サブスク1,000万件,NYタイムズが3年で倍増のわけとは
徹底したニュースのDXでサブスク1,000万件を達成、宣言からわずか3年で倍増のわけとは――。
米ニューヨーク・タイムズは2月2日に発表した2021年第4四半期の決算で、2025年までの目標として掲げていた有料購読(サブスクリプション)の1,000万件を、3年前倒しで達成したことを明らかにした。
同社は新たに、2027年までにサブスク1,500万件の目標を示し、潜在読者は「少なくとも1億3500万人」いると述べている。
同社が広告依存からサブスクへの本格転換に乗り出してから11年。デジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速を進めてから8年。そして、1,000万件の目標を掲げてからの3年だけでも、サブスクは倍増以上の伸びを示している。
そのカギとなっているのは、「スピード」だ。
●3年前倒しで
ニューヨーク・タイムズ社長兼CEO(最高経営責任者)のメレディス・コピット・レビアン氏は、2月2日に発表した2021年第4四半期と通年の決算リリースの中で、そう述べている。
その決算発表の目玉は、「ジ・アスレチックの買収によって、当社は2025年を達成目標としていたサブスクリプション1,000万件を、前倒しで超えた」というニュースだ。
2019年2月の同社の決算発表で、当時の社長兼CEOのマーク・トンプソン氏は、「現実的」な目標として、2025年までにサブスク1,000万件超を掲げた。この時のサブスク件数は430万件だった。
それからちょうど3年。同社は2021年12月の最終週までに880万件のサブスクを獲得。さらに年明け早々の1月6日に、やはりサブスクのスポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」を5億5,000万ドル(約630億円)で買収したことを発表する。
同サイトのサブスク120万件が後押しし、1,000万件の目標が達成されたという。
現在のサブスク件数には、1人の購読者が複数のサービスを利用しているケースも含まれる。そこで、同社は新たな目標として2027年までに、1,500万人のサブスクライバー(課金読者)を獲得することを掲げている。レビアン氏は、リリースでさらにこう述べている。
●変革のスピード
ニューヨーク・タイムズの成長の特徴は、何よりもスピードだ。
同社は1月31日、ことば遊びのパズルサイト「ワードル」の買収を発表している。金額は「数百万ドル台前半」とされている。
「ワードル」はニューヨークのエンジニア、ジョシュ・ワードル氏が2021年10月半ばに立ち上げたばかりのサービス。11月1日には90人だったユーザー数が、2カ月後には30万人、現在は数百万人に上る、という。
タイムズがゲームサービスを買収するのは、サブスク拡大の推進力の一つとなっているからだ。
同社の12月末までのサブスク880万件のうち、主軸のデジタルニュースは約590万件。200万件以上が「その他のデジタルプロダクト」とされ、「ゲームズ」(年間25ドル)、「クッキング」(同)などのジャンル別サブスクがそれぞれ100万件以上を占めている。「ワードル」買収はこのうちの「ゲームズ」強化の戦略となる。
このように、タイムズのサブスク戦略は、ニュースの主軸だけではなく、趣味や暮らしの分野にも広がっている。2016年に買収した商品レビューの「ワイヤーカッター」も、2021年にサブスク(年間40ドル)を導入している。
1,000万サブスクには、紙の新聞も含まれている。ただ、その数は「80万件足らず」とされている。
タイムズはコロナ禍に見舞われた2020年第2四半期の決算で、初めてデジタル収入が紙の収入を上回り、名実ともに「デジタル・ファースト」「サブスク・ファースト」の企業となっている。
●デジタル企業への転換
タイムズの1,000万サブスク達成までには、メディア環境の激変の中で、収入源確保をめぐる曲折があった。
2005年にはそれまでのデジタル広告モデルに加えて、課金ページ「タイムズセレクト」を始めたが伸び悩み、2年後の2007年9月に閉鎖を発表。
本格的なデジタル課金戦略に乗り出したのが、2011年だった。
※参照:NYタイムズ「課金」の背景(01/21/2010 新聞紙学的)
2010年代は、ソーシャルメディアやウェブメディアが台頭する激変期でもあった。その中で、紙からデジタルへの根本的な転換の必要性を打ち出したのが、現在の同社の発行人であるアーサー・グレッグ・(A.G.)サルツバーガー氏が編集局のリーダーとして2014年にまとめた「イノベーション・レポート」だった。
※参照:「読者を開発せよ」とNYタイムズのサラブレッドが言う(05/12/2014 新聞紙学的)
同レポートでは、「デジタル・ファースト」「読者開発」など、デジタルメディアとしてタイムズが生まれ変わるための新機軸を提言。ドキュメンタリーにもなった同社の紙面編集会議「1面会議」を、デジタルを主軸としたものに大幅改組するなど、組織、カルチャーにいたるまで、急速なDXに着手していく。
※参照:ニューヨーク・タイムズが「紙」の編集会議を廃止し、デジタルに専念する(02/21/2015 新聞紙学的)
そのタイムズが、デジタルサブスク100万件を達成したのが2015年第2四半期。それから7年半で、10倍の1,000万件の大台に乗せたことになる。
※参照:ニューヨーク・タイムズのデジタル購読者100万人達成は何を意味するのか(08/08/2015 新聞紙学的)
●地盤沈下の先に
米ピュー・リサーチ・センターの調べでは、米国の新聞発行部数はピーク時の1984年に6,334万部だったのが、2020年には2.430万部にまで落ち込み、36年で3,904万部減(62%減)となっている。また、広告費もピークの2005年に494億3500万ドルだったのが、2020年には88億3400万ドルと15年で406億ドル減(82%減)という状況だ。
地方紙が次々に廃刊・休刊に追い込まれる「ニュースの砂漠」化が進む。
日本でも同じような地盤沈下は起きている。
日本新聞協会のまとめでは、新聞発行部数はピーク時、1997年が5,376万部だったのに対し、2021年には3,509万部。24年で1,867万部減(35%減)となっている。
また、電通がまとめている「日本の広告費」によれば、新聞の広告費は2005年が1兆377億円だったのに対して、2020年は3,688億円。15年で6,689億円減(64%減)だ。
変化の波は、米国に比べて紙の収入の比率が大きい日本にも、確実に押し寄せている。
(※2022年2月3日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)