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飲料自販機で相次ぐ「売り切れ」――過酷な労働条件と労使紛争が背景に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 関東一円で飲料自販機事業を展開する大蔵屋商事株式会社の飲料自販機で「売り切れ」が相次いでいる。

 実は今、過酷な労働条件を変えようと闘う労働組合・ブラック企業ユニオンによる「順法闘争」が行われているのだ。

 順法闘争とは、労働関係法令と業務マニュアルの順守することを指している。

 なぜ法律や社内制度を守る「順法」が「闘争」になるのかといえば、ブラック企業では、実際にはルール無視の過酷労働が命じられているからだ。

 「順法闘争」は、それらのルールを順守することで、労働者と消費者の安全を「度外視」するようなブラック企業に対抗するための有効な手段となっているのだ。

 実は、労働問題に端を発する飲料自販機の「売り切れ」は初めてのことではない。

 昨春に、ジャパンビバレッジ社のJR東京駅の自販機で、労使紛争に起因する「売り切れ」が大規模に発生したことは記憶に新しいだろう。

 参考:労働組合が東京駅の自動販売機を空にした日

 本稿では、飲料自販機で相次ぐ「売り切れ」の背景を探っていきたい。

「いつ人が死んでもおかしくない状態です」~月150時間残業の地獄

 まずは、大蔵屋商事での過酷な労働条件の実態を見ていこう。

 大蔵屋商事では、早朝の5時から夜8~9時近くまで働く長時間労働があった。

 一ヶ月当たりの残業時間は過労死基準の2倍近い150時間にも及ぶ。休憩もほとんど取れないという。

 あるドライバーは、「夏場に向けて、飲料のホット・コールド切り替えが始まると、どんどん忙しくなります。人によっては朝5時前から働くようになるのです。そうなると、精神的におかしくなっていきます。自分だけでなく、職場全体が目に見えて荒んでいきます」「過労死を甘く見られません。いつ人が死んでもおかしくない状況です」と現状を説明する。

 これだけ働いても大蔵屋商事の月給は総支給額で28万円程度である。基本給が16万5千円ほどで、固定残業代が11万5千円(残業96時間相当)となっている。これは時給単価でみると最低賃金だ。

 参考:社会問題化する「固定残業代100時間」 自販機ベンダー業界からの告発

 これでは当然従業員が定着するはずもなく、大蔵屋商事では常に人手不足の状態が続いているという。

 「人手不足なのに賃金が上がらない」という状況では、人が次々に入れ替わるだけで、ますますブラック労働と定着難が深刻化する。まさに悪循環だ。

 多くのルートドライバーがブラック企業ユニオンに加盟したのは、労働時間を減らし、賃金をある程度整え、「8時間労働で普通に暮らせるように」するためだった。

順法闘争の現場

 ユニオンはこの問題を解決するために、会社との話し合いの場を持ったが、会社側はまともに話し合う態度でなかったという。

 タイムカード、賃金台帳、就業規則などの労働者側に開示して当然の資料すらも、提供を拒む始末だったのだ(就業規則を労働者が常に見ることができない状況は違法である)。

 そこで大蔵屋商事で働くユニオンのメンバーが、長時間労働の削減と、未払い賃金の支払いなどを求めて2月21日から順法闘争に入ることとなった。

 では、大蔵屋商事の順法闘争では、現場のルートドライバーは、いったいどのようなことを実施しているのだろうか。

 ブラック企業ユニオンが大蔵屋商事に対し通告した申入書の内容を見てみよう。

  • 会社指定の始業時刻の範囲(朝5時~8時30分)に従って朝8時30分に出勤し、法定通り休憩を1時間取得のうえ、会社指定の終業時刻の限度である夜9時までに退勤する。
  • 自販機の巡回訪問時に必ず自販機を清掃する。
  • 自販機の巡回訪問時にゴミ箱の投入口を清掃する。
  • ホット/コールド切り替えにあたって、商品を一旦全て抜いて入れ替える。
  • 2週間以上加温した商品はメーカー推奨の期間を超えるため全て入れ替えて廃棄する。
  • 商品の破損を防止するため、商品を丁寧に扱って商品を投げることはしない。
  • ゴミ回収後は必ず手を洗う。
  • 危険防止のため、階段で台車を持ち上げながら昇り降りしない。
  • 商品の期限チェックを徹底する。

 これらの順法闘争のリストをみて感じることは、いたって当然のことで特別なことは何一つ無いということだ。

 むしろこれらがそれまで十分に実現していなかったことの方が驚きであろう。

 具体的に見てみよう。一つ目は、労働時間にかかわることだ。始業時間を朝5時から8時半へと遅らせるという。

 大蔵屋商事は、長時間労働の責任を追及されると、始業時間は朝5時から8時半の間でルートドライバー自身が「自由」に選択でき、早出出勤はドライバーが勝手にやっているという趣旨の説明をしたという。

 つまり、会社側は、早朝出勤で過労になったとしても、「労働者の自己責任だ」と主張しているわけだ。ユニオンは、これを逆手に取って早出出勤を拒否したのだ。

 二つ目以降のユニオンの要求は、食品の衛生管理や労働者の安全確保にかかわるものだ。これれらを怠ることは、消費者の健康に影響することはもちろん、自販機周辺の住民にも迷惑をかけることになる。

 しかし、大蔵屋商事に限らず、自販機業界では業務量過多、長時間労働が当たり前のようにみられ、こうした食品の衛生管理や労働者の安全確保が後回しにされているのが実情だという。

 順法闘争によってはじめて、自販機の清掃や商品管理をしっかりとできるようになったというわけだ。

順法闘争の結果、ルートドライバーの労働時間短縮に成功

 上記の順法闘争を実施すると、結果的に、一日に巡回・補充できる自動販売機の数が4割程度減ることになったという(25台程度から15台程度へと減少)。

 一人のルートドライバーが担当する自動販売機は百数十台なので、長期にわたって順法闘争が続けば相当な影響が出ることになるだろう。

 実際に、順法闘争の開始から5日目の今日時点での様子をブラック企業ユニオンに聞いたところ、すでに「どんどん売り切れが発生している」ということだった。

 下記の写真は、今回の順法闘争で実際に売り切れが発生している自販機の写真である。

画像

<自販機の売り切れの様子>

 こうした売り切れに耐えかねて、会社側はすでに、組合員の担当する自販機台数を一部で減らしはじめているという。

 自販機を担当させても、順法闘争のために巡回しきれないため、会社としても業務量の削減に応じざるを得なくなるのだ。

 こうして、たった数日の順法闘争だけで、ルートドライバーにとって切実な要求である業務量と労働時間の削減に向かいはじめている。

順法闘争(法令順守)が力を持つわけ

 ブラック企業はこうした順法闘争には苦虫をかみ潰すような思いだろう。

 会社はどんなに嫌であっても、労働組合の順法闘争に文句をつけることはできないからだ。

 休憩を取ることは法律で定められているし、自販機やゴミ箱の清掃は業界団体が決めているルールであるし、商品の期限チェックは会社じたいの規則である。

 そもそも順法闘争を行うことで巡回できなくなる自販機がでてきたということは、会社が法律やルールを守りながら事業を運営することができていないことを意味する。

 むしろ、順法闘争中の今はじめて、本来あるべきコンプライアンスが守られた状態がつくられたともいえるのだ。

 ブラック企業の多くは、法令を全く守らない。違法な長時間労働、未払い残業、休憩未取得・・・事例を挙げれば限りがない。

 逆に言えば、ブラック企業は、それだけ一人ひとりの労働者に多くを依存しているということだ。

 順法闘争が力を持つのはこのためなのだ。私たちからすれば、順法闘争はブラック企業に対し、自分たちの存在感を見せつける行動となる。

 企業が利益を上げられているのは、労働者の一人一人が日々懸命に働いているからに他ならない。順法闘争は、そうした労働者の「努力」を会社に対する「交渉力」に変換する手段なのだ。

 このような交渉は、「労働市場での正当な取引」だといえる。企業にとって不可欠な労働をしている以上、その対価について交渉することは正当な「取引」以外の何物でもない。

順法闘争を行うためには専門家の力が必要

 繰り返し述べてきたように「順法闘争」は、法令や業務上のルールを守るだけのことだ。

 そうはいっても、明日から個人的に順法闘争を実施するということは現実的でないだろう。

 ブラック企業は自らに都合の悪い従業員に対し、報復措置を取ることがあるのも事実だ。

 だが、正当な行為に対する妨害は、それ自体が不当な違法行為である。

 だから、順法闘争に興味を持った方は、まず労働組合など専門家に相談をしてみてほしい。

 自販機業界のルートドライバーに限らず、原理的にはあらゆる業種のブラック企業で同様のことが可能である。

 ブラック企業を改善したい、一矢報いたいと思う方には、ぜひともこの「順法闘争」という武器をお勧めしたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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