗車
スクリパリ氏宅に向かう容疑者2人を防犯カメラがとらえる
午後4時45分ごろ、ウォータールー駅に戻る
午後6時半ごろ、地下鉄に乗ってヒースロー空港に向かう
午後10時半、モスクワ行きアエロフロートSU2585便で出国
警察と情報機関の協力
ソールズベリー事件を受け、英国はロシア外交官23人を追放。米国の60人を含む西側諸国計28カ国と北大西洋条約機構(NATO)が計150人以上のロシア外交官を国外退去処分にしました。
英国はロンドン警視庁が5日に発表した内容を前々から情報機関のコミュニティーを通じて同盟国や欧州連合(EU)加盟国に提供していたのは確実です。安倍晋三首相がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と親しく、情報機関がない日本は蚊帳の外だったに違いありません。
元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏(当時43歳)が2006年、ロンドンで放射性物質ポロニウム210により暗殺された事件でも、ロンドン警視庁は同じ手法で旧ソ連国家保安委員会(KGB)元職員アンドレイ・ルゴボイとドミトリ・コフトゥンの容疑者2人を特定しています。
ロンドンには50万もの防犯カメラが設置されています。交通違反をすると、3つの違った角度から違反の瞬間を撮影した写真と違反切符が送られてくると言われるほどで、言い逃れすることはできません。
イスラム過激派のテロを防ぐため、警察と情報機関の連携は緊密になっており、情報機関の情報に基づいて警察が証拠を収集し、公判を維持する手法が確立しています。
日本やドイツ、旧共産圏のような秘密警察の歴史がない英国では自由と民主主義を守るために情報機関を活用することに対する抵抗感は日本に比べ格段に少ないようです。
今回のロシア人容疑者の公開手配は、防犯カメラをはじめ、携帯電話やインターネット上の傍受と盗聴、クレジットカードや公共交通機関の非接触型ICカードの履歴チェックが許されているからこそ、自由と民主主義が守られている英国の生々しい現実を物語っています。
(おわり)