Yahoo!ニュース

2024年6月のニューヨーク・エンタメ最新事情

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
BACK TO THE FUTURE(撮影/小泉広幸)

5月30日からニューヨークに滞在中だ。急激な円安、治安の悪化等、ネガティブな要素が多い中、訪れる気になったのは、先頃発表された第77回トニー賞ミュージカル部門の候補作品の多くが、映画起源の作品だったこと。かつて親しんだ映画がブロードウェー・ミュージカルとしてどう作り替えられているかを知るのは映画好きとして楽しいし、ストーリーを熟知しているというアドバンテージもある。シアター巡りはまだ道半ばなのだが、現時点で感じたことを記してみたい。

昨年度からロングラン中の『BTTF』

トニー賞関連作品に入る前にロングラン作品について。昨年の夏から興行が始まり、年を跨いで唯一生き残ったのがウィンター・ガーデン・シアターで続演中の『バック・トゥ・ザ・フューチャー ザ・ミュージカル』だ。時間軸を移動するストーリーとヒットサウンド、舞台映えする展開等、そもそもこの作品がミュージカル的だったことを痛感する2時間35分だった。特に、クライマックスの背景になる時計台をプロジェクション・マッピングで映す手法と、本作最大の売りである”空飛ぶデロリアン”の演出が楽しかった。どう飛ぶかは見てのお楽しみとして、ステージから5列目のセンターに腰掛けていた筆者は存分にその浮遊感を体感できた。ポップコーン・ミュージカルの典型とも言える本作。まだまだ集客しそうだ。

映画起源のトニー賞ミュージカル部門の候補作たち

さて、トニー賞ミュージカル部門の候補作5作品のうち、映画起源なのが、フランシス・フォード・コッポラの『アウトサイダー』(1983年)を基にした『The Outsiders』。伝説の青春群像劇を歌で繋ぎながら、若者たちが可能性のために戦うというタイムレスなテーマが評価され、12部門で候補入りとなった。劇中、最前列周辺に水飛沫とゴム片が飛び散るアテンションが付いたが、それもファンとしては楽しいサプライズだ。また、リース・ウィザースプーンとロバート・パティンソンが共演した恋愛映画『恋人たちのパレード』をアレンジした『Water for Elephants』(2011年)は、舞台上で展開するサーカスが売り。映画の評価は決して高くなかったし、ミュージカルとしての評価も賛否両論だったが、トニー賞では7部門で候補に入った。世界中に愛読者がいる人気小説を映画化した『きみに読む物語』(2004年)をミュージカル化した『The Notebook』は、作品賞の候補からは漏れて3部門の候補に止まった。

今年4月、『Hell's Kitchen』のオープニングナイトでのアリシア・キーズ
今年4月、『Hell's Kitchen』のオープニングナイトでのアリシア・キーズ写真:REX/アフロ

トニー賞最多候補はアリシア・キーズのライフストーリー

映画ベース以外では、歌手でソングライターのスフィアン・スティーヴンスのアルバム『Illinois』を基に、キャンプファイアーに集まった若者たちが初恋や悲しみについて集り合う『Illinoise』が4部門で、1913年のアメリカで女性の参政権を求めて戦った女性たちの姿を舞台上に再現した『Suffs』が6部門で候補入り。そんな中、最多13部門で候補を勝ち取ったのが、アリシア・キーズのライフストーリーをアリシア自身が製作した『Hell’s Kitchen』だ。劇中ではアリシアが作曲した新曲がアンセムとして使われ、母親の反対を押し切って夢に向かって駆け抜けた1人の少女の姿が浮き彫りにされる。

劇場内の熱気が半端ない最新版『キャバレー』

リバイバル・ミュージカル部門で最大の話題作は、作品賞は勿論、エディ・レッドメインの主演男優賞受賞が有力な『Cabaret at the Kit Kat Club』。ライザ・ミネリが悲願のオスカーを受賞した映画『キャバレー』(1971年)の舞台化だ。オーガスト・ウィルソン・シアターをベルリンの退廃的な空間に作り替え、アウトサイダーたちが心の中を激しい歌によって絞り出す様子は、目利きの多いブロードウェーの観客にとっても新鮮だったらしく、キャバレーのMC役に扮したエディが円形のセンターステージに登場した途端、怒涛の拍手喝采が巻き起こった。オリジナルの舞台は1966年にブロードハースト・シアターで開演。その後、1986年にウエストエンドでの再演以降、ウエストエンドとブロードウェーが交互に再演してきた人気の作品だ。その間、かつてライザが演じたヒロイン、サリー・ボールズ役に挑戦したのは、ミシェル・ウィリアムズ、エマ・ストーン、シエナ・ミラーという豪華な顔ぶれ。今回のバージョンは2021年にウエストエンドで再演され、エディとサリー役のジェシー・バックレーが共にオリヴィエ賞を受賞し、オリヴィエ賞史上最多の受賞を獲得したリバイバル・ミュージカルとして記録されている作品の再演だ。

エディ・レッドメインの秀逸な役作り

劇場はセンターステージになっていて、それが3段階に迫り上がる。ステージを囲むベストシートをゲットした目利きたちに振る舞われる軽食と酒とスイーツも含めて完璧な空間演出だ。オリジナルの舞台と映画でMC役を演じ、トニーとオスカーをW受賞したジョエル・グレイのレガシーを受け継いだエディは、歌う場面がない時は円形ステージの縁に座って観客のサービスに余念がない。しかし、それは映画でグレイが時折見せた虚で意味深な表情と共通する演技。ベルリンのジャズエイジが黄昏を迎え、変わってナチスが台頭してくる時代の間に佇むMCというキャラクターは、作品の要であることを改めて実感させる最新版の『キャバレー』だった。今年のトニー賞授賞式は日本時間6月17日に開催される。

映画はどうか?

映画はどうかというと、新聞の映画欄や情報誌からタイムテーブルをチェックする時代は当然の如くとうに過ぎ去り、ウェブサイトで気になる映画の上映時間を確かめて劇場に向かうというスタイルが、ここニューヨークでも定着している。しかし、例えばニューヨーク在住の友人によると、ティモシー・シャラメの『ウォンカ』は昨年12月の公開初日、客席には4人の観客しかいなかったとか。これに関しては精査する必要があるだろうが、少なくとも見た限りでは、同じ興行でもブロードウェーの方に活気を感じたのは事実だ。

さて、これからみる予定なのが映画『タイタニック』(1997年)のパロディで、セリーヌ・ディオンをメインキャラに置き換えたミュージカル・コメディ『Titanique』だ。現在、オフブロードウェーで絶賛上演中の本作は、オンに上がるのは時間の問題と言われている。これに関してはまたの機会に。

キャバレーの前で佇む筆者 (撮影/小泉広幸)
キャバレーの前で佇む筆者 (撮影/小泉広幸)

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事