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逃げ切るのか、中国――カギはフィリピン、そしてアメリカ?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
7月25日 人民大会堂で微笑み合うライス米大統領補佐官と習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ASEAN外相会議は共同声明で南シナ海に関する判決を盛り込めないまま共同宣言を出した。同じ日にアメリカのライス大統領補佐官が人民大会堂で習近平に会う一方、フィリピンはラモス元大統領を特使として訪中させる予定だ。

◆共同声明に盛り込めなかった判決――中国は国内で勝利宣言!

ラオスのビエンチャンで開催されていたASEAN(東南アジア諸国連合)外相会議は、25日、ようやく共同声明発表に漕ぎ着けた。しかし、最大の焦点であったはずの南シナ海における中国の主張が違法であるという仲裁裁判所の判決は盛り込めなかった。

昨日のコラム<チャイナマネーが「国際秩序」を買う――ASEAN外相会議一致困難>に書いたように、ラオスとカンボジアが徹底して中国側についたからだ。ラオスは議長国で発言しにくい側面もあったかもしれないが、その分だけ、カンボジアが頑として判決に触れることに反対し、押し切ってしまった。

共同声明は「南シナ海での最近の動きに深刻な懸念」を表明するにとどまり、これは「中国による人工島造成などを念頭にしたものだ」と日本のメディアは報道しているが、中国では真逆だ。

「南シナ海での最近の動きに深刻な懸念」という表現は、「南シナ海と関係のないアメリカが“航行の自由”という偽のスローガンを掲げて、それを口実に南シナ海に軍事的に介入している事実を指している」として、中国の中央テレビ局CCTVは、「勝利宣言」を掲げている。

共同声明にはほかに「南シナ海での航行や飛行の自由の重要性を再確認」「国連海洋法条約などの国際法に従い、平和的に紛争を解決する必要性を再確認」「南シナ海の埋め立てなどの行動を自制する重要性を強調」などがあるが、「航行や飛行の自由」および「国連海洋法条約などの国際法に従い、平和的に紛争を解決する必要性」などは、中国が主張しているものである、「これも中国の主張が認められた」と凱旋を讃えている。

特にアメリカは国連海洋法条約に加盟していないのだから、「早く加盟して国際法を守れ」と、中国は居丈高である。

最後の「南シナ海の埋め立てなどの行動を自制する重要性」に関しては、中国がかねてから主張してきた「南シナ海行動宣言」に置き換えている。

「南シナ海行動宣言」とは、2002年にASEANと中国との間で合意した南シナ海の領有権争いを抑止するための宣言で、2010年には法的拘束力を有する「南シナ海行動規範」として制定しようという動きが進められてきた。

判決が出た後も、中国はひたすら、この宣言で十分だと主張し、フィリピンの仲裁裁判所への提訴そのものが、「南シナ海行動宣言」の精神に違反しており、信頼関係を裏切ったと激しく非難してきた。

したがって、結局は「判決は紙くず」で、中国は全面勝利を収めたというのが中国政府の宣言だ。CCTVを中心として、中国メディアは勝利に沸き、気炎を上げている。

◆ライス大統領補佐官と習近平国家主席の会談

そこに重ねるように、7月25日、アメリカのライス大統領補佐官(国家安全担当)が北京を訪問し、人民大会堂で習近平国家主席と会談したことを、26日の中央テレビCCTVは、繰り返し伝えた。CCTVそのものよりも、比較的ブレが少ない「新浪軍事」のサイトでご覧いただきたい。

ライスさんが、「まるで尊敬を込めて見上げる姿勢」と、「まるで愛おしさを込めて」、その視線に応える習近平氏の「まなざし」がクローズアップされた。

「まるで」を続けて申し訳ないが、それは「まるで」、アメリカが中国にひざまずいている姿を印象付けようとしているように筆者には見えた。印象付ける対象は中国人民であり、国際社会へのシグナルでもあろう。

習近平氏は「私は過去3年間、オバマ大統領とは何度も会っており、中米新型大国関係で認識を共有している」と述べ、ライス補佐官は、にこやかに「はい、オバマ大統領も今年9月のG20で習近平国家主席ともう一度お会いできることを大変たのしみにしています」と答える。二人は中米の安定的関係がいかに国際社会に対して重要であるかを讃えあった。

この姿を、「南シナ海勝利宣言」とともに報道するのだ。

中宣部の「まやかし」の力は、どこまでいくつもりだろう。

◆ラモス元大統領が特使として中国訪問予定

まだASEAN外相会談が開幕したばかりの24日夜、CCTVがフィリピンのラモス元大統領(1992年~98年)(88歳)が南シナ海問題の特使として訪中することになったと報道した。

それは筆者が「中国空海軍とも強化――習政権ジレンマの裏返し」「フィリピンの新大統領が親中路線を翻(ひるがえ)す」を書いた後の出来事だった。

ということは、フィリピンのドゥテルテ大統領は、ASEAN外相会議では「仲裁案を共同声明に盛り込め」と強く主張しながら(そのポーズを取りながら)、一方では「前言を翻さない方向」(つまり親中路線)で動いていたことになる。

ドゥテルテ大統領は、ヤサイ外相には「激しく怒っている」というシグナルを国際社会に対して送らせ、「どうせ、カンボジアとラオスが反対するから、共同声明に判決は盛り込まれない」と踏んで、裏では現実的利益を選び、「中国との話し合い」という道を模索していたことになるわけだ。

「判決」を「宝物」のようにかざしながら、中国に徹底して譲歩させる道を選んで、二国間で話し合い、最大限の経済的利益を中国から引き出す、というのが、フィリピンの戦略だとみなすことができる。

ラモス元大統領の特使派遣表明は、その何よりの証拠と言っていいだろう。

◆日本は――?

さて、このような中、中国の思うままにさせておいていいのか?

モンゴルにおけるASEM(アジア欧州会議)では安倍総理が、そして今般のASEAN外相会議では岸田外務大臣が、それぞれ中国に「判決を受け入れるように強く主張」してはいる。

しかし、中国は言うに及ばず、フィリピンもアメリカも、「うまく」立ち回っているではないか。アメリカは判決に関しては「中立だ」という立場を示す傾向に動き始めてさえいる。

真っ直ぐに行動しているのは、日本だけのようにも映る。

このママでは、中国は逃げ切ることだろう。

前回のコラムにも書いたが、もう一度書くことをお許し願いたい。

中国には決定的な弱点があるのだ。それは建国の父である毛沢東が、実は日本軍と共謀して強大化し、こんにちの中華人民共和国を誕生させたという動かぬ事実である。その事実を隠すために、中国は言論の自由を抑圧している。中国共産党のこの最大の秘密を中国人民全員が知ったら、中国共産党はたちまち人民の信頼を失い(今でも失いつつあるが、しかし完全に失い)、中国はその瞬間に崩壊するだろう。

筆者は何も中国の崩壊を望んで、この事実を書いているのではない。

人民を騙し、世界を騙して、歪んだ論理で突き進む覇権が、どれほど危険であり、人類に災いをもたらすかを言っているのである。それは必ず、人類の尊厳を損なう結果をもたらす。

人類が、最後には「尊厳」を選ぶことを、忘れてはならない。そう望みたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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