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マーベル映画がアジア人キャラを白人に変えた本当の理由は、中国市場重視だった

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ティルダ・スウィントンが演じる役は、原作でアジア人男性という設定(写真:REX FEATURES/アフロ)

マーベルのキャスティングが、新たな衝撃を呼んでいる。オリジナルコミックでアジア人男性だったキャラクターに白人女優を起用したことが非難されたのが始まりだったが、今度はその言い訳に注目が集まっているのだ。

問題の映画は、「Dr. Strange。」事故で腕を怪我し、精密な動きができなくなってしまった脳外科医のストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が、チベットにいるエンシェント・ワンと呼ばれる魔術師を訪ね、魔術を身につけるという設定だ。原作コミックで、エンシャント・ワンは、長いヒゲをもつチベット人男性だが、マーベルは、この役に、英国人女優ティルダ・スウィントンを選んでいる。先月半ば、マーベルが最初のトレーラーを公開し、その2日後、追い討ちをかけるように、パラマウントとドリームワークスが、スカーレット・ヨハンソンが主演するハリウッド版「攻殻機動隊」の写真を公開すると、アジア人の役を白人が奪うことに対するバッシングの声が起こった。

しかし、最近になって、「Dr. Strange」の脚本家C・ロバート・カーギルは、doubletoasted.comへの独占インタビューで、キャスティングの裏にある本当の事情を明かした。カーギルは、非難の声が上がっていることを十分認識しているとした上で、「抗議するほとんどの人は、最後までしっかり考えていない」と述べている。そもそも、原作コミックのエンシェント・ワンは、人種のステレオタイプそのものだとカーギルは指摘。さらに、エンシャント・ワンは、政治的に複雑な状況にあるチベットに住んでいる。「チベットが(たしかに存在する)場所であると認識し、このキャラクターがチベットの人であるのだとしたら、10億人の観客を失うリスクがあるんだよ。中国政府が、『世界で一番大きい映画市場のひとつがどこか知っているのかい?君らが政治的な方向を選んだせいで、僕らは君らの映画を見せないことにしたよ』というかもしれないじゃないか」と、カーギルは説明する。

「どっちを選んでも責められるんだ」と言うカーギルは、「この選択のほうが、むしろ人種差別的ではない」と主張。ハリウッドでは、長年、女優、とくに40代以上の女優のための良い役が少ないと言われてきたことを受け、男性だった役を、55歳のスウィントンにしたことで、好意的な反応も得たと胸を張った。「どうやっても勝てないのなら、男だった役を最高の女優にやらせて、誰もが愛するパワフルなキャラクターを生み出したほうがいい」と言うが、その決定は、カーギルが脚本家として参加する前に、スコット・デリクソン監督(『エミリー・ローズ』『地球が静止する日』)が出したものだという。ネットでよく見られる、「ミッシェル・ヨーにやらせるべきだった」という意見についても、「中国人女優にチベット人を演じさせるなんて、ありえると思うか」とぴしゃりと切り捨てた。

ハリウッドのアジア人軽視については、最近、少しずつながら、問題視されてきている。アカデミー賞で2年連続俳優部門候補の20人が全員白人だったことを受けて、「白すぎるオスカー」非難が起こったが([ [http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160122-00053670/]])、その問題に鋭く迫った今年のアカデミー賞ホスト、クリス・ロックも、人種差別をほぼ黒人に限った形で語り(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160302-00054968/)、授賞式ではアジア人をステレオタイプするジョークを出している。そのジョークについては、後日、アン・リーやジョージ・タケイらをはじめとするアジア系アカデミー会員が、抗議の声明を発表している。

最新の統計によると、ロサンゼルスにおける人種比率は、ヒスパニックが47.5%、白人が41.3%、アジア人が10.7%、黒人が9.8%。実は、アジア人は黒人より多いのだ。だが、ハリウッド映画にアジア人が出てくる確率は、黒人よりさらに低い。黒人は、出てくるとは言っても、たいていが犯罪人の役だったりというステレオタイプも蔓延したままだ。

今日、映画の資金集めはグローバル化しており、キャスティングを決める上で、投資家が、より幅広い市場で知られている白人スターを要求するケースも多く、単純にハリウッドの人種差別だけを責められないというのも現実である。そこにきて、今回、カーギルは、急激に勢いを増している中国市場との兼ね合いを持ち出してきたわけだ。中国では、映画館建設ラッシュが続いており、来年にも北米を抜いて世界最大の映画市場になることが確実視されている。10年前なら考えなくてもよかった要素が、微妙な事情を、さらに複雑にしている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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