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中国空海軍とも強化――習政権ジレンマの裏返し

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米海軍制服組トップ訪中 南シナ海問題に関し会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

南シナ海の判決を受け中国の反撃がやまない。米中海軍トップ会談で中国は人工島建設継続を、軍事委員会副主席は「平和の幻想を抱くな」と表明。「判決がボタンを押した」と弁明し、態度を翻したフィリピンにも対抗しなければならない。

◆人工島建設はやめない――米中海軍トップ会談

新華網7月18日電によれば、リチャードソン・米海軍作戦部長と呉勝利・海軍司令員(軍事委員会委員)との会談が北京で行われたとのこと。

会談で呉勝利司令員は「中国が領土主権問題に関して譲歩すると思わない方がいい」と、一歩も譲らぬ姿勢を見せた。

さらに「われわれは如何なることがあっても、南シナ海における主権と権益を犠牲にすることはなく、これは中国の核心的利益であり、中華民族の根本的利益である」とした。 

また「われわれはいかなる軍事的挑発も恐れない。中国の軍隊は、国家の主権と安全と発展を守る堅強な力であり、中国海軍はいかなる権利侵害と挑発に対しても対応するだけの十分な準備ができている」と強調した。

その上で、「我々は島嶼建設を中途半端に終わらせることは絶対にしない!」と、人工島建設を続行することとともに、積極的に防衛していくことを宣言し、アメリカを牽制した。

中央テレビ局CCTVでは、威圧的な呉勝利氏の顔を大写しにして、小顔のリチャードソン氏の顔を委縮しているような表情で脇に映し出すに留め、「ほれ、この通り、中国軍は強い!」という印象を人民に与えることに必死だということが、逆に伺われた。

一方のリチャードソン氏は「中国海軍の接待に感謝し、喜んで呉勝利と提携して両軍関係の友好的な発展と信頼関係の構築に寄与したい」としたと言ったと、新華網は伝えている。

その言葉を受けるかのように、中国側がリチャードソン氏を北海艦隊や潜艇学院に案内し、遼寧などの艦艇を視察したことなどを紹介し、「中国が米国よりも上に立ちながら」、米中がいかに友好的であるかをアピールした。

用意周到に組まれた映像の割には、二人が並んで立っている映像なども映しており、それを見る限りにおいては、リチャードソン氏は決して引けを取らず、ほぼ同じ背の高さで、せっかく呉勝利氏の顔だけ大写しして、まるで縮んだように恐縮したリチャードソン氏の顔を添えたのに、その映像効果を帳消しにしている。

◆「平和の幻想を抱くな」――範長竜・中央軍事委員会副主席

「人民網」7月21電によれば、範長竜・中央軍事委員会副主席(中共中央政治局委員)は、南部戦区部隊の視察を行い、「軍事闘争に関するあらゆる準備作業を強く推進し、肝心の有事の時には、必ず“突撃任務”の力を瞬時に発揮できるようにせよ」と指令を出した。

南シナ海作戦に関してこのように具体的な指令を出したのは、中華人民共和国誕生以来初めてのことだと、CCTVでも軍事評論家による解説が行われた。「今日のフォーカス」など多くのニュース番組でも特集し、範長竜副主席が「平和の幻想を抱くな」という声明のもと、「今後、南シナ海における哨戒飛行を常態化させる」と強調したと報道した。

解説者はさまざまに表現を変えながらも、結局のところ「判決が軍事強化のボタンを押した」とし、「平和のための防衛」から「平和のための攻撃」に出るため「準備は整った」と異口同音に唱えている。

アメリカを中心とした「一部の国」が、「中国の軍事力を軟弱なものと誤読した」ためにこのような権力を侵害する不当な判決が出たので、中国軍は今後、「決して軟弱ではない」ことを見せつけていかなければならないと強調している。つまり「バカにされないように」南シナ海における軍事力の威力を常態化させることが肝要だ、としているわけだ。

◆あの「戴旭」までが叫び始めた

中国人民解放軍・国防大学の教授を務める戴旭氏は、7月18日に開かれたネットシンポジウムで「南シナ海という中国の大門が閉ざされたら、中国は内陸国家になってしまう」という講演を行なった。

中国南海ネットオンライン開設式で開かれた「南海問題シンポジウム」でのことだ。

彼はさらに「中国は世論というプラットフォームで国内外の中国人と全地球上の中華民族の英知と力を結集して、アメリカと日本の陰謀をあばき、打撃を与えなければならない」と言った。

戴旭というのは、2014年1月1日に中国のネットで発表された「2013年度中国人クズランキング」で、堂々の4位にランクイン入りした人物だ(詳細は拙著『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』のp.77で詳述)。

ネットユーザーにバカにされ、中国政府からはナショナリズムを焚き付けすぎて困ると眉をひそめられている彼までが駆りだされたとなれば、これは国内世論的に、非常にまずい状況が来ていることを意味する。

◆追いつめられる習近平政権

これまで中国は、南シナ海に人工島を完成させるたびに、まるで戦争相手から島を奪い取ったかのごとく、「戦勝の歓喜」に沸いてきた。歌唱大会を開くなど、お祭り騒ぎだった。そのたびに「ほらね、中国共産党政権はすごいだろう?」と、求心力を高めるのに必死だったのである。

その「偉大なる中国の領土・領海」が、実は他人のもので、中国にはそれらを所有する法的根拠がないとなったら、どうなるだろう。

習近平政権は人民に対してメンツ丸つぶれなどという単純な言葉で表現できるレベルではない。そうでなくとも中共政府に不満を持つ中国人民が政府転覆に動くきっかけを作ろうとするかもしれない。

そのため、あまり過激に愛国主義を煽るわけにもいかないのである。排外デモが、反政府デモに転換していったら困る。その可能性は、胡錦濤政権における反日デモで、イヤというほど見て来た。だから、習近平政権になってからは、反日デモさえ行なわせないように徹底して抑えつけてきた。その分だけ売国政府と呼ばれないようにするために、対日強硬姿勢を取ってきたのである。

ところが今では、「敵」は日本だけでなく、南シナ海で「航行の自由」を主張して、中国に言わせれば「軍事行動」を行なっているアメリカだ。アメリカ系の商品ボイコットを訴える抗議運動が始まっているが、これは危険だ。中米が「新型大国関係」として世界を君臨するという習近平政権の外交スローガンもまた、メンツ丸つぶれになるからである。

◆フィリピンの新大統領が親中路線を翻(ひるがえ)す

かてて加えて、中国が致命的な打撃を受ける事態が発生した。

6月30日に就任したドゥテルテ大統領は、就任式の後の閣議で、「フィリピンに有利な判決が出ても、中国とは話し合いで解決する」としていたのだが、中国の王毅外相のあまりに高圧的な態度に、「中国に譲歩しない姿勢」を表明したのだ。

中国大陸以外の中文ネット情報によれば、7月19日、フィリピンのヤサイ外相がフィリピンの「ABS-CBN」ニュースの取材を受けて、次のように語ったという。

――モンゴルでアジア欧州会議(ASEM)に出席している間、場外で王毅外相と会った。そのとき王毅外相は、「ハーグの判決結果に関しては一切触れることを許さない」という前提条件で、二国間会談を申し出てきた。だから私は会談を断った。なぜなら、それはフィリピンの国益にそぐわないからだ。フィリピンの主要な任務は、スカボロー礁(黄巌島)におけるフィリピン漁民の利益を守ることにあるからだ。

中国のこのような高飛車すぎる姿勢こそが、国際社会から締め出される最大の原因を作っていることを、中国は分かっていない。

一党支配体制を維持することこそが、中国の最大の課題なのだが、その求心力を失いつつあるため、なりふり構わず動き始めている。

その課題のために、自らを追い込み始めた中国――。

しかし、9月初旬には中国でG20が開催される。勇ましい言葉通りに空海軍強化による行動を、いま取ることはできない。

さあ、どうするか――?

習近平政権のジレンマはエスカレートしていくばかりだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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