数字で振り返る、英総選挙 ー世論調査の妥当性への調査も
(月刊誌「メディア展望」6月号の筆者原稿に補足しました。)
5月7日、英国では5年ぶりの総選挙が行われた。連立与党の一つ保守党が過半数を超える議席を獲得し、単独政権を樹立させた。デービッド・キャメロン保守党党首・首相による2期目の政治が始まっている。
事前の複数の世論調査や識者の予想では保守党と最大野党・労働党がどちらも過半数を取れず、「宙ぶらりんの議会(ハング・パーラメント)」になるはずであった。いずれかの政党が第1党となった場合、どの少数政党と連立政権を発足するのか、あるいは閣外協力を結ぶのかでさまざまな憶測が飛び交った。
しかし、ふたを開けてみると、定数650の下院で保守党は331議席を獲得(得票数約1133万、得票率36・9%)。第2党の労働党は232議席(得票数約940万、得票率30.4%)となり、約100議席の差をつけた。前回2010年の総選挙ではその差は47議席で、国民が保守党にお墨付きを与えたと評価できる。
勝利の決め手はキャメロン政権の経済手腕だったと言われている。金融危機発生後の2010年に労働党政権を引き継いでからは緊縮財政に取り組み、雇用も増加させた。14年の国内総生産(GDP)成長率は2.8%の見込みで、欧州内で最も高い数字だ。経済が有権者にとっては最重要事項という点はどの選挙でも変わらないようだ。
しかし、経済だけでも十分ではない。英国民が官僚主義の典型と見る欧州連合(EU)に継続して参加するかどうかの国民投票を17年に実施すると宣言していたことも、功を奏したといわれる。労働党も、前政権で保守党と連立を組んでいた自由民主党(当時第3党、今回の選挙では獲得議席8、得票数約241万、得票率7・9%)は問題外とした。
女性議員に注目すると、650議席の中で女性は191議席となった(前回は147)。比率では10年の23%が現在は29%に上昇した。最も年齢が若い議員は20歳であった。
投票率は66・1%(前回65.1%)で、スコットランド地方のみに限ると71・1%、この地方の一部では80%を超え、関心の高さがうかがえた。
ガラリと変わった政治地図
実は、今回の総選挙で最も大きな動きは保守党の勝利よりも、政治地図の激変だ。英国の人口の5分の4を占めるイングランド地方の大部分が保守党の政党色(ブルー)でほぼ埋まり、最北部スコットランド地方はほぼイエロー(スコットランド国民党=SNP=の政党色)に染まった。イングランド地方北部やスコットランドは元来労働党が強かったが、SNPの躍進にレッド(労働党の政党色)が押し出された格好だ。
英国では長い間2大政党制が続いており、議席数だけを比較すれば第1党保守党と第2党労働党との戦いという構図は依然としてある。しかし、英国の地図を政党色で分けてみると、スコットランド=SNP、イングランド=保守党という分布が明確になる。第3党となったSNP(獲得議席数56)はスコットランドの英国からの分離を掲げている政党で、現状維持を望む保守党とは正反対の位置にいる。
スコットランドでは労働党や自民党の大物議員らが続々と落選し、代わりにSNP候補者が当選した。保守党の当選議員はスコットランドでは1人のみ。
旧連立政権にいた自民党の57議席からほんの8議席への急落も特記に値する。
総選挙の結果が判明すると、労働党と自民党のそれぞれの党首が辞任を表明し、政情の激変振りを実感させた。
400万票近くを得ても、1議席のみ
ここ1-2年の英国政治の大きな流れに、SNPの躍進とともに、英国のEUからの脱退を目指す英国独立党(UKIP=ユーキップ)の人気がある。
スコットランドの英国からの独立は1つの夢想と見られてきた。しかし、07年にSNPがスコットランド地方議会で第1党となり次第に支持を広げてゆくと、独立への動きが必ずしも夢ではなくなってきた。14年9月には独立の是非を巡る住民投票が開催され、もう少しで独立へのゴーサインが出るところまで行った。投票率は84・6%という驚異的な数字となり、賛成が44・7%、反対が55・3%という僅差で終わったが、独立は政治的選択肢の一つとなった。
今回の総選挙では、下院の総議席数の中でスコットランド地方に割り当てられたのは59議席。その大部分の56議席をSNPが得た。総選挙前は6議席だったので、大躍進だ。第3党として、自治権の拡大やSNPのもう1つの大きな公約である核兵器廃止に向けて、キャメロン政権への要求が高まりそうだ。
「スコットランドは英国の一部」という既成の枠組みに挑戦するのがSNPとすれば、UKIPは「英国はEU加盟国」という現状を変えようとする政党だ。以前から大陸の欧州諸国に一定の心理的距離感を持つ英国民だが、04年に旧東欧諸国がEUに加盟し、新EU市民が流入してくると、学校教育や病院などの生活面、雇用面などで圧迫感を感じるようになってきた。
EU移民に対し不満感を持つ国民にとって、UKIPは自分たちの気持ちを汲み取ってくれる政党だ。14年5月の欧州議会選挙の英国枠で第1党となってから、大きな注目を集めるようになった。
カリスマ性の高い党首の下、UKIPは総選挙で約388万票を集めた(得票率12・6%)。しかし、獲得議席は1つのみ。党首自身も落選した(党首辞任を申し出たが党執行部に説得され、慰留)。
一方のSNPは得票数が約145万(得票率4・7%)。これで56議席を取得した。
UKIPの不振には、1票でも多い候補者が当選する小選挙区制の弊害が見て取れる。
小選挙区制では小規模政党が苦戦するものだが、SNPは何故躍進できたのだろうか?
まずは政党自身の地道な努力が挙げられるだろう。自治政府を運営しながら地元民の生活に根ざした政策(福祉手当の充実、小学校の給食費無料化、大学の学費無料化など)を実行した。独立への機運が高まってきたことも追い風となった。また保守党への不信感が強いスコットランドでは保守党候補者は苦戦を強いられるー実際に保守党議員は現時点で1人しかいない。福祉手当の充実などの政策は従来であれば労働党の政策領域だが、「スコットランド住民を向いた政治」+「従来の労働党の政策」=SNPという構図で有権者を獲得していった。
SNPはまた、スコットランドに割り当てられた59議席の選挙区に戦力を集中できた。これが例えば第3党から少数政党に下落した自民党の場合、全国の650の選挙区のほぼすべてに候補者を立てた。全国展開の2大政党労働党や保守党の候補者との一騎打ちだ。労・保に打ち勝つには相当の資金と人海戦術が必要となり、自民党はかき消された存在となった。保守党勢力の存在感がほとんどないスコットランドで、SNPの敵は打倒可能なスコットランド労働党や自民党だけだった。
EUを脱退、英国からの分離と言う2つの流れが色濃く出る英国で、いかに国全体をそして国民を1つにまとめてゆくかがキャメロン政権の最大の課題となる。
何故世論調査が当たらなかったのか?
今回の総選挙の疑問点の1つは、何故事前の世論調査が当たらなかったか、だ。
複数の調査を見ると、「保守党と労働党が拮抗する」「保守党が勝つ」「労働党が勝つ」など、さまざまな予測が出ていたのだが、ほとんどが「過半数を占める政党はない」だった。
筆者自身、これだけテクノロジーが発達した今、選挙の勝敗を当てるなんていとも簡単なことだろうと思っていた。
しかし、現実はこれが簡単なことではなかった。
選挙後、世論調査の正当性に疑問符がついてしまい、その理由を探り当てる試みが始まっている。
まず、上院では世論調査を規制する法案が提出された(上院での議論・可決後、下院での議論・可決が必要となるが、上院に送られるところまでいくかどうかも、今は未定だが)。
その一方で、世論調査を行う団体の集まり「英国世論調査委員会」と「市場調査協会」が立ち上げた独立調査委員会が、6月19日、最初の会合を開催した。世論調査に直接関係していない8人が総選挙時の世論調査の正確さや何故当たらなかったかを検証する。
第1回目の会合では7つの世論調査会社(ICM、 Opinium、 ComRes、 Survation、 Ipsos MORI、 YouGov、 Populus)から意見聴衆を行った。各会社は選挙後、もう一度調査に参加した人の意見を聞くなどして、検証活動を続けてきた。
意見の中にあった共通点のいくつかはー。
ーー選挙直前になって投票意志が大きく変わったということはなかった
ーー投票すると言っていても実際に投票する人の意見を十分に汲み取ることができなかった
ーー投票しそうな人に意見を聞いた傾向があったのではないか
ーー今回の選挙結果のみからなんらかの結論を出さないほうがいいのではないか
ーー理由がはっきりしない(大多数の意見)
調査会社ICMの代表は「労働党の得票を過大評価する、長年の習慣が邪魔をした」。保守党に投票することを他人には言わない「恥ずかしがり屋の保守党投票者」や、実際には投票しない「怠惰な労働党支持者」がいた、というのは不正確な調査結果を出した「十分な理由にはならない」。
Opiniumの代表者は「50代、60代の調査参加者が多すぎた、70代が十分にいなかった」。年齢が高いほど、保守党支持者の比率が増えるため、これが影響を及ぼした。
Survationの代表者は 「宙ぶらりんの議会を恐れた有権者が、保守党支持者ではないが、戦略として保守党に投票した」と説明。
一方、 Populusの代表者は調査参加者のサンプリング自体に問題があった可能性があると指摘した。
独立調査委員会は年内には中間報告を出す予定で、その前に市民が参加するミーティングも開催予定だ。最終的な報告書は来年3月までに発表される。(終)