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恋人は殺人鬼だった!?実録犯罪映画『テッド・バンディ』が描く凶悪犯の美しすぎる微笑み

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
ザック・エフロンが演じるシリアルキラーの実像

 犯罪史にその名を刻む連続殺人鬼たちがいる。19世紀のロンドンで売春婦たちを襲い、メスのような鋭い刃物で喉を掻き切った通称”切り裂きジャック”。1962年から64年にかけて、アメリカのボストンで複数の女性をレイプした後に殺害したアルバート・デザルボ。1968年から1974年にかけて、サンフランシスコで若いカップルを少なくとも5人殺害した自称”ゾディアック”etc。犯人が特定されているケースは勿論、未解決になっている事件の容疑者であれば尚更、それらは犯罪映画のテーマとなって多くの推理マニアに喜びを与えて来た。ジョニー・デップ扮する警部が”切り裂きジャック”の犯人像に迫る『フロム・ヘル』(01)、トニー・カーティスが犯人のデザルボを演じた『絞殺魔』(68)、そして、デヴィッド・フィンチャーが謎めいた真犯人と彼を追う男たちの攻防を描いた秀作『ゾディアック』(07)等が挙げられる。

女性を一目で虜にする殺人鬼の眼差し
女性を一目で虜にする殺人鬼の眼差し

 そして、このジャンルに新たに加わるのがテッド・バンディだ。トマス・ハリスの小説で映画化もされた『羊たちの沈黙』(91)に登場する”ハンニバル・レクター”のモデルになったと言われる人物だ。もし、この名前に馴染みのない方も、その特異なキャラクターを聞くと俄然、興味をそそられるに違いない。バンディは1974年から78年にかけて、アメリカの7つの州を跨いで若い女性をターゲットにレイプと殺害を繰り返した。彼の手にかかった被害者は少なくとも30人以上。死体に陵辱的な行為を行なっていたことからも、犯行の異常性と猟奇性がうかがえる。一説には、これをきっかけに”シリアルキラー”という呼び名が生まれたともいわれている。

一方で、バンディは女性を魅了するカリスマ性を持ち合わせていた。さらに、裁判では5人の国選保弁護人を罷免し、IQ160の頭脳を駆使して自らを「彼」と呼び、裁判官も呆れる周到な”自己弁護”を展開したことでも知られる。

バンディと出会ってしまった恋人リズ(リリー・コリンズ)
バンディと出会ってしまった恋人リズ(リリー・コリンズ)

 果たして、テッド・バンディとはどんな人物だったのか?この犯罪史上稀に見る謎に迫るのが、『テッド・バンディ』だ。まず、この映画がユニークなのは、殺人鬼が犯行を重ねていくプロセスを、かつてのジャンル映画の多くがそうだったように、本人または捜査側の視点で描くのではなく、偶然、バンディと出会い、恋に落ちた女性の心理的な変化を物語のテコにしている点だ。法律事務所で働くシングルマザーのリズがある日、バーで声をかけて来たハンサムな青年、バンディに一目で恋に落ち、幼い娘と共に3人で幸せな家庭を築こうとしていた矢先、バンディに過去に起きた誘拐事件の容疑がかけられる。彼は有罪判決を受けて収監され、直後には別件の殺人事件の容疑が浮上。遂には脱走を繰り返すことになる。その間、リズは疑惑に揺れ動く心と懸命に格闘しながら、やがて、バンディへの思いを断ち切る決意を固めるのだった。

実物のテッド・バンディ
実物のテッド・バンディ

 愛した相手がシリアルキラーだった!?そこを起点に突き進む異色の心理スリラーは、同時に、バンディに操られた人々や警察、メディアの愚かさも描きつつ、ベトナム戦争後のアメリカの混沌にも言及している。テッド・バンディに関する詳細な人物像と時代背景をより知りたいなら、TVドキュメント・シリーズ『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』(19 Netflix)を合わせて観ることをお勧めする。全235分を4つのエピソードに分けて描かれるミニシリーズは、”ニューヨーク・タイムズ”のベストセラー”Conversation with a Killer”で知られる作家でプロデューサーのスティーブン・ミショーが、1980年に行なった死刑囚監房に収監中のバンディ本人への、そして、彼の家族と友人、生き残った被害者(リズも含む)、捜査関係者等、締めて100人に対して行なった貴重なインタビューと、当時のアーカイブ映像で構成されている。そこには、類い稀な頭脳を持ちながら、それを歪んだ形でしか活用できなかった男の悲劇が、本人の肉声と画像と共に記録されている。これと、私小説的犯罪ミステリーである映画『テッド・バンディ』とを見比べると、謎めいた殺人鬼の実像と、1970年代という時代の空気感がより明確に味わえるはずだ。それでも、人を狂気に駆り立てる原因と、凶悪犯に魅了される人間の感情の不思議については、はっきりとは解明されないのだが。

 映画でバンディを演じるザック・エフロンが、バンディ本人ととてもよく似ている。女性の前で見せるイノセントな笑顔と突き抜けた明るさは、出世作『ハイスクール・ミュージカル』(06)以来、エフロンが専売特許にして来たてっぱんの持ち味だろう。控えめだがボディメイクが行き届いたマッチョな肉体も、かつてないほど役に馴染んでいる。驚くべきは、TVドキュメントの中でも紹介されるバンディに関するコメントだ。彼をよく知る人物によると、普段は透き通ったバンディのブルーの瞳が、犯罪について鋭く追求された途端、恐らく、完全防備の仮面が剥がれそうになった途端、真っ黒に豹変するのだという。ブルーの瞳はエフロンのチャームポイントでもある。さて、そこを映画ではどう描いているか?TVドキュメンタリーも手がけた監督のジョン・バリンジャーが、ザック・エフロンに仕掛けた映画ならではの演出を、是非見逃さないで欲しい。

画像

『テッド・バンディ』

12月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー

配給:ファントム・フィルム

(C) 2018 Wicked Nevada,LLC

公式ホームページ 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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